第6話 地球が弾け飛んだ日 4

僕は空間移動して届いたらしいタオルで汗を拭うと、帽子代わりに頭に巻き付けた。


これが異世界なのか夢なのか?

未だに現実だと受け入れられない僕だけど、とりあえず今は腕時計型のコンピューターに従って歩くだけだ。


「ふぅ。」


肺の中に残っていた空気をゆっくりと吐き出すと、気持ちを入れ替えるように大きく深呼吸をし歩き出すのだった。



目の前に広がる景色は、相変わらず大地の緑と空の青だけだった。

振り返っても別荘の姿は既になく、地平線が緩やかな曲線を描いているだけだった。


湧き出る汗を腕で拭いながら黙々と歩く。


方向感覚は既に失われていて、自分がまっすぐ歩いているのかどうかも定かではない。



どれくらい歩いたのだろう?


やがて前方に建物の影らしき物が浮かび上がった。


「聞こえる?」


「ん。」


「前方に何か見えるんだけど?」


「ん。目的地。」


少女は何時も通りの無表情な口調で答えた。


「目的地?何かすることはあるの?」


「ん。ない。」


「そう。とりあえず向かえばいい?」


「ん。」


「了解。」


まだ出合ってそんなに時間が経っていないのだけど、少女の言いたい事は何となく分かるようになった気がする。


今は無表情な彼女だけど、その内感情的な表情を見せてくれるのかも知れないと思うと、ちょっとだけ明日が楽しみになるから不思議だ。


心なしか足取りが軽くなった僕は、ようやく見えてきたゴールに向かって歩速を早める。


そんな折、少女からの通信が入った。


「ん。」


「どうしたの?」


「ん。真人…疑問…回答…聞く?」


僕が抱いている疑問。

それは多分、この世界の事を言っているのだろう。


「うん。是非聞きたい。」


「ん。分かった。」


この状況を鑑みれば、少女が何を話してもそれが正しいかどうかの判断をすることは難しいだろう。


しかし、ここが本当に異世界でも夢の中でも無く現実の世界であるとするならば、どのような内容でも聞く価値は十分にあると思う。


一応の覚悟を決めて望んだ僕だけど、少女の口から出た話の内容は、その覚悟をあざ笑うかのような遥か上空を飛んでいたのだった。


まず、最初に少女は僕が学んできた常識や知識をほぼ全否定する事から始めた。


それは身近にある話から始まり、宇宙の成り立ちへと続いていく。


要約すると、太陽系は僕達が宇宙と呼んでいる虚無の空間を漂っていて、今日僕が「BIKIBI QUEST」を楽しんでいる時に弾けて飛び散ったらしい。



いきなりの展開ではあるが、先程の空間移動でタオルを届けるという奇跡を見せられた今では、頭ごなしに否定することも出来なかった。


そして少女の話は現状への説明へと移っていく。


今僕が立っている大地は飛び散った地球の欠片で、今は時間を止めて眠りについている状態らしい。


僕が疲れを感じなかったり、喉が渇かなかったのもこの星が時間を止めているのが原因で、時間が動き出した時、それらの反動が一気に押し寄せてくると言う。


「ちょっと待って。

それって今僕が消費しているエネルギーがこの星の目覚めと共に一気に襲ってくるって事?」


「ん。多分。」


「そんなの来たら、僕の体は負荷に耐え切れずにぐちゃぐちゃになってしまうのではないのか?」


「ん。大丈夫…休む…回復…相殺。」


少女の説明によると、行動に於いて発生するエネルギーはプラスもマイナスも全てストックされる仕組みらしい。


今消費したエネルギー分も体を休める事で補えば、プラスマイナス零で負荷がなくなるそうだ。


「でも時間が動き出すまで、今現在のエネルギーがどのような状態なのか分からなくないか?」


「ん。大丈夫…腕時計…管理…見る?」


少女はそう言うと、腕時計型のコンピューターの画面内右上にあるボタンをタップするように勧める。


ボタンをタップすると、地下2階で見た3Dホログラムのような映像が浮かび上がる。


「ん。数値…零…調整。」


現在の値は、中央からマイナス側に数メモリ分振れている。これは、今日僕が動いたことによって消費されたエネルギーになるのだと思う。


「なるほど、そういう事か。ちなみに、このメーターの黄色い部分まで振れるとどうなるの?」


「ん。可哀想…かな?」


「うーん、曖昧な表現だなぁ。

なら、この赤い部分まで振れたらどうなるの?」


「ん。さよなら。」


「えっ?」


僕は心臓がきゅっと締り、背筋が凍るような感覚に襲われた。

先程の曖昧な表現とは打って変わって、実に明確な表現なことで。


僕は恐る恐る確認してみる。


「さよならって、どういう事?」


「ん。ばーん…木っ端微塵。」


「やっぱりそう言う意味なんだね。」


話の内容はとてもシビアで深刻なのだけど、少女のクールな口調がそれらを完全に打ち消してしまい、思わず笑みがこぼれてしまう。


「ん。笑った?」


「うん、笑った。」


「ん。何かあった?」


「ううん、別に。特に何もないよ。」


「ん。そう…謎。」


「ごめんごめん。ところで君については教えてくれないの?」


「ん。私?」


「そう。僕が抱いている疑問の中に君の事も含まれているのだけど?」


「ん。わかった。」


お馴染みの無表情な口調のまま、少女は自分の話を始めるのだった。


少女の名前は細流 深音(せせらぎ ねおん)と言い、最初に会った時に聞いた通り、僕のサポーターと言う者らしい。


細流と言う苗字は祖父の苗字と同じなので、祖父の娘か孫のどちらかになるのかな?

しかし、それなら僕より立場が上だと主張する事も理解できる。


何故なら、僕は血縁者ではあるけれど母は嫁いだ形になっているからだ。


余談ではあるが、日本の法律では4等親から結婚が可能とされている。

当然、僕と深音が結婚する事も可能だ。


もちろん深音の話が真実であれば、既に地球は弾け飛んで存在しないので、日本の法律なんて関係ないのかも知れないけど…


その後も深音の自己紹介は続いたのだが、終盤に向かうに連れてどんどん雲行きが怪しくなって行く。


深音の話をまとめてみると、深音は最先端を超える科学技術によって生み出された人工生命体らしい。


祖父がまだ若かった頃、アフリカのとある鉱山で発掘の権利を手に入れる事に成功した。

その鉱山で金の採掘に投資を行っていた時、偶然にも「輪廻の書」と言う書物を発見したのが始まりだった。


数年の年月をかけてその書物を解読した祖父は、現在の文明では解き明かす事のできない数々の謎の真実とともに、近い将来地球だけでなく太陽系そのものが弾けて飛び散る事を知る。


そして祖父は来る地球崩壊の日に備え、「輪廻の書」の知識を取り入れながら念入りに準備を行った。


その準備と言うのが、血の繋がりの濃さに関係なく平等に分配された遺産なのだ。


それぞれが相続した建物は、地球が弾け飛び、破片となってライフラインが寸断されたとしても生命維持が可能なように設計されている。


地下1階の倉庫にあった、何に使うのか悩んでしまうような備品も、十分すぎる食料も、屋根にぎっしりと敷き詰めらた発電用のパネルも、別荘の片隅にある井戸も、全てはこの日の為に用意されたものだったのである。


さらに深音は、この別荘に備えられたシステムを完全に把握し、相続した者が生きながらえる為に必要な知識を備え、新しい星の創生をサポートする使命を背負っているのだと言う。


先程の空間移動も、「輪廻の書」の知識からもたらされた知識を別荘のシステムを使用して実現したのだと言う。


そして、今僕はこの星の調査の為に歩いていて、腕時計型のコンピューターから放たれる様々なセンサーによって、詳細なデータが地下2階のコンピュータに送信されているとの事だった。


「ふーん。」


「ん。」


僕は深音の話を聞きながら、普段使わない脳を最大限に稼動させていた。


突拍子がなさ過ぎて、通常の思考では理解が追いつかない状態なのだが、今僕が置かれている現状と、歩きながら見た景色、面識が無いと言っても過言ではない祖父からの遺産、アニメの中でしか見たことのない技術の実現など…


総合的に考えれば、深音の話を受け入れるしか無い様にも思える。


正直、僕の脳みそがストライキを起こして一番楽な選択をしているような感じではあるのだけど…


しかし、僕は一つだけ質問をしなければいけなかった。


「僕の両親と妹はどうなったか分かる?」


そう、僕の家族も同じように相続した建物を訪れていたはずだ。

地球が弾けて飛び散ったとしたのなら、最悪の事態も考えられる。


「ん。真人…同じ。」


僕は深音の返答を聞いて安堵した。

僕と同じ状態であれば、離れ離れになってはいるがきっと元気なのだと思う。


「家族と通信することは出来るの?」


「ん。無理…位置…分からない。」


「そう。

ならどうして無事だってわかるの?」


「ん。地球…弾ける…条件…全員…遺産…訪れる。」


どうやら地球が弾け飛ぶ条件に、遺産を相続した全員が受け取った建物に入る事が含まれていたみたいだ。


相続の条件に日時が指定されていたのはこの為だったのだろう。


「でも、そんな条件付ける事可能なの?」


「ん。章玄様…楔…時間…遅らした。」


「それって、祖父が自らの命を楔にして時間稼ぎしたって事?」


「ん。」


「ははははは…」


自らの命を使って楔になるなんて、祖父って実は偉大な人だったのかも知れない。

きっとその精神は侍のような人だったのだと思う。

例えどんな状況になったとしても、僕にはそんな事できるとは思えない。

弱虫な僕はきっと全てを捨てて逃げ出す事だろう。


「ん。真人?」


僕が祖父を思い敬っていると、深音が話し掛けて来る。


「どうしたの?

今僕は亡き祖父を尊敬する事で忙しいのだけど?」


「ん。章玄様…生きてる。」


「えっ?」


「ん。ぴんぴん…してる。」


「えーっ。」


前方に見えていた影が別荘だと目視できるようになった頃、本日何回目かの壮大な勘違いをした僕は、いたたまれない気持ちで一杯になるのであった。


穴があったら入りたい…



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