第2話 僕と少女
僕がゲームに夢中になっている間、実はこの部屋では明らかな異変が起きていた。
円状に造られた部屋の壁から見たことも無い文字で綴られた文字列が青白い光を纏いながら浮かび上がり、それは壁だけに留まらず床一面に広がって行った。
やがてその青白く輝く文字列は、壁と床、それに天井までをも覆い尽くすと、部屋の中央にある可愛い少女の立体的な映像を映し出している透明の柱へ向かって集約され、プログラムが実行されているのか、膨大な量の文字が映し出されてはスクロールされ消えて行った。
数分間に及ぶ世紀の大事件は、ゲームに熱中する僕を尻目に音も立てずに静かに遂行されたのだ。
その証拠に、柱の中に映し出された映像であったはずの少女の瞳に生気が宿り、瞬きを数回行った後、まるで小鳥の囀りで目が覚めたかのように大きく背伸びをし、眠そうな片目を擦りながら欠伸をすると、物理法則を無視するかのように柱の中から出てきたのである。
当然、ゲームに没頭していた僕がそれに気付くはずも無く、僕が気付けたのは、その少女が待ちきれずに僕の肩を手で叩いたからである。
「ん。えっちぃ…ゲーム?」
「確かにジャンルと言う意味ではエロゲになる。
しかしっ…」
僕が力説する為に振り向くと、そこには見たことも無い少女が無表情に僕の肩に手を置いていたのだった。
「誰?」
「ん。」
「ん?」
「ん。」
「ん?」
「ん。」
暫くの間繰り返される「ん」のコミュニケーション。
僕は、初めて会ったはずの少女に何処か見覚えがあるのを感じるのだが、それが何なのかいまいち思い出せないでいた。
「ん。状況…確認…する。」
少女は、僕の腕を引っ張ると椅子から強引に立たせようとする。
「ちょっ、ちょっと待って…」
細身の少女からは考えられないような強い力で引っ張られた僕は、思わず少女に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
「ん。」
咄嗟に腕を突いた僕の顔の目の前には、少女の無表情な顔があった。
僕は少女の無表情ではあるけれど、何処までも深く吸い込まれるような瞳に捕らわれて暫くの間動けずにいた。
高鳴る胸の鼓動。
少女の髪の甘い香りが僕の鼻腔をくすぐる。
「あっ、ご、ごめんなさい。」
僕は我に返り慌てて立ちあがろうとするが、不用意にも足を滑べらせていまい再度転んでしまう。
「痛っ…くない?」
痛みを覚悟して目を閉じた僕だったけど、何故か予想された痛みは感じなかった。
恐る恐る目を開けると、僕は二つの膨らみの間に顔を埋めていたのだった。
「ん。えっちぃゲームの…真似事?」
「えっ、いや、その…ごめんなさい。」
僕は慌てて跳ね起きるのだった。
気まずい雰囲気を取り繕うように、僕は付いてもいないズボンの埃を払う仕草をすると、ゆっくりと起き上がろうとする少女に手を差し出した。
「君は誰?」
少女は僕の手を取り起き上がると、僕の真似をしたのか、服の埃を払う仕草をする。
「ん。私…真人のサポーター。」
「サポーター?」
「ん。そう…これから始まる…創生…お手伝い…する。」
「お手伝い?
要するにこの別荘のメイドさんって事なのかな?」
少女は僕の言葉を聞き、無表情のまま首を傾げて暫く沈黙した後、
「ん。否…メイド…立場的…下…この別荘…私の方…立場…上。
よって…不適切…否定する。」
「立場的に下って。僕はこの別荘の新しい所有者なんだけど?」
「ん。是…貴方…章玄(しょうげん)様…この別荘…相続。
でも…この別荘…絶対的権限…私。よって…私の方…立場…上。」
所有者よりも立場が上のメイドなんてあり得るのだろうか?
しかし、この無表情な少女が冗談で言っているようには到底思えなかった。
まあ、どちらにしても上下関係とか苦手だし、この少女が別荘付きのお手伝いさんだとしても、上から目線で物事を言うような真似はする気もない。
「うん、分かった。宜しくね。」
「ん。こちらこそ…宜しく」
少女は僕が差し出した手を握ると、無表情のまま言葉を返したのだった。
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