第5話 地球が弾け飛んだ日 3
「ん。真人…違う…現実。」
「えっ?」
僕が心の中で考えていた事に対して、少女が返答して来た戸惑いを隠せなかった。
「ん。真人…独り言…多い。」
「えーっ。」
僕ともあろうものが、幾ら不気味で居心地の悪い不思議な雰囲気に包まれた無音の世界に居るからといって、考えていた事を知らぬ間に独り言として発言していたなんて。
こんないたたまれない気持ちになったのは、小学校で起きたあの事件以来だ。
穴があったら入りたい…
「ん。」
少女は慰めるつもりなのか相槌を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。
こういう場面での相槌は容赦の無い猛追になるんだよ?」
「ん。」
更なる猛追をかける相槌に、僕の繊細な心はポッキリと音も無く折れてしまうのであった。
何となく気まずい雰囲気になり、お互いに話掛けるタイミングを逃したのか、沈黙の時間が支配する。
その間際限なく込上げてくる後悔と恥じらいの念。
そんな黒歴史を振り払うべく僕は問い掛けた。
「ちょっといい?」
「ん。」
「一応確認なんだけどさ?」
「ん。何?」
「この通信って、僕が心の中で考えていることは伝わってないよね?」
「ん。是…現状…伝わらない。」
「ははっ。そうだよね。」
僕は予想した通りの返答に安堵したのも束の間、含みのある回答に眉をひそめる。
「現状?」
「ん。真人…望む…アップデート…可能。」
「えっ?それはどういう事?」
「ん。システム…完成度…8割。望む機能…追加…可能。」
要するに少女が言うには、この腕時計型のコンピューターの完成度は8割程度で、僕が望めばそれに応じた機能を追加できるって事なのだろうか?
「本当にそんな事が可能なの?」
「ん。試して…みる?」
少女にしては珍しく、心なしか得意気で自信のある返事だった。
よしそれならばと、僕は無茶な注文をつける事にした。
「そうだなぁ。
それなら、汗を拭く為のタオルが欲しいな。」
「ん。汗…拭く…タオル…わかった。」
少女は何も問題なさそうな口調で通信を切った。
さて、どうするのかな?
僕が別荘を出発してからかれこれ30分は歩き続けている。
もし仮に少女が別荘から走ってタオルを持ってくるとすれば、結構な距離を移動する事になるだろう。
先程の話では、この腕時計型のコンピューターに機能を追加するような事を言っていたけど、実際どうやって遠く離れた僕にタオルを届けるのか?
僕は特に期待する事も無く、ただひたすら腕時計型のコンピューターが示す方向に歩き続けるのだった。
それから数分後、突然少女の声が聞こえた。
「ん。出来た…真人…手…前…出す。」
僕は少女に言われた通りに拳を突き出す。
「えっと、こう?」
「ん。違う…手のひら…上…向ける。」
「こう?」
「ん。大丈夫…送る…動かさない…いい?」
「うん。わかった。」
僕は少女の指示に若干戸惑いながらも素直に言う事を聞く。
「ん。実行。」
少女の言葉を始まりに、広げている手のひらに微かな違和感を感じた。
目視する限りそこには何もないのだけど、確かに何かがそこに存在しているのが分かる。
やがて感覚的な重さは確信的な重さに変わり、ふわふわとした感触が皮膚を通して伝わって来る。
「えっ、何?嘘?」
ものの数秒で僕の差し出した手にはふわふわで真っ白なタオルが掛かっていたのである。
僕はあまりにも非現実な現象に言葉を失う。
「ん。届いた?」
対照的に、いつもと変わらぬ口調で話しかける少女。
「届いたよ。でもどうやったの?」
僕は心ここに有らずと言った感じで答え、質問する。
「ん。タオル…空間移動…した。」
「く、空間移動?」
「ん。原理…難解…説明…する?」
相変わらず無表情な口調で淡々と話す少女。確かに、最先端理論の中には物質の空間移動を可能にする内容のものもある。
しかし、その内容を実現するのは現在の科学では不可能なはずだ。
一体どのようなトリックが隠されているのだろう?
これがマジックであるのなら、必ず何か仕掛けられているはずだ。
僕は手に取ったタオルを念入りに調べてみたけど、普段手にしているタオルと何ら変わらなかった。
「ははは。やっぱりこれは夢なんだ。」
「ん。真人…違う…現実。」
何処かで聞いた事のあるフレーズに、僕はただただ乾いた笑いでやり過ごすのであった。
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