∟[小噺:家族として死ぬということ]

 むかえる熱量が喉に擦れる。

 木材の悲鳴がたえまなく聞こえる。

 瞳のなかに炎が焼きつく。

 なにが起こったのか分からなかった。


 いっそすべて燃えてしまえばいいと思った。

 確実に心中できる計画を考えてた。

 思い出が幸せのままで終われるように願いながら、ベッドに入った。


 なのに、なんでもう真っ赤なの?


 逃げることも忘れて、お父さんとお母さんを探した。


 夫婦の寝室はいつもどおり空っぽのまま。部屋をひとつひとつ探していく。


 リビング……だったと思う。真っ赤に燃えてゆらゆら変形して普段とぜんぜん違ってた。


 最初に見つけたのはお母さん。焼け崩れた柱の下敷きになってた。


 急いで近づくと、ぱきんっ、と。

 木が割れるような音がした。


「危ない!」


 声とともにフサギの体は突き飛ばされる。いったいなにが起きたのか。振り返ると、建材が倒れてきていた。その下にさらに視線を落とせば、お父さんがいた。


 ………ああ、よかった


 二人の姿を見て、私はそう思った。


 逃げ遅れてくれて、ありがとう。

 勝手に死なないでくれて、ありがとう。


 これでお父さんとお母さんといっしょに死ねる。

 お父さん、お母さん。フサギは幸せだよ。

 だって、私はフサギのまま死ねる。


 二人の手をつなぐ。


 フサギはお父さんとお母さんの家族だもん。

 フサギが二人の『手』になってあげる。

 お父さんもお母さんも不器用だから。

 フサギが間に入って。

 二人の手をつないであげる。

 二人のどうぐになってあげる。


「逃げろ、フサギ」

「フサギ、逃げて」


 もうなにを言われても関係ない。すでに心は決まっていた。

 けれど。


『フサギ、お前は助かってくれ』

『あなただけでも生きて、フサギ』


 両手から感情があふれてくる。

 とてもまっすぐな感情ねがい

 二つは、ひとつの感情に重なって私を挟む。


 ちがう。そうじゃない。そうじゃないの。

 フサギは、ここにいるの。

 私は、ここにいたいの。

 どこにも行かないから、はなれないでほしいの。

 ずっと。ずっと。


 受け取った感情は、衝動となる。


 こんなの望んでない!

 こんなの……!

 いやだ、いやだ、いや――!






 目が覚めると私は外にいた。

 ぼーっ、と燃え盛る家を見ていた。


 ふと、自分の手を見ていた。

 さっきまで握ってたはずのお父さんもお母さんも、この手にはだれもいなかった。


「なんで……」


 唇が勝手にそう呟いていた。


「なんで…………なんでなの。やめてよ」


「いまさら、家族面しないでよ……!」


「もういちど家族になれるなら……なれるんだったら……」


「私は……私は…………っ!」


 声の限界を越えた感情を抱きしめる。

 どんなに叫んでも手のぬくもりは消えない。

 ぬくもりは痛みにも似て、焼きついて二度と剥がれない。


『フサギ、生きて』


 家族との最初で最期の共有。

 父と母の感情が、娘を助けた――残ったのはその事実だけ。


 目尻にたまった涙は、頬に新しい路を造っていった。


 今度は。

 今度こそ、私はちゃんとどうぐになれるかな。


  …。


 気がつくと暗い世界を下っていた。

 フサギと肩を寄せ合いながら、手すりを頼りに一歩ずつ階段を降りていた。

 どのくらい記憶フサギを見ていたのだろう。一時間くらい見ていたような、一瞬だったような、どちらとも違うような気もする。けれども、もうずっと階段を降りている気もした。

 どうやら一か八かの“共有”は成功したようだった。フサギがいなきゃ今にも倒れそうで、それはフサギもいっしょだろうが、なんとか寄り添って階段を下っていける。


「……最初から知ってたんだね、フサギの火事のこと全部」


 ふとフサギの吐息が耳元をくすぐる。その言葉の意味はすぐに分かった。


 ………こっちがフサギを“共有”している間に、そっちもコースケの記憶を“共有”したみたいだな


 さっきフサギの記憶けいけんを見る前に、俺はすでにそれを知っていた。


 先ほどユーキさんに事務所の電話を借りたときの話だ。職場のコウノキに確認した。


 フサギの能力は他人の思考を自分の思考だと思うほど強力な“共有”だ。けれど、共有された人間はフサギではない。フサギにとってコースケは家族じゃなくても、コウノキにとってコースケは家族なのだ。


」……そう言うと、父は知ってることをすべて話してくれた。火事のあの日、フサギになにがあったかを。


 ………フサギはシロだ


 これが成功するのは、フサギが共有した第三者、かつフサギの共有下でないこと、そしてコースケの家族であること……という限られた条件だった。けれど、おかげで確実に『女神でない』と証明できた。フサギは完全に偶然でコースケの前に現れたのだ。


「思ったより、抜け目ないんだね……なんかムカつく」


 暗闇でも口を尖らせているのが分かった。


 ………小言なら家に帰ったあとでいくらでも聞いてやる。今ははやくホテルの外へ……


 そのとき、手すりの感覚がなくなる。行き止まり……一階へたどりついたのだ。


 手探りでドアノブを見つけて、そのまま捻る。


 そこは外でもフロントでもない。けど、見覚えがあった。


 事務所と同じ間取りだ。けれど、様相はさっきと打って変わって真っ赤だった。


「はぁーい、さっきぶりだねー?」


 炎上した視界に、アキラが待ち構えていた。

 熱と焦りに煽られる。


「こっちの逃走経路なら大丈夫だと思った? 残念! すでに手は打っていたのでしたー! あはははは」


 高笑いとともに事務所は激しく燃え盛る。ここにアキラがいるということは………ユーキさんは、つまり……


「先輩? 彼女は私ととっても相性がいいからさ。今頃自分の元気をそこら中に垂れ流してるんじゃないかしら? 代わりに、私は頬が痛いってのに元気いっぱいハイテンションだけどねぇ」


 そう言って、ペロッと舌を出してみせた。

 元気を分け与える能力『活性』と他人の能力を利用する『暴走』。相性は最悪だ。揉み合いになればなるほど相手に自分の力を与えてしまう。


 そして、アキラを目の前にしている自分たちも、最悪だ。もう逃げ場はない。


「今、運命は完全に私が操っている。やっぱり世界を決めるのは正しさや綺麗事、美醜でもない! 運命を掌握する握力の強さだけ! ああ! すべてがうまく行ってる! もうだれにも止められないわ!」


 その言葉のとおりだった。どんなに邪悪であろうとも今この瞬間、運命をもぎとろうとする握力だけはだれにも負けていない。打って変わってこっちは二人とも満身創痍だ。それはまさに弱肉強食の運命のようで………


 ………さっき、ユーキさんから電話がかかってきたとき『化けて出てきた』って言ったか?


 唐突な質問にアキラは首を傾げた。


「ええ、そう言ったわね。それがどうかした? もうなにを知っても意味がないって分かってないのかな? あはっ!」


「………その言葉、そっくりそのまま返すぞ」


 俺の言葉に、アキラは意味がわからないと言いたげに眉をひそめる。「はぁ? なんて?」と歯牙にもかけていない冷笑を含んでいた。自分が今、重大な情報を言ったとも知らずに。


「何度でも言ってやるよ。……って、言ったんだ」


 絶対に、この運命を乗り越える。

 俺はフサギの手をぎゅっ、と握った。

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