∟[『フサギ』のベッドで眠る理由]
「ねぇ、夕飯のあとでフサギの部屋……来てほしいな。二人きりで、お話、したいの……だめ?」
それはケイジョウの家が火事にあった日の夜。
晩御飯がそろそろできるから、とコースケの部屋にやってきた彼女――フサギにそう言われた。
ここでダメと言ってもどうしようもない。話の内容は間違いなくアキラ……女性記者に会っていたことだろう。
火事現場のときは、アキラさんが自身の職業を利用して救援確認や火災拡大防止など目前の火事の対処など……なんとかその場しのぎに徹して今に至る。だが、知られてしまった以上はいつまでも逃げていられない。
話し合うだけで済むならそれがいい。まさかいきなり焼身死体にされることはないだろう……と思いたい。そのために筆談でカモフラージュしていたのだから………ただ、準備と覚悟はしておかないと……あれ?
「ん、コースケか。お前も手伝え」
………コウノキ……いや、父さんがいる?
リビングにはコースケの父が食卓に料理を並べていた。いつもはもっと夜遅くに帰ってきて食事を済ませていることもザラだった。
「今日はフサギが手料理を振舞ってくれるって言うもんだから、張り切って仕事をしてな」
ぱぱっと終わらせて帰ってきたんだ、と笑顔で話す父。こんな上機嫌な姿を見れるのは前世合わせても稀だ。
「お祝い、お祝い〜♪」
母が鼻歌まじりでメインディッシュを食卓の中央に運ぶ。ローズマリーのような香ばしさが鼻腔をくすぐる、が………お祝い?
「今日はフサギちゃんがこの家に来てから、ちょうど一ヶ月! ということで、フサギちゃんが振る舞う料理をみんなで美味しくいただきましょう!」
………ああ。そういう名目もあったっけか
ちょうど一ヶ月が経った日で、今までできてなかった歓迎会も兼ねてちょっとしたお祝いをするらしかった。
料理が食卓に並ぶまでの間、ふと火事場のことを思い出す。あのとき見せたフサギの表情。熱くもなく冷たいわけでもなく、温度を感じさせない表情………あれはどういうものだったのだろう
まるで無関心のものをただ見つめて話しかけているような……正直、人にそんな表情ができるのかと思った。
キッチンの向こうには料理を皿に盛りつけるツインテールの少女が見えた。フサギは完全にこの家庭に溶けこんでいる。前世から変わらない見慣れた日常風景。そのはずなのに、逆にそれが異物感を引き立てた。
「フサギちゃんはこの家に馴染んできたかな。コースケ、最近フサギちゃんとはどう?」
母が話を振ってくる。
正直今はあまり話題にしたくない内容だった。こちらが相槌のような曖昧な反応で返答をしあぐねていると、先にフサギが反応した。
「フサギは仲良く、したいけど、そっちは心を開きたくないみたい」
その一言でお祝いムードだった場の空気が急転するのを肌身で感じた。
「仲良くしたくないみたいなのに、なんか最近、フサギのこと嗅ぎ回ってて……今日もフサギの動向を訊いて回ってたの」
………なんてこと言いやがる、とすぐとなりを一瞥する。
俯いたフサギが子ウサギのように震えていた。
「本当なのか、コースケ?」
父が睨みを利かせている。
………良くない。とても良くない流れだ。これではまるでコースケが悪者だった。
居心地の悪さが窮地すぎた。できれば今すぐここから離れたい。しかし、それは叶いそうになかった。
フサギに袖を引っ張られる。この場から逃がさないという意思の表れかと思ったが、フサギは笑ってみせた。
「だから、ね。今日はみんなが本当に仲良くなれるように、家族全員で、おいしくね、したかったの」
あどけない笑顔が場の空気を和ませる。
母も笑顔に変わった。
「そうね、お祝いの席なんだから今日は言いっこなし。私たちは、家族だから」
「ん、まぁ……そうだな」
納得できてはいないようだった父も険しい表情を潜めた。
臨戦態勢にならずに済んでよかった……と、胸を撫でおろしていると、袖を引っ張るフサギの手に、一瞬だけ力が入った。
「…………」
フサギは小さく喋った。そして、パッと手を離して笑顔になった。
「じゃあ、料理並べちゃって、お祝い、早速しようよ!」
フサギは作業へと戻った。
親たちも食卓につく。こちらも仕方なしに席につく。
「じゃあ、みんな。グラス持った?」
机に料理が並んでいる。どれも美味しそうだった。けれど、内心それどころではなかった。
「それでは、家族の絆を祝って……」
フサギは無邪気な笑顔のまま目の前にいる。しかし、彼女はさっき、たしかにこう言ったのだ。
『フサギのお部屋へ来るまでは、『家族』だから、裏切らないで、ね?』
身震いする拳に力がこもる。
………いや、怖気づくな。こちらとしても親たちを巻きこみたいわけじゃない。そっちがそのつもりなら、上等だ
「かん、ぱーいっ」
フサギの合図とともに、嵐の前のささやかな晩餐が始まった。
…。
『……を差し伸べてくれる人は、自分から心を開いてくれる人。だから、人間は手を繋いで、家族になって、ずっと繰り返し繰り返し、繁殖繁栄、の、人類はしてきた。歴史的証明だね』
………、……?
『そう、家族になることは素晴らしいこと。人類の単位なの』
………こ、え……こえがする
『分かる? 『家族』の話、だよ。助け合い、愛し合い、共有して、家族がどんなに素晴らしいのもの、か。その唯物的存在証明、を、今話しているの』
………なんの話だ? だれ、だ?
『だからね、私は手を差し伸べてくれた人に、精一杯心を開く。そして、心を開くお手伝いをしてあげるの。人間関係とか、世間体とか、邪魔なもの、が、あるのは仕方ないから。今度は私が手伝ってあげる、の。それが――、あっおはよう。気が付いた?」
目の前にフサギの顔があった。
………!?
思わず後ろに飛び退けそうになった。しかし、それは叶わなかった。背後には壁があったから……と表現するのは正確ではない。背後にあったのは床、ですらなかった。
唐突に背中から這いあがる悪寒。ぼんやりとした頭を振りはらおうと起き上がろうとした。が、それすらもできなかった。
手足を縛られてるとかではない。まるで自分の体じゃないように重くて、体の自由が利かなかった。
………なにが、どうなってる……?
「やだなぁ。そんな不思議そうな顔、して。約束、したよ?」
………やくそ、く?
「パーティが終わったら、フサギの部屋で、二人きりで、お話、する……って言ったよ?」
………フサギの、部屋?
辺りは間接照明ほどの明るさしかなかったが、『コースケ』の部屋と似た間取りに見えた。
「うん、そうだよ? ここはフサギの部屋の、フサギのベッドの上。だから……ね?」
なにがなんだか分からない。ただ今分かっているのは、気がつくと、妹の部屋の妹のベッドで、身動きが取れない『コースケ』とフサギが添い寝しているということだった。
「たくさん、たくさん、お話しようね」
そう言って、腕に頭を
それは、フサギと同じ無邪気な顔をしていた。けれど、フサギと似ても似つかない妖艶な表情をしていて、現世どころか前世でも出会ったことがないような笑顔の
恐怖とはいつも日常の裏側に這い寄っていて、そしてあまりに唐突なのだと、そう
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