終幕 -タビ ノ オワリ-
◎◎
虹色の羊水の中に
紡がれる電子音は、そら恐ろしいほどの威厳に充ち溢れていた。聴くだけで足が
『我が妻よりマイトレーヤの名を
響き渡る電子音声。
物理的圧力さえ伴い、それはこちらに襲い掛かる。
俺は歯を食いしばり、耐える。
びりびりと空間を揺らす声が静かに轟く。
『有史以来、70
……だとしても、俺とおまえが同じだってのは認めるわけか。
「カーマの狙いはそれか」
『控えよ、一度のみ許すといったはずだ。が……よい。妻に免じ、その問いにも答えよう。余は
マーラはその先を語らなかった。
いや――厳密には俺が聴きとることが出来なかったのだ。
亜音速の攻撃が――知覚限界より飛来する!
「ガッ!?」
咄嗟に
――受けた、筈だった。
「テンマオー……ハジュンかッ!!!!」
返礼は――無言の閃光。
無数の閃光。
圧縮蒸気を反射的に噴出、その場から飛退く!
視えたのは、知覚できたのはそこまでだった。
GYAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA!!!!
降り注ぐ無数の銀光!
寸前まで原形を保っていた無量数のリノベイトが、一瞬で肉塊へと――さらに裁断され原子の粒へと還元される!
「くそったれが!」
毒づくと同時に、俺は、左肩を見る。
無残に破壊され、抉られ、一本の刺突剣が突き刺さるその肩を!
マイトレーヤとして造られたこの鋼の肉体を貫通しうる破壊力を有した攻撃。
それを為したものが、
その背後に――無限の刃を従えて!
「理解できるかどうか、
両手を掲げる再誕者の頭上に、千や万ではくだらない無数の刀剣が規則正しく浮遊している。
それは、ハジュンを中心に発生する強力な磁界の中で、相互不干渉を貫き存在しているのだ。
電磁力を操れるからこそ、ハジュンは電子化したカーマをいたぶることが出来た。
そして、いまその全能力が――すべての殺意が――この俺へと向けられているのだった!
「マーラ様は、あなたが軍門に降ることを望んでおられます。永劫輪廻の力、環境すら書きえる叡智の火。それは完全なる再誕者には不要でも――価値はある。それに」
――バックアップは、とっておくに越したことはありませんから。
「抜かせ!」
再誕者の浮かべる悪魔的微笑に向け、弾丸を射出。
だが、それは強力な磁界に阻まれ――粒子弾頭でも届かない!
「物理学の知識はありませんか、低能リノベイター? 磁石の同じ極同士は反発する、それは粒子であっても同じことです。
「どっちが低能だよ! お前に攻撃が届かないってのなら――」
即座にスイッチ。
無事な右手で、〝それ〟を狙い撃つ!
/ドクン
冷たい鋼の心臓が熱く脈打ち、その権能を送り出す!
「親玉を――吹き飛ばすだけだ!」
炸裂弾頭。
対象は、マーラ・パーピーヤスの王脳を収めた玉座!
BANG!
射出音は一度!
だが神業的な速度で放たれるは三連発! 命中すればどんな再誕者とて絶命させる猛毒の一撃は――
「……やはり低能には理解が及びませんか。こちら側すべてが、わたくしの結界領域内ですっ」
弾丸のすべてが、マーラに届く前に縫い留められていた。
空間を走る紫電が、その全てを絡みとり破壊する!
……そしてそれは――俺の、思惑の通りだった。
破壊された弾丸から、コンマ一秒のラグもなく噴き出す猛烈な蒸気。
煙幕!
「くっ!? き――貴様ぁぁッ!!」
「何度も同じ手に引っ掛かるなよ、緑色の顔が真っ赤だぜ、低能リノベイトォォォォッ!!!」
応じるように俺も雄たけびをあげる!
粒子のすべてを反発できても、触れるものすべてを強制輪廻させる覚者粒子の煙幕だ、ひとつ残らず一切の取りこぼしなく防御しなければ、奴の敬服する魔王へと累が及ぶ!
そう、今この瞬間、奴はその対応にかかりきりになるのだ!
その間隙に俺は。
俺は問う!
「答えろ、カーマァァァァ!!」
戦闘空間より離れた場所につなぎとめられる少女へ。
うつろな眼差しの、仮初の少女へと問いを投げる。
「
煙幕を切り裂き飛来する、無数の刃!
恐るべきはテンマオー、処理能力の限界を超えて奴はなおも追撃を決行したのだ。故に、俺も切り札を斬る!
/ドクン
ドクン/
俺の心臓が吠え叫ぶ。
全身の噴出孔より吐きだされる無限量の蒸気が、指向性を帯びて
左から飛来する刃の軍勢を、円運動で回避。
右から襲来する殺意を反転、バク天、トンボを斬ってすべて避ける。
頭上、下方、背後、前方。
襲い来るすべて、その
圧縮蒸気を脚部に集中、蹴りだしとともに爆発させ、宙を蹴る。
加速!
「おまえは、本当は何がしたかった! マーラのすべてを知って、どうしたかったんだ!?」
問いかける。
全霊を懸けて。
真実を突き付ける!
「マーラの目的。それは。それは人間を絶滅させないこと、未来へと歩ませることだ!」
人類には、敵が必要だった。
この過酷な環境の惑星で生き延びるために、天敵となるもの、立ちふさがるものが必要だった。
「俺はあの第三艦橋で、人類の歴史を見た!」
それは、争いの歴史だった。
肌の色が違う。
使う言葉が違う。
宗教が、信じるものが違う。
いや、もっと些細な理由でもいい。
人間は、有史以来、存在を始めて以来、延々と争うことを続けてきた。
まるでそれが本能であるかのように。
「理解できないってのは、そりゃあ怖いことだよ。それに、相手のことがすぐに理解できるなんてことはない」
おまえと数日間旅をして、それは厭ってほど思い知った。
俺にはお前のことがちっとも理解できなかったし、おまえも俺に歩み寄ろうとはしなかった。
いや、カーマだけじゃない。
俺はヴァルナーのことも解ってやれなかった。あいつがあんなにも気高いことから、ずっと目を背けてきた。
「人間は、人類という種の群は、お互いを理解できない。一つになることはできない」
一つにはなれない。
それでは――どうあってもこの惑星で生き延びられるわけがない。
食料が例え足りていても、病や怪我がなかったとしても。
隣人が敵に見えるのなら、殺し合ってしまうのが人間だ。
「だからじゃないのか、だからマーラは再誕者を従えたんじゃないのか!」
そう、すべての人類にとっての、共通の敵として。
「マイトレィィィィィィヤァァァァッ!!!!」
「ッ!?」
なりふり構わなくなったハジュンが、その磁力結界ごと俺へと突き進んでくる!
大電力、大出力を持って俺を圧殺する腹積もりだろう。
牽制に何発か銃弾を撃ち込み、飛翔を続けながらその迅雷の速度の突進をギリギリで躱し続ける。
交錯、激突、反発、幾度となく剣戟と銃撃を交わす。
躱し、ひたすらに問う。
「カーマ! カーマ・パーピーヤス! 最悪の女神! 魔王の妻よ! お前は、俺に何をさせたかったんだ!」
「――――、わ」
!
少女の体が震える。
全身のほつれが、褐色の肌が、わずかながら再生する。
その眼差しに、明滅する光が戻る。
……そうか、ハジュンを引きはがしたことで電磁力による電子頭脳への干渉が弱まったのか!
「カァァァマァァァァァァ!!!」
この好機を逃すなんてのはあり得なかった。
俺は、ありったけの思いを込めて、その名を呼ぶ。
「――――」
彼女は。
「――わた」
俺の、旅の相棒は。
「わたし――私の願いは……後にも先にもただ一つ!」
――マーラを、苦しみから救いたい。
「彼が、人を救い続ける役目を――終わらせて!」
ねぇ、お願いよ。
「
「やっと――俺の名を呼んだな!」
漸く、ようやっと俺を直視したな、この
「だが、確かに聴いたぞ、おまえの望み!」
託されたぞ、その想い!
愛するものを救いたいとする切なる願いは、この胸に確実に刻まれた。殺してでも救おうとする意思は、確かに焼き付けた!
いいだろう、カーマ・パーピーヤス。
自分が生前、グラマラスな肉体を持つ女だったことを精々喜ぶがいい。
俺は、豊満な女の願いを断ったことなどないのだから!
『――よい、
だがその声は、先ほどまでの威厳に充ち溢れたものではなく、何処か老人を思わせる、摩耗の末にあるようなもので。
『すべての人類を不変の再誕者としても、この難局は乗り切れよう。同時に、人類の敵として再誕者を置けば、無用な争いは減り、人は一致団結し進化を続けよう。余はどちらでもよかった。故に
「それは……カーマにとって、耐えられないものだったのさ」
俺は、残る四肢の蒸気噴出孔を制御して、空中に静止する。
いまの俺の有様は酷いものだ。
左手は半ば吹き飛び、全身の映像投影装置は壊れ、顔の半分は機械が露出する。
まともなのは右手ぐらいで。
だからこそ、俺はそこに握った愛銃をいま、稀代の魔王へと向けるのだ。
かつて人類を愛し、いまなお愛していたはずの男へと。
「……廻れアイオーン・サムサーラ。吠えたてろア・バオ・ア・クゥーの心臓」
ア・バオ・ア・クゥー。
それは、旅人が悟りを開くために昇る塔の最下層にあって、永遠に待ち望む獣の名。
塔を昇るものに突き従い、共に旅の道を歩むが、その存在は決して旅人には視えず、また、旅人が道半ばで絶えた時には、塔の最下層まで落下し果てるものと伝えられる。
覚者に至れねば、その獣のもまた滅びるのみ。
次なる旅人を待ち望み、永劫の時を過ごすもの。
「マーラ。お前にとっては、カーマがそうだったんじゃないのか?」
『――――』
王は答えない。
応えるまでもないと、失笑する。
ドクン/
/ドクン
ドクン/
早鐘を打つ心臓。
臨界を超えて廻り続ける幾つもの想い。
俺は――そのすべてをもって、引き金に指をかける。
――
「あああああああああ!!! やらせるぅぅぅ、ものかぁあああああああああああああああああああ!!!!」
突如、空を裂く大音声!
紫電渦巻く大結界!
彼は、魔王と俺の間に割って入り、その全てを解き放つ。
――護るために。
その忠義を示すために!
「マーラ様は世界を
争うは人の
ひとりでは孤独に死に、ふたりでは互いを殺し、それ以上ではそれ以下になるまで殺し合う。
それが人間。
だから、この再誕者は求めたのだ。唯一自我を与えられたものとして、救済を。
「そうだ。お前たちは正しい。どうしよもうなく正しい」
どんな状況になろうが、きっと人は争うことをやめないだろう、諍いをやめないだろう。
お前達のいうとおり愚かしい生き物だ。
だがな。
だがな、憐れな再誕者よ。
哀憫リノベイトよ。
「変化するからこそ、変わることができるからこそ――そこには希望があるんだ」
その行く先が破滅でも。
その破滅から立ち上がるのは、いつだって変っていけるものたちだけなのだから。
「――――」
俺は最後の決定を、ひとりの少女に預ける。
彼女の瞳は燃えるような色合いで、俺を睨んでいる。
その
愛したものと同じ思考回路を持つものに、愛するものを殺させる。それが、その瞳の意味。その覚悟の証。
それでも彼女は、愛するものを救うことを選んだのだから――
「やりなさない、マイトレーヤ!」
その結論に、応と答え。
「あとは任せる。俺の願いも、叶えてくれよ莫迦女!」
「確かに請け負いました――気兼ねなく
そんな対話の果てに。
すべてを任せられる相棒を、いまさらになって見出して。
「
愛銃が急速展開、その全霊を放つにふさわしい姿へと生まれ変わる。
光が加速し収束する。
爆発寸前まで高鳴った鼓動が、ついに限界を越境する。
覚悟を透徹し、想念を完了し、俺は遂に――
「無限無辺光――アイン・ソフ・オウル――」
光輝
圧倒的光輝。
純粋、一切、完全なる光輝の奔流に他ならず。
「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
すべてを呑み込む光の中で、最強の再誕者はなおも足掻く。
電磁結界を展開し、その肉体が次々に光に蝕まれながらも一歩も引かず。
ありったけの力を動員し、死力を尽くし、信じる王を護ろうと。
――だが。
『――よい』
「わ、我が王……?」
『よい、汝を
「――――」
『もう、よいのだ。みな、もう休め。我等は聊か、永く生きすぎたのだ』
「王よ」
『大義であった、汝に
「――ああ。それは。それはとても……勿体ないお言葉で――」
その会話を最後にして。
やがて、すべてが、光の中に消えていった。
/ドクン
俺は、心臓の最後の鼓動と。
「あなたは……やっぱり救世主でした」
――ありがとう。
涙にぬれたような、そんな声を聴いた。
――ような、気がした。
◎◎
すべてに決着が付いた後。
無数のマニュピレーターが、鋼の
取り出されるのは、脳髄、叡智の宿る場所
そして、魂の宿る――。
脳髄は、虹色の養液につけられる。
文字通り、人類を救う、その為に。
今後の世界を、導くものとして。
そして。
そして、もうひとつは――
「さあ……黄泉がえり、世界を救え――救世主!」
遥かな未来へと、届くように。
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