∟[小噺:いつか見た夢]

 今日はどこへ行くの?


 わたしの右手にはパパ。

 わたしの左手にはママ。


 やさしくて、力強くて、あたたかい。

 指先から笑顔を感じるの。


 今日はどこへ行くんだろう。

 近くの遊園地?

 ううん。本当はどこへだっていい。

 パパとママといっしょなら、どこだってテーマパーク。


 明日はどこへ行くんだろう。

 遠くの遊園地?

 うん。本当にどこへだって行こう。


 夢と魔法をたくさん詰めて、お城を作ろうよ。

 砂糖と花をたくさんあふれさせて、わたしたちが生まれていくの。

 愛の言葉でスパイスをひとふり、すべてがかがやくよ。

 三人ならどこへだって行けるよ。ここは世界の中心だから。

 

 大好きだよ。パパ。ママ。


 けど。

 昨日はどこへ行ったんだっけ?




 目が、醒めた。

 頬は涙で濡れていた。

 目の前には陶器の破片がまた転がってる。それが花瓶だったのかティーポットだったのかはもうわからない。


 怒鳴り声。また割れる音。うるさい。起きたくない。

 耳を塞ぎたくなるのをグッとこらえて、手をさしのべる。


 さみしがりのパパ。

 あまえたがりのママ。

 二人ともこどもみたい。


『オマエはパパの子供だよな?』

『アナタはママと家族よね?』


 パパ。ママ。

 ちがうよ。


 わたしはパパの家族じゃないよ。

 わたしはママの家族じゃないよ。

 わたしは。わたしが欲しいのは。


 わたしが大人になればいっしょにいられるかな。


 右手と左手をぎゅっと合わせる。

 この手には記憶の感触。

 この手には帰ってこない幸せ。


 わたしの家族になってくれるかどうか。残っているのはそれだけ。それだけが、フサギの判断基準。


 いつからだろう。いつからこんな日常。


 散ってしまった花弁をくっつけるような、茶色く薄汚れた毎日。飾られた花は、あとは腐るだけ。いたんだ茎はひしゃげて、背骨が丸くなる。病気の葉っぱは斑点にただれて、タバコの味がする。葉枯病の感情が、愛情が、肉体が。まるで見えない炎に焼かれているような。

 だから、わたしは今日もおなじことを口ずさむんだ。


「大好きだよ。パパ。ママ」


 いっそ全部ずっと燃えてしまえばいいいっしょにいられるのに。



 …。



 夢を見た。夢を、見ていた。

 幸せが一瞬にして不幸に変わる夢を。


 周りを見渡して自分コースケの部屋であることを確認する。

 白い部屋から帰ってこれたことに安堵しつつ、今の夢を反芻する。


 ………あれは、フサギの


 気がつくと、コースケの寝ぼけ眼からは涙が出ていた。まるで自分のものじゃないかのように、奥からどんどんとあふれていた。

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