幕間――白い部屋
目を開けると、白い部屋にいた。
なにもない空間。収縮と拡張を繰り返しながら広がりつづける、ちょうど『女神の部屋』を真っ白にしたような視界。肉体を確認してみると、予想通り光が波打っていた。
………は……ははは
思わず
………死んだ、のか?
状況を素直に受けとめるなら、フサギの
じっ……と、自分の手を見つめた。
………いつからだろう? いつの間に父と母は……
フサギが家に来てからまだ一カ月しか経ってない。
いったい、どのタイミングで……いや、気付かなかっただけで、きっと前世からすでに二人はフサギの『家族』だった。
『コースケ』の立ち位置はフサギにとって決して『兄』ではない異物だったかもしれないが、『家族』を邪魔するものではなかった。少なくとも前世ではそうだった。ただ平穏に暮らしたいだけ……前世を鑑みると、フサギの言葉は真実なのだろう。
真実だからこそ、きっと自分の
………いや、悔やんでも仕方ない。それよりも今は……この空間はいったい?
「ここは『アナタの部屋』、だよ」
模様替えでもした女神の部屋かのような白い空間を訝しげに見渡してみると、背後から声がした。
振りかえると、黒いドアがあった。正確に言うならドア枠のないノブだけついた木製の板が、ぽつんっと白い空間にそびえ立っていた。
………だれ……いや、なんだ?
注意深く観てみれば、板そのものが動いている。というか、流動している。なんとなくだが、魂と同じような動きをしていた。もしここが女神の部屋と類似した空間なら、このドアが魂という可能性は捨てきれないが……。
「……視姦してんじゃねぇよ、変態」
警戒して観察していたら、唐突に貶された。
もしここにちゃんと肉体があったなら、一生のなかで一番大きく口を開いていた自信があった。
声の主は間違いなく眼前のソレだ。しかし、ドアに罵られたのは
ただ、声の主は女神ではない。そういう邪悪な気配とはちがう。敵か味方かは判らなかったが、それだけはなぜか確信があった。
「うん。私は私の味方でしかない。コースケの味方じゃないし、フサギの味方でもない。むしろ、フサギから見れば敵に近いけど……もっと補足すると女神の味方でもない、と一応言っておこう、かな」
………!
女神のことを知っている。しかも、こちらは喋っている意思はないのに思考を読み取られている。………本当に何者……いや、何物なんだ?
「すまないけど、素性については明かせない。便宜上の名前として……『クロ』とでも呼んでほしい」
『クロ』――黒いドアだからという安直なネーミングなのだろうかとか、この際どうでもいい。今はこの現状うぃどう受け止めるかのほうが重大だった。
「随分混乱しているから、現状のおさらいから始めよう。まずはフサギの
………フサギの、スキン?
父と母のことを思い出す。どう見ても普通じゃなかった。それも狂わされたとか操られているとか、そういうのというより得体の知れないものだと感じていた。それを………それから、守った?
「そうだよ。フサギは私のそれと同じ……系統の能力だから」
今、さらりと重要なことを言ってのけた気がした。こうして
俺は深呼吸をするかのように心を落ち着かせる。訳が分からないなら分からないなりに動かなければならない。なら、今はすこしでも。
………味方ではないらしいが、じゃあ、なんで助けたんだ? というより、どうやって助けた?
「……助けることができたのは、アナタが私に助けを求めたから、だけどね」
………助けを求めた? お前に?
ドアに助けを求めた記憶はなかったが、その話が本当ならやっぱりクロとどこかで会ったことがある。しかも、顔見知り程度ではなく、より深い関係だったような口振りに感じた。だが、やはりお喋り癖のあるドアと交友関係の覚えはなかった。
「まぁ、今それはどうでもいいこと。今はアナタを助けられた理由ではなく、なぜ助けたか。もちろんタダで助けたわけじゃなくてね。事後交渉にはなるけど、見返りとしてアナタに協力してほしいことがあった。それだけ」
………協力?
「だれの味方でもないということを前提に、アナタと協力関係を築きたいと、私は言っている。お互いの目的のために利用しあう関係」
クロは怪しすぎる存在だと思う。ただ一点『
「それは……じゃあこういうのはどう? 『フサギの個性能力について教える』とか、『フサギの個性能力から守ってあげる』とか?」
それはたしかに知りたいし、防御手段を確立できるならそれに越したことはない。しかし、クロをどこまで信用たるものかは判らない。
「信頼にたる行動、ね……なら、例えば『これからフサギが起こそうとしてるアクション』を教えるとか、どうかな? 『アナタをデートに誘う』みたいだけど?」
たしかにそれが現実になったら信頼でき………ん、ちょっと待って? 先に答え教えちゃってるし、しかもなんかとんでもないこと言ったような?
「あ、それだったら今のうちに証明できないか。だったら……『この空間から現実に戻れる』っていうのはどうだろう?」
………現実に、もどれる? それって……?
「ああ、アナタはまだ死んでもないよ」
………!? それって、コースケに戻れるのか!
「…………『コースケ』、か。そっか……そういうこと、か。それがアナタの心の、……」
………え?
「いや、なんでもないよ」
なにか引っかかりがあったが、今はそれどころではなかった。クロの言うとおりなら、こちらに拒否権はない。一人でここから脱出できるかも分からない状況だ。今は頷くしかない。もちろん条件によっては呑めないこともあるが、思考を読んでいるクロはこちらの目的くらい理解しているだろう。
………具体的に『俺』はなにをすればいい?
「…………」
………ん? あれ?
クロは押し黙った。心なしか、目前のドアは大きく波打っているように見えた。
「……繰り返しになるけど、私はだれの味方でも敵でもない。そのことを前提に聞いてほしい」
口を開くかのように、ぱたぱたっとドアが小さく開閉したかと思えば、今度は妙に念を押してくる。
訝しげに思いながらもそれに頷いた。
「それじゃあ、アナタに……フサギを救ってほしい。それが私の目的」
そう言ったクロは、ぽつんっと、白い部屋にそびえたっていた。それはまるでだれかの背中のようで、気丈な壁のようで、どこか寂しそうにも見えた。
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