革新 -ハガネ ノ シンゾウ-
◎◎
……そうだった。
そんなことが、あったのだ。
死んだ。
何の
再誕者の毒牙にかかり、そして心臓を潰されて生命活動を停止した。
だが――
「そう、あなたは生きています。リュウカジュ・ミロク――いえ、5億7600万番目の識別コードを有する有資格者――70
その女が告げる。
俺は生きているのだと、触れれば凍りつきそうな、冷たい言葉で。
視界の端に、そいつはいた。
浅黒い肌。
それを包む無数の短冊を寄せ集めて束ねたような服。
燃えるような色の瞳。
そして、星々の輝きを集めたような、透明度の高い長髪。
そんな姿の女が、部屋の一角で、俺の全身を這いまわる機械の大元――見たこともない複雑な形状の、車輪を有する機械に腰掛け、俺を見詰めている。
その瞳の色は燃えるようだというのに、視線に乗る熱は突き刺さるほどに冷たかった。
……何者だ?
そう口にしようとするが、喉が音を
仕方なく、その怪しい女が口を開くまで待つ。
ヴァルナーよりも幾分か大きな身長と、それに比例しない豊満な胸と尻。見かけだけなら、なかなかに悪くない。
「……その名に反して
身体の線を隠すように両手で
色情魔扱いというのは、なんとも不愉快極まりないものだが、美人にそういった目付きで睨まれるのは悪くない。
――たとえ自分が、どれほど理解不能な状況に置かれていたとしても、だ。
そんな俺の内心を見透かしてか……或いは興味を失ってか、女は一度こちらから視線を切ると、空中を見据える。
探るように眼球があちこちを捉え。
その瞳の中で、紫電が
「
と、女はそんなことを口にした。
刹那、俺の視界が暗転する。
世界との
戸惑うこともできないほどの瞬く間に、視野が戻る。
戻る。
今までより、
そして、それまで聞こえていなかった無数の物音が、俺の耳へと、脳髄へと届いた。
「単刀直入に、一切の疑問の余地が生じないほど明確に、あなたがいま感じている感覚の正体を教えましょう。リュウカジュ・ミロク。あなたは――」
聞こえていたのはその女の声と機械の
だけれど新たに聞こえてきた音は――騒音。
壁を乱打し、床を殴り、
――俺の身体が放つ、駆動音。
「あなたは一度死んで、黄泉がえった。蘇生した。でも、勘違いしないでください。それは〝
明瞭になった視界は、俺の全身を
違和感の正体が明らかになる。
金属繊維の束で構成された筋肉。
鋼鉄の骨格。
神経は
血管は
脂肪は
その無機質な機械の塊の上を、申し訳程度の蒼い
「新たな心臓、進むべきものに託される大いなる遺産――〝ア・バオ・ア・クゥーの心臓〟に、いまこそ信念の火を
ドクン/
冷たく、重い鋼の心臓が、ゆっくりと脈を打つ。
/ドクン
熱。
焼けるように熱い熱が、鼓動のたびに、一度の拍動のたびに送り出され、導管を廻る。全身に、力が漲る。
ドクン/
/ドクン
ドクン/
駆け廻る熱は
血管を滾らせる
この世の何ものよりも速い伝達因子。
【感情】が疾走する!
「殺せ――マイトレーヤ。あなたの欲するものを手に入れるため、この世界の真理の扉を開くために」
戸惑い。逡巡。迷い。畏れ。恐怖。
錯綜する幾つもの感情は、だが次なる号令のもと、ただ一つの目的へと置換される。俺のすべてを塗り潰す、その感情の名は――【殺意】!
絶対無比、純粋生粋の殺意が、俺の全身をイナズマの如く貫く。
「――再誕者を
命令を受領すると同時、純白の部屋が砕け散る。
現れたのは薄暗い、よくよく見慣れた超構造体と――
そして、もっと見慣れた再誕者の群れ。
あのとき俺を追いつめた300を超える再誕者たち。
状況の認識と同時、まったく並列に俺の身体は跳ねていた。
鋼鉄の
左手を突き出し構え、右手を引き絞る。
化け物。
リノベイト。
巨腕を振りかぶる先頭の再誕者へ、落下の勢いのまま拳を叩きこむ!
肘関節から
再誕者の剛腕を迎え撃つ形で――それを粉砕する。
閃!
――砕け散る、バケモノが。
銃弾ですら殺せず、ナイフなどではかすり傷一つつかないはずの異形が、ただの一撃、振り下ろされた拳骨で爆裂四散する。
その死体が、燃え上がる。
死なないはずの化け物が、蒼い蒸気に触れるや否や爆発的に燃焼し
あとには何も残らない。
ガシャン!
大仰な音を立て、両足を広げ、右手を地面につけて着地。
俯いた視線の先にあるのは、鋼鉄の
いま再誕者を
俺は。
「――やれやれ」
口角を吊り上げ、前を睨む。
「これで
『『『『『VARUGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』』』』』
吠えたて、一斉に襲い来るリノベイトの軍勢。俺も弾かれたように値を蹴り迎え撃つ!
突進する四脚のバケモノ、その頭部を殴り飛ばす。
濃緑色の脳髄が弾け
咆哮。
頭上から飛来する軽装の再誕者を、回し蹴りの要領で
そのたびに俺の全身の各所から噴出し、ばらまかれる蒼色の蒸気が、再誕者達の傷口から内部へ侵入、まるで猛毒の如く侵蝕し、その不死の肉体を焼き尽くす!
倒す。
倒す。
ことごとく、迫りくる化け物どもを、俺は打ち倒す!
だが、手数が足りない。
徒手空拳では限界がある。
頭部が極大化した再誕者の、その脳味噌が発光。途端に奴らの動きが統制のとれたものになり、あっと言う間に追い詰められる。
挟撃。
片方を捌きそこね、俺は数百メートルの距離を一気に弾き飛ばされる!
「マイトレーヤ!」
「俺はそんな名前じゃねぇーっ!」
「聴きなさいマイトレーヤ」
「リュウカジュ・ミロクだ、つってんだろ! 脳味噌のキャパシティーねぇーのか、このスットコドッコイ!」
回り込んでいたのか、件の車輪がついた複雑な機械とその上に座す浅黒い肌の女が、無様に弾き飛ばされ地面に転がっていた俺をあの燃えるような冷たい
女が、誘導するように視線を変じた。
起き上がりつつ(驚いたことに俺の身体にはかすり傷一つついていなかった)その示す場所、車輪のついた機械の側面を見遣ると、そこには大き目の収納空間が存在した。
その中には――
「こちらも改造・及び複製しておきました。エネルギーチューブに直結することで、第一種昇華式疑似永久機関こと
「意味わからん……いや、ホントよく解らんが――つまりは奴らに有効な武器、ということだな?」
「
確固たる眼差しで首肯されれば、拒む理由はなかった。
俺は、両手を収納に突き入れ、〝それ〟を抜き取る。
これ以上なくなじむその感触が、両手にあるという違和感。
回転式自動拳銃――いや、回転式自動蒸気拳銃【マテバ10-71-10改】。
その銃把を掴むと同時に、カチリという小気味よい音が鳴り響き、まるで肉体の延長線上のような感覚が俺へと伝わる。
つまりは、そう言うことだ。
俺もこいつと同じものになったわけだ。
「殺すための機械は、たとえ不死身のバケモノだろうが殺してみせなきゃなぁ!」
天魔必滅。
口の中でそう呟くと同時に、奴らが雄たけびをあげて殺到する。
「一切滅法!」
俺は、ガントリガーを引き絞った――
◎◎
「なあ、あんたの名前、教えてくんないか?」
378階層。
そこに存在するすべての再誕者を殲滅した俺は、奇妙な機械の上に腰掛けるキツイ眼差しの少女にそう問いかける。
彼女はやはり、その燃える瞳で俺のことを冷たく睨みつけるようにして、
「……カーマ。……カーマ・パーピーヤス、です。マイトレーヤ」
「だから、俺はマイトレーヤなんて名前じゃねーよ。リュウカジュ・ミロクだ」
「いいえ、あなたはこれから為るのです、マイトレーヤに」
その少女は。
星辰色の長髪の少女は、俺へと告げた。
「あなたの願いを叶えるため――
……かくして、俺の旅は本当に始まった。
ただの防人に過ぎなかったリュウカジュ・ミロクは鋼の心臓と肉体を得て。
恩人ミヅクリ・ヴァルナーを救うために走り出す。
最悪の
その旅路の先に、世界の命運を左右する結末が待ち受けているなんて知るわけもなく――
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