第三話 防人と天獄の涯と防人の敗北
旅情 -ツカノマ ノ キュウソク-
エグゾーストノーツを響かせて、その
カーマが乗っていた車輪付きの機械――前時代の遺物、
その、バックミラーに視線を転じる。
左に見えるのは、側車におさまる星色の髪に浅黒い肌の少女、カーマ。
そして、わずかに写りこむ俺の姿は――
「……なにも、
少女の放つその声音の、冷たい響きは変らない。
先程、俺の燃料だからといって立ち寄った浄化槽で水を
ただ、ほんの
「知りたいことが多すぎてね……何から訊きゃーいいか、わかんねぇのさ」
肩を
不思議な話だが、知るべきことはもう知っているような、そんな気さえしていたのだ。
「俺をこの体にしたのは、もう助からなかったからだろう?」
「…………」
「リノベイトに噛みつかれて、助かった人間はいない。それに例外はない。生身のままじゃ駄目なんだ――こうするしか、助かる方法がないんだろ?」
「……その通りです」
カーマは、言った。
「再誕者はその性質上、唾液腺から分泌する同化促進物質〝アナボリシン〟によって人類を再誕者に固定します。アナボリシンは真っ先に心臓を
「結果、俺が死んでもか?」
「あなたは死にません。あなたに死はない。マイトレーヤである限り、絶対に。何よりあなたの脳髄が汚染される事だけは防ぐ必要がありました。ですから――マイトレーヤ? なぜそのような顔をするのですか?」
訳が分からんのでへの字口になって押し黙ると、カーマは小首を傾げて見せる。きょとんとした表情から、あの苛烈なまでの冷熱は感じない。見た目相応、年齢相応の少女がそこにいるだけだった。
俺は手を振り、続けてと促す。
カーマが頷く。口を再度開く。
「〝ア・バオ・ア・クゥーの心臓〟は超高純度克己石――ハイ・マテリアル・エルガリウムをさらに圧縮し、密度を高めた触媒を中核とする疑似永久機関です。その性質は、存在を
輪廻。
「宗教的な物言いは苦手ですか。ならば言い換えますが、
「待て待て待て、なんだそれは。意味わからん」
2H₂O?
物質の昇華?
無制限の輪廻?
――聴いたこともない単語ばかりだぞ?
「どっかの区画の方言かなにかか?」
「……なるほど、理解しました。文明レベルは随分と衰退しているようです。噛み砕いて説明しましょう」
彼女が言うに、つまりはこうだ。
俺はリノベイトに噛まれた時点で心臓が奴らと同じになりかけていた、だから壊すしかなかった。
そのままではもちろん死ぬから心臓の代わりを用意しなくてはいけなかった。それが〝ア・バオ・ア・クゥーの心臓〟。
ついでに肉体も深刻な損傷があったので(加えていえば生身では脆弱すぎるので)機械の身体に作り替えた。
結果、疑似なんたら機関の力で、俺は殺せないはずの再誕者を殺せるようになったと。
「つまりは、そういうわけか」
確認のために尋ねると、彼女はこくりと頷く。
「はい、リノベイトは完全無欠。絶対不変の存在です。故に二度と輪廻はしない。
カーマが、一度口を閉じる。
ジッと、その瞳で俺を見る。
それは燃える色ではなく、
「投射技術で、もとの外見を再現することもできます」
「できるのか」
「できます」
彼女の言葉に、俺は素直に驚いた。
星色の髪の少女を凝視してしまうぐらいの驚きっぷりだった。
「それを望みますか、マイトレーヤ」
「リュウカジュ・ミロクだ」
「……望みますか」
「…………ああ」
元に戻るというのなら、戻して欲しいという思いはあった。
俺の意思を確認して、彼女は頷く。
その薄い口唇が、滑らかに聞き覚えのない言葉を紡ぐ。
「
ギジジジジ……と、俺の機械の全身から駆動音が一斉に鳴りだし、一瞬の燐光。
その燐光が鋼鉄の肌に吸着し、様々な色合いに変化する。
白、桃色、黒、そして、肌色に。
ハッとバックミラーに自分の顔を写す。
そこにあったのは――
「元通り……じゃないか!」
黒髪。
アッシュグレイの瞳。
無精髭。
変わらない、何一つ変わらない冴えない中年の顔。
俺の顔が、そこにあった。
「も、戻ったのか、身体が」
そっと頬に触れると、カチンと音が鳴る。
帰ってきたのは、硬質な響き。
これは。
つまり――
「はい、文字通りの投影です。あなたの体の上に、立体映像を
「なあ、俺の帽子は。中折れ帽はどうしたんだ? あれがないと、どうにも調子が出らんのだが」
「……保存してあります。このバイクのなかです。あとでお渡ししましょう。それよりも、です。あなたの脳髄、それは、マイトレーヤの証であり、天文学的な確率の果て、奇蹟のように――」
「あー、わかった。わかった」
俺はハンドルから手を伸ばしてカーマがそれ以上のたまうのを静止し、軽く頭を抱えた。
うんざりしたというのが本音だった。
結局、俺はもう元には戻れないし。
戻れないなら、やるべきことは一つなわけで。
否――もとより俺がやるべきは、たったひとつの――
「マイトレーヤ」
「だから、俺はリュウカジュ・ミロクだ」
「……マイトレーヤ」
「――。なんだよ」
額に手を当てたまま、ため息を吐きカーマを見遣ると、彼女はその炎のような瞳を
「手放し運転、及び、よそ見運転は大変危険です。例えばこのように――」
ギュルン。
空転するタイヤ。
「落下する危険が――ありますから」
「さ」
先に言えよ、この
俺の絶叫は、ゼタ・ストラクチャーにぽっかりと空いた穴に――奈落への入り口、
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