第3話 地球が弾け飛んだ日 1
少女はこれと言った世間話や自己紹介をする事も無く、僕の腕を引っ張りこう告げたのだった。
「ん。状況…確認…する。」
先程も同じ事を言っていた気がするけど、一体何を確認するのだろうか?
言葉の正面だけを捕らえてみるなら、何かが変化したのでそれを確認すると言う事になるのだけど、少なくとも僕がこの別荘を訪れた後に何かが起きたという認識はない。
仮にゲームに夢中になっていた時、何らかの自然災害が発生したのであれば、携帯電話の緊急速報が鳴り響くはずである。
通常、地下2階に電波は届かないけれど、ゲームを開始する直前に見た携帯電話にはしっかりと電波が届いていたのを覚えている。
次々に浮かんで来る可能性を考えてみたけれど、少女の言う「状況を確認…する。」に繋がる明確な答えを導き出す事は出来なかった。
駄目元で問いかけてみたものの、少女の答えは全て同じだった。
「ん。分からない…確認…する。」
先程の会話から察するに、この無表情な少女は祖父の事を知っているようだ。
それに初めて会ったはずなのに僕の名前も知っていた。
弁護士から事前に聞いていた話の中にお手伝いさんについての内容は無かった。
別荘の間取りとは違い、これほど重要な事を忘れるだろうか?
一見するとちょっとした手違いと言う結論で済んでしまう感じがするのだが、どうにも腑に落ちない。
僕は、見落としたヒントがないか慎重に記憶を巻き戻す。
慎重に慎重を重ね、スロー再生で違和感の欠片を探していく。
不意に少女の上に倒れ込んだ場面で再生が一時停止した。
吸い込まれそうな瞳と髪の甘い香りを思い出し胸が高鳴る。
顔が真っ赤に染まっているのが鏡を見なくてもはっきりと分かった。
僕はばつが悪そうに頬を指で軽く掻きながら、石材で造られた階段を無言で上って行く少女の後姿を見つめるのだった。
女性経験…もとい、人生経験の乏しい僕の直感でしかないのだけど、この子は悪いというか、そういう子ではないと思う。
別に容姿が可愛いから等と贔屓目で言っているのではなくて…
なんか、そう…なんだろう?
上手く言葉として表現することは出来ないのだけど、この子の事を考えると何故かほっと安心するんだ。
一目惚れとか好きになったとかじゃない。
適切な言葉が見つからないのだけど、何となく居心地が良い気がする。
自分でも何を言ってるのか分からないけど、とりあえず僕に危害を加える素振りも無いし、この少女が言う「状況…確認…する。」という用事を終わらせるまで付き合ってあげようと思った。
少女は地下の倉庫を抜け1階の玄関まで進み立ち止まると、回れ右をして僕の方へ向きを直し、突然前かがみになり、おもむろに手を襟に突っ込んだ。
「なっ、何をしているの?」
僕は困惑の言葉を発しながら、胸元に視線が釘付けになる。
少女は特に恥らう事もなく、ネックレスの先に付いてるリングのような物を手にすると、チェーンから外し僕の前に差し出した。
「ん。これ…付ける。」
「これは?」
「ん。腕時計型…コンピューター。付けて…歩く。」
少女の広げた手の平に乗っているのは、腕時計と言うより細長い楕円形のブレスレットだった。
「これを付けて外を歩けばいいの?」
「ん。方向…教えて…くれる。」
「そう、それくらいなら構わないけど。」
僕は少女から腕時計型のコンピュータを受け取ると右手にはめた。
「この時計、サイズが合ってないからユルユルだよ。」
「ん。大丈夫。」
少女がそう言うと、腕時計型のコンピュータは徐々にサイズが小さくなり、僕手首にぴったりと馴染んだ。
「うわっ。何これ凄いっ。」
「ん。」
僕が驚きの声を上げると、少女は無表情ながらも得意気な感じで胸を張った。
「ん。準備…終了…行動…開始。」
少女は、驚きのあまり興奮気味な僕に靴を履くよう促すと、玄関のドアまで僕の背中を押した。
僕は少女にされるがまま玄関のドアノブに手を掛け、ドアを開ける。
「ん。大丈夫…思う…でも…危険…無理しない…わかった?」
「うん。良く分からないけど分かった。行って来るね。」
僕はそう笑顔で言い残すと、勢い良く玄関のドアを開けるのだった。
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