血斗 -シンジツ ノ カイジ-

◎◎



 第三艦橋で入手することが出来た情報によって、俺の知識と身体能力は跳ねあがっていた。

 己への理解が、そのまま性能の完全な発揮へと繋がったからだ。

 カーマは、俺がヴェーダにアクセスできると確信していたようだが、確かにそれはかなった。必要な事柄のすべてを、俺は閲覧することが出来たし、それを補助脳にインストールすることが可能だった。

 ……恐らく、暗躍者がいるのだろう、その思惑にまんまと乗せられているのだろうが、いまは構っていられない。

 貰えるものすべてをありがたく頂戴し、そしてこの玉座へ、ヴェーダ本体が眠るこの場所へと俺は駆けつけたのだ。

 そうして今――

 リノベイトの軍勢と、地獄のような闘争を繰り広げている。



『KIUSYUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』



 汚猥色おわいしょくの同化液をばらまきながら、三つの頭部と七つのアギトを持つ再誕者が、この鋼の肉体に毒牙を突き立てようと迫る!

 その頭部の一つを踵落としで割り砕き、残りを圧縮弾頭で粉砕する。

 同時に全身から蒼銀の蒸気を噴出。その特性を以て、こちらを取り囲もうとしていた化け物どもを一斉昇華!

 振り向きざまに一発。

 腕を交叉して反対側に一発。


 BANG!BLAM!BANG!BLAM!BANG!BLAM!


 右のマテバからは圧縮粒子弾頭。

 左のマテバからは先日と同じ煙幕弾――ただし触れた端から輪廻を誘発する特別性をばらまき、少しでも迫り来る再誕者の軍勢を押しとどめる。


 BANG!BANG!BANG!

 BLAM!BLAM!BLAM!


 弾倉がカンバン弾切れ

 即座に充填しつつ、体術を以て応戦する。

 蒸気の噴射を利用した|加速掌(ヴェロシティー・キラル)!

 敵性存在の心臓をぶち抜き破壊する!

 襲い来る数千を超える大群、数万をはるかに超える大軍勢!

 迫るは億千万、数の差は絶望的。

 俺が二体の再誕者を殺す間に、四体のリノベイトが距離を詰める。

 銃身内部で弾丸が二発生成される間に、七体のリノベイトが飛来する。

 間に合わない。

 あまりに圧倒的。

 それでも、俺は引き金を引く。


 襲い来る毒牙、魔手、爪牙のすべてをいなし、さばき、かわし、あやし、はじき、くだき、にぎつぶし、破壊クラッシュし――


「――ッ!?」


 隙間を縫ってはしる銀光を瞬間知覚!

 咄嗟とっさに頭部で交叉クロスさせた鋼鉄の両腕を、鈍くそれが叩く!

 ガギッン!


「はっはっ! 流石に善戦なさる! 流石は流石、マイトレーヤを名乗るだけのことはありますね!」


 一振りの大剣をたずさえる、それは純白の再誕者。

 テンマオー・ハジュン。

 そいつが、楽しそうに笑う。


「わたくしの剣戟けんげき……それを防いだ人類はあなただけです」

「そいつは、どーも――ッ!」


 BANG!


 牽制で撃ちだす一発、ハジュンはそれを読み切り僅かな体捌きのみで回避、地を蹴ると同時に距離を詰めてくる。

 続けざまに発砲。

 バックステップ。


のろい!」


 突き出される剣先は、いつか見せた動きの如く亜音速を超える!


「誰が!」


 前面装甲を解放!

 圧縮蒸気を噴出し、俺はさらに後方へと加速する!

 装甲の解放は、即ち防御力の低下。致命傷への近道だ。

 だが、奴の速度を超えるには、こちらも速度の世界で挑むしかない……っ!


「脚部装甲解放――風烈加速ブラスト!」


 もっと速く! もっと強く!

 足の裏からスチームを爆発的に噴射、その場で円軌道を描いて、更に加速!

 奴の懐に自ら飛び込む!


「革新者風情が味な真似を!」

「再誕者風情が調子に乗るんっじゃあ、ねぇーっ!」


 一瞬の交錯。

 密着距離での、ゼロないしイチ動作の発砲。

 それを――最強の再誕者は得物を犠牲にして防いで見せる!

 見事の一言に尽きる技量。

 だが――武器がないのなら!


まわれアイオーン・サムサーラ!」


 完全なゼロ距離!

 その額に叩きつけるように銃口を向け、俺は引き金を――











「しかし――ご存知ですかな、マイトレーヤ殿」







 三日月の如く吊り上がった、狂った笑みを浮かべ、奴はこう言った。












































――あなたがいま救おうとしている女性は。



























































































「わたくしたちの――同胞はらからなのですよ?」














































 ……ほんの僅かなタイムラグだ。

 ちょっぴりの、本来なら何の意味もないようなその間隙。

 だが、それ故に俺は。




 引き金を引くことを――躊躇った。




 奴が、俺の戦闘範囲から一息に離脱する。

 跳ぶように再誕者の群れの合間を縫って退き、そのまま拘束された少女のもとに。

 カーマ・パーピーヤスのもとに。

 その横に着地し、ゆっくりと立ち上がりながら、ハジュンは嗤う。


「はっはっ! これはこれはお優しい! 気が付きましたね? 悟りましたね? 率直にその賢察を、わたくし喝采を以て評価させていただきます!」


 そう!

 そうですよ!

 この女性は。

 カーマ・パーピーヤスは!


「マーラ様の、防衛プログラムの一つにすぎないのです!」


 再誕者が、嘲笑する。


「遥かな過去、この星へエミグラントが不時着した直後――人類を導く科学者は二つの派閥に別れました。ひとつは再誕者を生み出したもの。彼らはこの星の環境に耐えうる完全な生命を創出そうしゅつし、人間をそれに進化させようとした! そのおさが――マーラ様! そしてもうひとつ。人間の可能性を信じ、自然の進化を待ち、外界への適応性を機械の補助へとたくしたものがいた。あなたの心臓、人を覚者アートマンに導く獣の名が付けられた、その永久機関を産みだした者の名は――」









































「カーマ・パーピーヤス。マーラ・パーピーヤスの妻にして、そこ居るカーマの







 帽子を目深にかぶり直しながら、俺は、その事実を口にした。

 白き再誕者の表情が愉悦に歪む。

 俯いたまま、俺は続ける。

 ヴェーダにアクセスし、知ったことのすべてを。


「カーマは……彼女はマーラが、自らを再誕者とし、そしてヴェーダを補助するものになることを否定した。再誕者の危険性を見抜き、その対抗策としてエルガリウムを見出し、ア・バオ・ア・クゥーの心臓を産みだした。だが」


 そう。

 だが。


「だが、それでもマーラは止まらなかった。そいつはすでに人類を脅かす魔王と化し――そしてカーマも、やがて寿命を迎えた。しかし、彼女は願った。人類の救済を。未来の光明を。だから――自らの頭脳を、電子化したんだ」


 そうだろう? と。

 俺は、虚ろなまなざしの少女に――かつて人間だったもののなれの果て、その意志だけが電子化した亡霊に、問いとして投げかけた。


「俺の肉体だけが機械に代わったように、あんたはその思考を、叡智を、意志を電気信号とプログラムに置換した。何のために?」


 そんなことは決まっている。

 今更語るまでもない周知の事実だ。

 何故彼女が俺を燃えるような眼差しで見つめていたのか。

 俺をどうして、愛しくも憎らしい救世主などと呼んだのか。

 それは――


「答えろカーマ。まだお前が、俺に戦いを続けさせたいと思っているなら、この問いかけにだけは答えろよ。お前はそうなった。そして、その為に俺へ戦うことを求めた」


 つまり俺は。

 リュウカジュ・ミロクは。








































































「俺の脳髄は、魔王マーラ・パーピーヤスの――だったんだろう?」














































 億千万の再誕者の先。

 遥か彼方のその場所で。

 少女がびくりと、その身を震わせるのが、強化された俺の眼には見て取れた。






























『それは――であっていなである』








 響く電子音声。

 凄烈な魔王の声が、玉座の間に反響した。

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