第二話 防人と星辰少女と防人の革新

死刻 -トドカ ナイ オモイ-

「さあ、目をましましょう――いとしくもにくらしい私たちのマイトレーヤ」


 奇妙に残響する、玲瓏れいろうたる声。

 痛みすら覚える眩しい光が、目をむしばむ。

 ――そこで、いままで目を閉じていたのだと初めて気がついた。

 焦点の合わない眼球を、それでもギリギリと酷使していると、ぼんやりとだが何かが見え始める。


     /ギギギ

ガガガ/

  /ギチ、ガガガ


 〝手〟。

 無数の、機械で出来た〝手〟が、俺の全身を這いまわっている。

 

 ギチ、ギチギチギチ……/

           /クォーン

     ガチャン/


 眼を焼く光は強い。

 何もかもが白抜きにされてしまい、思考すらも霞んで消えそうになる。

 白い光。

 いや、そもそもその部屋自体が白かった。

 奥行きも、天井の高さもわからないほど広大などこか――超構造体としては見慣れた、だがひと区画もある途方もない規模の施設。

 機械がうごめく、純白の部屋。

 俺は、少しでも状況を把握しようと首を回そうとして――回すことが、できないことを知った。

 首が、いやそれどころか、指先一つ動かない。

 眼球は僅かに動く。感覚もある。あるのだが、酷い違和感とともに、全身の、その至る所に力が入らないのだ。

 、俺の身体はピクリとも動いちゃくれなかった。

 いったいどうしてしまったのか。

 戸惑いを隠せない俺に――〝その声〟が告げた。

 この瞬間を、悠久ゆうきゅうの昔から待ち望んでいたような声音で。


「あなたは――いまこそ黄泉よみがえる」


 そして。

 そうして俺は、すべてを思いだす。


 あのとき起きた、そのすべてを――



 ◎◎



 超構造体都市、その200階層より下は、人類の誰も到達したことがない領域だ。

 160層以下では、大量の再誕者が発生することと、そして何よりもその構造が複雑怪奇を極めているため、並大抵の人間はもちろん、訓練を積んだ防人であっても立ち入ることが難しい。

 一種の迷宮ダンジョンと化した区画を突破するには、絶大な労力と、何よりもそら恐ろしいほどの幸運が必要になってくる。

 だが、今回俺が目指すのは、地下700階層。

 そうして時間制限のおまけつきだ。

 難易度は、推して知るべしといったところだろう。

 そう言った幾つものことを勘案すると、正規ルートで200階層まで降りることも、その先を逐一地図作成マッピングしながら慎重に進むことさえ、俺は選択肢から除外するしかなかった。

 最短距離で下層へと向かう裏道中の裏道。


 中央主軸セントラル・シャフトを、降下することを、俺は選択したのだった。


 中央主軸。

 それはストラクチャー・ネストのあらゆる中心を通過する最短の通路だ。

 いや……通路とは呼べまい。

 それはただの、空洞と呼ぶ方が正しかった。

 各階層に侵入できる扉こそあるものの、あるのはそれだけ。

 奈落の底に続くかのような、何処までも続く巨大な穴があるだけなのだ。

 無論、危険は多かった。

 万全の準備をして、それでも熟慮する必要があるみちだった。それでなお、これしかないと選んだ路だった。


 ミヅクリ・ヴァルナーには、もはや時間が残されていなかったのだから。


 猶予ゆうよも予断も許されない。

 だから躊躇ためらいなどなく、リュウカジュ・ミロクはその穴に飛び込んだ。

 ほとんど手綱一本の、懸垂下降ラペリング方式で降下して。

 そして、物資の補給と装備の再充填のため、いったん立ち寄った地下378階層――






 そこで、優に300を超えるリノベイドの群れに包囲される。






 もはや、上層に現れるような人型を維持したものは極めて少数だった。

 腕部が異常に肥大化し、破壊鎚スレッジ・ハンマーと化したもの。

 手足の数が三倍ほどもあるもの。

 四足を突き、這いまわるもの。

 頭蓋が膨張し、その脳髄の至る部分を発光させ指示を繰りだす化け物のおさ

 それが、十重とえ二十重はたえに俺を、完全に包囲していた。

 降り立ったときには、もうそうだった。

 絶対に破壊不可能な超構造体を背にしていることを喜ぶべきか、あるいは退路を塞がれていると嘆くべきか、それは解釈の分かれるところだっただろう。

 俺はどう捉えたのか。

 考えるよりも先に、十数年叩きこんだ経験が、腰のホルスターへと手を伸ばしていた。

 【マテバ10-71-10】を右手で抜き放ち、俺は一発目の弾丸を再誕者に叩きこむ。

 50口径の炸裂弾頭が、先頭の巨腕再誕者ヘカトンケイルに命中する。

 その腕が、緑色の血しぶきをあげて千切ちぎれ飛ぶ。


 ――だが、それだけだ。


 止まらない。

 再誕者たちは止まらない。

 痛みなど感じた様子もなく、俺へと向けて殺到してくる。緩慢かんまんな動作ではない。こちらの全速力よりもはるかに高速で、だ。

 転がるようにその場から飛退とびのく。

 一瞬前まで俺がいた位置に突き立てられる豪腕。咄嗟とっさに腰から引き抜いた鋼鉄の刀子ナイフを突き立てる!

 が……その刃は通らない。

 硬質に変異した体表が、刃の鋭さと、人間の膂力りょりょく程度は押し返してしまうのだ!

 さらにんで距離を稼ぐ。

 背後からの一撃。

 一動作で展開した携行式圧縮空気浮揚艇ホバークラフトを盾にしのぐが、貴重な輸送用機械が修復不可能な状態まで破砕される。

 残骸の雨を避けながら、振り向きざまに連続で引き金を引く。

 BANG。

 BANG。

 BANG。

 撒き散らされる小さな死神の群れ。

 人間であれば容易く殺せる――過剰殺戮オーバーキルに至る炸裂弾頭。

 だが、その程度の破壊力では再誕者は殺せない。

 殺し切れない!

 俺はひたすらに銃を乱射し、ろくにアタリも付けずに乱れ撃ち、撃って、撃って、撃ちまくり――気が付けば、奴らに取り囲まれていた。

 

 見下ろす肉体、その総身はズタボロで、満身創痍まんしんそうい

 キーンと響く雑音と、うるさいほどの動悸だけが反響する鼓膜。

 足先の感覚は熱しかなく、酷い頭痛が思考をかき乱す。

 視界が霞む。

 手指、耳、肉。欠損しているが、良く見えない。

 いまにも死にそうな激痛と、止めどなくこぼれ落ちる生命の赤い泉。

 そして――右手の

 即座に縛り上げ、止血を施しはしたが、それは、ある種の致命傷ともいえた。

 再誕者によってつけられた歯形は、つまりは烙印らくいん

 死と、再生……人間としての終わりを告げる烙印スティグマだ。


「――クソッタレが」


 唇を噛み締める。

 下の口唇を犬歯が食い破り、新鮮な赤く熱い血潮がこぼれだす。

 こんなところで、こんな道半ばで終わりなのか。

 自分を過信したとか、慢心したとか、油断があったとかそんなのではなく。



 ――ただ及ばず、ヴァルナーを救えないのかっ!?



 どれほど後悔し、慙愧に恥じ入り、奥歯が砕けそうなほど力を入れても、何一つ状況は好転しない。

 迫る再誕者。

 俺は。

 俺は、無様に。

 それでも拳銃を構え――



 そして聞いたのだ、その声を。




「はじめまして。リュウカジュ・ミロク。有資格者マイトレーヤにして、人類、その最後の希望。私はあなたに、チャンスを上げましょう」





 その音を。





 グシャリ。





 潰される心臓。

 振り返る俺の眼が捉えたのは、星色の長い髪。

 透けるような髪に、浅黒い肌の――








「さあ……黄泉がえり、世界を救え――救世主!」









 奇妙な機械に上に腰掛け、その機械を持って俺の心臓を貫いたその女は、高らかにそうのたまったのだった。

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