第1話 祖父の残したもの

僕は髪飾里 真人(かみかざり まなと)。

偏差値50そこそこの学校に通う、極々平凡な高校生だ。


成績は人並み。

身体能力は過不及無し。

部活は帰宅部。

容姿は可もなく不可も無く?

彼女は欲しいっ!


…と、思いついただけでも庶民の中に埋もれてしまいそうな色の薄い僕だけど、最近祖父が残した莫大な遺産の一部を相続する事が分かり高校卒業後即隠居生活を目論む、ぐうたら…もとい、怠け者?違う…そう、穏便な毎日を愛するマイペースな好青年だ。


祖父の遺産を相続すると言っても、僕の両親は健在だ。


本来なら僕に遺産相続の権利は発生しないのだけど、祖父の遺言には僕への相続も明記されていたらしく、遺言書を預かっていた弁護士からの連絡で相続の権利がある事を知った。


僕宛てに残された祖父の遺産は、億単位の現金と祖父が複数所有していた不動産の中から建物を一つ、その建物周辺の土地と建物の中に残された物品全てだった。


祖父は母方の血筋にあたるのだけど、投資を生業としていた所為か慌ただしく世界中を飛び回っていたようで、僕の記憶を整理してみても、物心がついた頃から一度も会った事は無いと思う。


祖父の葬儀に参列した時も、祖父の遺体が遺言により葬儀場に運ばれなかった事もあり、まるで赤の他人のお葬式に行き摺りで参列した気分だったのを今でもはっきり覚えている。


遺産の話を聞いた時は正直戸惑ったけど、祖父の遺産は僕の両親を始め、妹や会った事も無いような遠い親戚まで、血の繋がりの濃さに関係なく平等に分配されていた事もあり、僕達家族は特に疑問を持つこともなく遺産を受け取ることにしたのだった。


その後、一通りの手続きを終わらせた僕は、受け継いだ遺産を確認する為に祖父が残してくれた建物を訪ねることになった。


語尾が「した」ではなく「なった」となるのには理由がある。


弁護士の話によると、相続した不動産を確認する日時は祖父が残した遺書に記されているとの事だった。

ほとんど面識の無かった祖父の考えが僕に理解できるはずも無く、相続の条件にもなっていたので、両親や妹はもとより祖父の遺産を相続した全ての人が、僕と同じように今日この時間に相続した不動産を訪れていると思う。



自宅から電車を乗り継ぐこと数回、僕が相続した建物は都心からさほど遠くない避暑地として有名な観光地の一角に佇む豪華な別荘だった。


夏の訪れを告げる蝉の合唱をBGMに、針葉樹の立ち並ぶ林は良く手入れされており、林の中心部は野球のグランドが客席付きですっぽり入ってしまうぐらいの広場になっている。


広場の中央には地下1階、地上2階の立派な建物が建ち、初夏の光を浴びる屋根には発電用のパネルがぎっしりと敷き詰められていた。


家の片隅には井戸のような設備があり、ポンプを伝って屋内の至る所にある蛇口に繋がっている。

水質調査の証明書を見る限り飲用水として使用しても問題なさそうだ。


携帯電話の感度も良好でLTEの受信感度も問題無し。


ガスや電話回線などの設備は無いけど、キッチンはIH調理器が完備されているし、固定電話も普段は使わないので、特に不自由に感じることもなく生活できるとの話だった。


僕は年甲斐もなくワクワクする気持ちを抑えながら、弁護士から受け取った鍵を使い別荘の扉を開ける。


すると新しい主を歓迎するかのように、御影石を基調とした洗練されたデザインの玄関が迎えてくれた。


玄関を抜けた左手側にはトイレや洗面所、浴室などの生活に必要な水回りがあり、右手側には対面キッチン付きの広々としたリビングルームが広がっている。


リビングには見るからに高級そうな調度品が溶け込むように鎮座され、ソファーの向こう側にある暖炉の上には、一際目を引く絵画の入っていない巨大な額縁のような物が壁に掛けられていた。


「これはなんだろう?」


僕は暖炉の前まで歩み寄り、額縁らしき物をよく注視したけれど、これといって何かを発見することは出来なかった。


「良く分からないけど、この額縁自体が美術品なのかな?」


音楽の世界でも4分33秒と言う名の楽曲のように、最初から最後まで一切の演奏が無いものもある。この例を当てはめて考えてみれば、この額縁に於いての芸術とは絵画の無い空間であると言う評価も決して否定できるものではないと思う。


しかし、芸術に対して全く見る目が無い僕にとって、この額縁がどれだけ素晴らしいものであるかを推し量る事など土台無理な話だ。


このまま考えていても埒が明かないので、気を取り直して玄関の正面にある階段から2階に上がる事にした。


2階には客室が6つあり、どの部屋にも日常生活に必要な家具が備え付けられていた。


色々と話は聞いていたけど、現実に見るそれは良い意味で僕の予想を遥かに超えるものだった。



玄関の正面奥から下りられる地下室は倉庫になっているようで、米や小麦粉などの食料から缶詰めなどの保存食を始め、電球や洗剤などの日用品、更にはプロテクターやガスマスクに鉄パイプ、DIY用品など、何故ここに置いてあるのか疑問に思うような物まで所狭しと収納されていた。


興味半分で備蓄品を品定めしながら地下室を探索していると、入り口から死角になっている場所に扉がある事に気付く。


その先に何があるのか確認するために扉を開けてみると、その先は下に続く階段だった。


「あれ?さらに地下があるのか?」


弁護士の話だとこの建物は地下1階のはずなのだが、何かの手違いで間違えたのだろうか?


今回の遺産相続による手続きを引き受けてくれた弁護士は、祖父の古くからの友人だったそうで、資産家でもあった祖父の膨大な遺産を一人で処理している。


これだけ数多くの不動産を同時に処理しているのだから、間取りの勘違い位は仕方ないのかも知れない。


僕は丁寧に対応してくれた弁護士の顔を思い浮かべながら感謝の気持ちを抱き、目の前に現れた階段を下りて行った。


僕を先導するかのように両壁に埋め込まれたLEDライトが、ノスタルジーな雰囲気を醸し出す石材で造られた階段の足元を照らす。

螺旋状になっているのか、緩やかなカーブを描きながら下へ下へと続いていった。


階段の先には白熱電球の優しい明かりで両側からライトアップされている赴きのある木製の扉があり、僕が近づくと自動で左右に開いた。


「自動ドアなんだ…」


扉の左側中央部に取り付けてある円形の取っ手に手を伸ばそうとしていた僕は、目的を失って手持ち無沙汰になった腕をそのままに呟いたのだった。


自動ドアの向こうは円形状の部屋が広がっていた。

部屋の中央には水晶のような素材で作られた円筒型の透明な柱が天井まで伸びていて、その中には3Dホログラムとでも言うのか、可愛い少女の映像が立体的に浮かびあがっている。


「これは凄いや。」


僕は思わず感嘆の声を漏らした。


ここは祖父が所蔵していた美術品を収納している部屋なのだろうか?


先程まで居た地下の倉庫とは明らかに部屋の造りが違い、SF映画に出てくる宇宙船の船内のような白色を基準とした近未来なイメージを彷彿とさせる造りになっている。


僕は他の所蔵品を探すべく部屋を見渡したけど、目の前の少女の映像以外にそれらしい美術品は見当たらなかった。


唯一発見できた物と言えば、入り口の反対側におよそこの部屋の雰囲気に不相応な存在感を放っている大型のコンピューターだけだった。


僕は、緑と赤のLEDライトを点滅させながら静かに起動音を立てているコンピュータに近づくと、覗き込むように見澄ました。


「これはサーバーかな?」


一般的に売られている据え置き型のパソコンとは違い、細長い機体がサーバー用の収納ラックに積み上げるように固定され、幾つものケーブルが無造作に繋がれている。


インターネット事業者が使用する業務用サーバーと比べると小規模ではあるけれど、個人用としてはかなり立派なシステムだ。


恥ずかしながら、僕はITと言う分野に興味があり、ハードウェアやソフトウェアなどの知識はそれなりに有しているつもりだ。


自分で部品を買い集めてパソコンを組み立てることも出来るし、プログラム言語を使用して簡単なプログラムを組むことも出来る。


そんな僕の趣味も影響しているのか、目の前にあるサーバーの中身が知りたくて仕方なかった。


結局、込上げてくる好奇心を押さえきれず、ディスプレイが置かれたテーブルの前に腰掛けるとキーボードを打ち始めた。


祖父の所有物であった事を考えると、パスワードの要求に応じる事はできないと思うけど、実はちょっとしたハッキング程度なら自信があった。


実際にログイン画面では、パスワード代わりに生態認証が要求された。


僕は、駄目もとで手のひらをかざしてみる。


すると、意外にもあっさりとログインに成功。


起動画面を経由してグラフィカルユーザインターフェースの画面がディスプレイに映し出された。


「あれ?どうやって僕の生態認証を登録したんだろう?」


僕はこのシステムを始めて見たし、当然祖父に生態認証の提供をした記憶も無い。


いささか不思議ではあったが、亡くなった祖父の生態認証が生きていればログインするのに一苦労だった事を考えると、結果的には良かったのかも知れない。


僕は、そのままサーバーの中身を調べる事にした。

どうやらサーバーは様々な情報を蓄積するデータベースになっているらしい。


しかし、不思議な事にパソコンから外部へのアクセスは全く行われていなかった。


データベースを見る限り、ロボット型の検索エンジンにより自動で情報収集を行っている事は確認できているのだけど…


「どうやって情報収集してるのだろう?」


正直疑問は絶えなかったけど、サーバーの中身自体はそれほど珍しいものでもなったし、僕と祖父ではそもそもの資金力が桁違いなので、僕が知り得ない知識でシステムを組んで居るのかも知れない。


そんな事を考えながらデータベースを漁っていた僕の手が止まる。


「おぉ、これは…」


画面には『BIKINI QUEST』の文字が写し出されていた。


「BIKINI QEST」とは数年前に販売された同人ゲームで、ストーリーの本編は4時間程で終わるのだが、やりこみ要素が充実していて廃人が量産されるなど、一部の業界ではかなり話題になったちょっとエッチなロールプレイングゲームである。


しかし、残念な事に製造された数量が少なく、中古市場ではプレミアムが付いて価格が高騰、僕のような庶民には手の届かない高嶺の花になってしまったのだ。


僕は無意識のうちに携帯電話で時刻を確認する。


「確か最終に間に合う為には20時の電車に乗れば良いんだっけ?」


今からなら本編をクリアーするだけの時間は十分にある。

遺言には相続する建物を訪れる時間は指定されていたけれど、帰宅する時間は書かれていない。


当初は建前だけの訪問だったけど、これは思わぬ収穫になったかも知れない。

予定では早めに帰宅してのんびりとアニメ観賞に浸る予定だったのだけど、千載一遇のチャンスを棒に振るのはあまりにも惜しい。


僕は躊躇う事も無く、「BIKINI QEST」の起動ファイルを実行するのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る