邂逅

 「えーっと、刃物屋さんは、っと……」

 ケイがぶつぶつと呟いた。ニルテと杏奈とケイは、『露天通り』で、刃物屋を探していた。

 「どうして?」 「ないねー、刃物屋さん」

 ニルテと杏奈が同時に言った。

 「あぁ、家の包丁が、研ぎすぎて痩せちゃったんだ。だから、新しいのを、って思って。あーあ、大事に使ってたのになぁ……」

 ケイは、両手を頭の後ろで組んでから、名残惜しそうに言った。

 「そっか」 「研いだら痩せるよー!」

 ケイは、杏奈に言われてぴくり、と片眉を上げて、

 「それもそうだね。大事に使ったから、痩せちゃったんだよね」

 納得して言った。

 

 暫くキョロキョロしながら歩いていると、

 「はーい、相場よりは安いよー!包丁から剣まで、ある程度なら揃ってるよー!安いよー!」  

 女性の声が聞こえてきた。

 「あっ!」 「おー!」 「お、あったあった」

 三人が声のした方へ向かうと、

 「あれ?」 「えっ!」 「…………!」

 「いらっしゃ…………あ」

 声の主がいた。店主なのか、他に売り子はいない。女性の容姿は、

 「け、ケイ……?」

 ケイと瓜二つだった。異なる点は、髪がケイより短かめで、頭にはバンダナを巻いて、そこから出た余分な髪はうなじで纏めてあり、、紺色の前合わせという独特の服を着ているということ、そして、ケイより歳上に見える事だった。

 「……00(ゼロゼロ)ナンバー、どうしてここにいる?」

 ケイが、慌てて二人を自分の後ろに下げさせてから、目の前のそっくりな人間に言った。その表情は、険しかった。

 「……今は、00ナンバーなんて名前じゃないよ。私は、研子(とぎこ)。砥石のとに、子供のこで、研子」

 女性は、研子と名乗った。どこまでも穏やかな様子だった。

 「……では研子、なぜここにいる?」

 ケイが、質問し直した。

 「なぜって、別に刃物売ってるだけだよ。別に斬りかからないし、そんな険しい表情やめなよ。……別に、襲う理由なんてないじゃない」

 「……そうだけど……」

 「……知り合い?」 「そっくりー」

 ニルテと杏奈が言った。

 「あ、うん。ちょっと昔に、ね。そっくりなのは……たまたまだよ」

 研子は、二人にそう言った。

 「……」

 納得いかない表情のケイに、

 (別におおっぴらにすることじゃないし、嘘はついてないでしょ?これだと、お互いに都合が良いと思うけどなー)

 研子は、テレパシーで伝えた。

 「……そうだね、うん。……包丁が痩せちゃったから、買いに来たんだ。何かいいのはない?出刃包丁何だけど……」

 「あ、それなら、これならどうかな?」 

 研子がそう言って、上半身を捻って『これ』と言ったのを手に取った。振り返ると、その手の中には、タオルにくるまれた一本の出刃包丁があった。タオルを広げると、

 「うわぁ……!」

 ケイは、思わず声を出していた。タオルにくるまれていた物は、素人目で見ても明らかに良い刃物だった。上品かつどこか渋い銀色の輝き

を放っていた。

 「うふふ、自信作なんだ、これ。なんと、痩せない刃物なんだ、これ」

 にたり、と何か気持ち悪い気がする笑みを浮かべて言った。

 「……どうして?」

 ニルテが研子に聞くと、

 「痩せないってのは、文字通りなの。これね、研いで痩せてくると、勝手に刃が元に戻るの。やってみたから、お墨付きだよ」

 「……のろわれてるの?」

 杏奈が、呟いた。

 「ううん、そこはご安心を、お嬢ちゃん。私は、刃物を打つ時は、使った人の力になりますように、って毎回祈りながらやってるから、けして呪ってはいないよ」

 「……不思議ー」

 杏奈が、素直に感想を述べた。

 「私もそう思う」

 えへへ、と笑いながら、研子は言った。 

 「……」

 包丁を見つめ続けていたケイは、真っ直ぐに研子を見つめて、

 「これにするよ。幾ら?」

 「んー、この世界の通貨は?」

 「……金貨や銀貨や銅貨、あと紙幣、もしくは、物々交換かな」

 「ホント?じゃあ、うーん……物価は今一分からないから、そうだな……金貨一枚に銀貨一枚、銅貨一枚、かな」

 研子は、そう言って、右手を掌を向けて差し出した。

 「……本当は硬貨全種類欲しいからでしょ」

 ケイは、その上に金貨一枚、銀貨一枚、銅貨一枚を置いた。

 「……ばれたか。高いか安いかは、聞かないでおくよ。また、ご贔屓に。武器が欲しいなら、そっちも売ってるからね」

 おまけにと、砥石も包んでもらった。


 

 帰り道。

 「儲かった。実に儲かった」  

 ケイは、両手で大事そうに抱えた紙袋を見て言った。中には、買ったばかりの不思議な包丁と、砥石。

 「なんで?」 「どうしてー?」

 ニルテと杏奈が、同時に聞いてきた。

 「……この包丁、銘刀とか名刀って呼ばれる様な出来ばえなんだよ。硬貨全種類一枚ずつなんて、安すぎる。本当に、儲かった」

 「呪われてるんじゃあ……?」

 ニルテが心配そうに言うと、

 「彼女は、自分で作った物にそんなことはしない。絶体に。そこだけは、信頼できる」

 きっぱりとそれを否定した。

 「ま、呪われていたらキュラノスちゃんかジャンゴさん辺りに何とかしてもらおうか」

 「あ、ジャンゴさんだ」

 杏奈が、少し先から歩いてくる人間を指差して言った。あちらも気付いたのか、ニルテ達に手を振りながら歩いてくる。

 「おーい、三人ともー」

 歩いてきた人間は、ジャンゴだった。

 「こんにちは」

 「こんにちはー!」

 「今日は」

 「やあ、こんにちは。買い物帰り?」

 ジャンゴは、挨拶を返して、紙袋を指差して言った。

 「はい、包丁が痩せちゃったので……。武器屋さんで、良い包丁が手に入ったんです」

 「そうなんだ。よかったら、見せてもらってもいい?」

 「ええ、どうぞ」

 ケイはそう言って、折っていた袋の口を開けて、包丁を取り出した。

 「はぁ……!」

 ジャンゴは、思わずため息を吐いた。

 「……これが剣なら、間違いなく名刀だね」

 「そうなんですか。やっぱり、儲かった」

 ケイは、にやりと笑った。やっぱり少し気持ち悪い笑みだった。

 「儲かったんだ……」 「もうけもうけ」

 「……これ売ってたの、どこのなんてお店?」

 「えっと、『露天通り』の、あ、店名は無かったです。ここから真っ直ぐ『露天通り』へ行って、二つ目の曲がり角を左に行って暫く歩けば見つかると思います。私そっくりの店主が目印ですね」

 「わかった、ありがとう!丁度、武器を新調しようと思ってたところだったんだ。それじゃ!」

 そう言って、ジャンゴは走っていった。

 「……呪われては、いない、と信じよう」

 ケイは、そう呟いた。

                 ―続く―   


 

 

 

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