∟[『フサギ』と火事の理由]

「こちら、ふわとろオムオムでございます」


 ウエイトレスさんの運んできた料理が机に並べられる。それをあいだに挟んで、女性記者ことアキラさんが自身のメモ帳になにかを書きこんでいた。

 ここは駅前の飲食店内で、その隅にあるテーブル席。

 彼女から誘われたというより、むしろ自分から誘った。ここには一度来てみたかったのもある。

 しかし、一番の目的はもちろん交渉するためだ。


「ねぇー、教えてくれなーい? 答えてくれたらジュースとかも奢ってあげるし。こんな年端もいかぬ生徒を捕まえなきゃ情報を掴めない、しがない女性ライターを助けると思ってさ、お願ーい! ね?」


 合掌しながら大げさに懇願してくる。

 飲食店に着くまでに、自分は『アキラ』というこの女性記者に捉えどころのなさを感じていた。ミディアムの髪型やナチュラルメイクなど、街中を歩けば出会えそうな見た目もそうだが、そこじゃない。なんというか、すべてが芝居がかっている。なのに、これといった特徴が感じないのだ。


「お互いに腹を割って話すってことで、ね? こっちは私が調べたフサギさんを、そっちはアンタが知ってるフサギさんを。ギブアンドテイクっつーやつでさ」


 正直なところ、フサギのことは知りたい。だが、この女性記者を信用しているわけじゃない。手のひらに収まるのは癪だ。

 なので、条件を上乗せした。

 ずばり『放火事件について知っている全て話すこと』だ。


「なに、探偵の真似事でもしているの? ふぅーん。あんまし首を突っ込まないほうがいいと思うけどなぁ。自分ならどんな真実も暴けると思うのは中学生にはよくあることなのかしら。まっ、それならこちらからも条件を出させてもらおうかな。あくまでフェアに、ね?」


 相手が提示してきた条件は『一つの情報につき一つの情報をギブアンドテイク』だった。一つ情報を聞きだしたかったら一つ情報を捧げる。思った以上に対等で真っ当な条件だ。こちらが先に条件を出した手前断りづらい。呑まざるをえない。


 まず小手調べに、フサギの人となりについて聞いてみた。こちらからは現状のフサギを。とはいっても、物静かで人見知りないつものフサギのことしか言えないが。


「……ん、そうなの? あれ? 近所の人に聞いた話だと、快活な印象だったけど」


 互いに目新しい情報はないと思っていたが………ん? 本来のフサギは元気な子だったのか? たしかに前世ではシャドウボクシングしてくるような性格だったが……元々あっちが素で、今は家族を亡くしたショックで塞ぎこんでいるってことか?


 使えるかどうか分からない情報だったが、一応収穫ではある。


「じゃあ今度は私からの質問ターイム。まっその前にこちらからの情報だけど。教えたらフサギちゃんの好きなもの・ことを教えてもらえる?」


 ………ん?


 質問の内容に違和感を覚えたが、相手は考える隙なく話をどんどんと進めててくる。

 向こうから提示される情報は『放火の場所』。「ここに放火の位置が書いてるから」と、今の今まで書きこんでいた手帳を手渡してきた。


 ………?


 思わず、首を傾げた。なぜならそこには地図も何も書いてなかったからだ。


『筆談にて一方的に話します。

 適当に相槌を打ってください。』


 手渡されていたページにはそう書かれていたのだ。


 ………えー、っと?

「あ、それ、私が描いた略図だけどちゃんと分かる? ま、一応全部の箇所は記載してあるし全部読めばだいたい分かるから、次のページめくっていって?」


 訝しげに思いながらも言われるままページをめくった。


『単刀直入に、フサギさんには放火の容疑がかけらています。』


 一瞬、息が止まる。思わずその文章とアキラさんの顔を交互に二度見した。


「ん? なにか? とりあえず、質問は全部読んでからお願いね? 時間は有限なんだから」


 ニッコリとした、しかし「今は話しかけるな」という近寄りがたいオーラをまとった笑顔でアキラさんは話す。

 そのまま次の行の文章へ目を落とした。


『まず落ち着いて、平静を装ってください。この会話はだれにも聞かれず慎重かつ厳重に、と思っています。

 なぜこのことをあなたに伝えているか?ということですが、それは、あなたの家庭、そしてフサギさんに入れこんでいるあなた自身が危険な可能性があるから。迅速な対応をすべきと考えたからです。もしフサギさんが放火の犯人なら、の話ですが』


 記述通り、できるだけ気を落ち着かせながら次のページをめくる。


『次に、フサギさんが容疑者である理由をお聞かせします。その前に、事前に話さないといけないことがあります。一連の放火事件の特徴です。犯人の手口と言いますか、火元が通常のそれとはかけ離れています。


 。それが放火の火元です。』


 ………っ

 リアクションを取りたい。できることなら質問したい。これを寡黙に熟読しろなんてなかなかに無茶振りだった。喉に張りつく緊張をなんとか呑みこんで、次のページをめくる。


『いわゆる人体発火現象。火元が確認できないような状況で突然人体が発火する現象のことです。これが一連の放火事件の特徴。ここ二年で六件中四件、また火事被害にまで至らなかった火傷・焼死体が起こった事件がさらに五件、計九件の人体発火を裏付ける証言・状況証拠などが取れています。』


 自然現象の人体発火なんてそうそう起こるはずもない。おそらく個性能力スキンだ。しかも、遠隔操作の。だけど、それだったら………。

 一抹の不安を抱えながら、次のページをめくる。


『犯人は自身の個性能力を自覚していない、または誤認している可能性が高いと警察は見ているようです。つまり、犯人像はここ二年で個性能力に目覚めたような中高生、または大人であっても現状の個性能力が不明な人間。しかも、人体発火の被害者に女性が多いことから女性と接触しやすいこと、の二点が挙げられます。女子中学生のフサギさんはその両方に当てはまっているのです。』


 ここで、自分はアキラさんにフサギの家族について口頭で確認しなおした。しかし、やはり家族構成はフサギとその両親、火事で亡くなったのは両親だけ。それで間違いなかった。


 ………どういうことだ?


 人体発火が火元ならほぼ間違いなくその人物はすぐに死んでしまうだろう。しかし、フサギの話では、火事の中で家族はまだ全員生きていた。


 ………フサギの放火事件には連続性がない? いや、フサギが虚偽の証言をした?


 次のページへめくる指先が汗ばむのを感じた。


『その延長ですが、犯人を特定しても罪を裁けないかもしれません。聞いたことがあるかもしれませんが、犯人が自身の個性能力に気付いていない、または誤認していることが法廷で認められた場合、情状酌量の余地で免罪処置されることがあるのです。』


 そのこと自体は知っている。しかし、できればその可能性は考えたくなくなかった。今回は放火犯ではなく、フサギ家庭の火事の原因を知りたいのだ。犯人がフサギであれ他人であれ、無意識の犯行だったなら裏付けが取れない。女神の探索が一からになってしまう。


『ですが、これは私見といいますか、記者の勘といいますか、犯人は自覚的に放火をしている気がします。最初こそ無自覚で偶発的だったかもしれません。しかし、最近は意識的に狙っている。そのような気がします。


 最後に、この事件について調べていることは、自他ともにフサギさんには知られないようにしてください。危ないと少しでも感じたら、家族を連れて、いえ一人でもいいです。逃げてください。私からできるアドバイスはそのくらいです。』


 その文章の下に今までの事件の位置と思われる手書きの略図があった。


 ………ありがとうございます、と見終わった手帳を返す。


 正直、急な情報量に戸惑ってる部分はあった。今の情報はあとから処理してまとめなおす必要があった。が、少なくともこの人は誠意を見せた。知っていること全てを話したとは限らないが、それでも少しは信頼できる気がした。


「ささ、次はコースケくん。キミが『フサギちゃんの好きなもの』を言う番よ?」


 …………。


 フサギの好きなものは大きく分けて二つある。

 可愛いらしくファンシーなもの。主に子供向けのグッズを好んでいる。『コースケ』がプレゼントした髪飾りもその一環だった。

 もう一つは、逆に大人びいたもの。オレンジジュースとコーヒーだったらジュースを選ぶが、もしコーヒーを選ばざるをえなかったとき、あえてブラックコーヒーを頼む。フサギにはそんなイメージがあった。これは好きというより大人への憧れに近いのかもしれない。あと、強いていうならコースケの父と母のことを好いている。少なくとも、傍から見てて分かるくらいには、家の中では親子べったりだ。……と、そんな世間話ようなことを話した。

 そのあとも『フサギの嫌いなもの』や『フサギの特技』など、ためになるとも思えない情報を交換した。


 ふむふむ、なるほどねー、と頷きながらソフトドリンクに口を付ける。


 すでにアキラさんの目的は達したのだろう。

 フサギの情報を引きだしたいという気持ちはあると思うが、たぶん、それは二の字。同居しはじめたばかりの中学生から聞きだせる情報なんて高が知れている。最初から当てにしてなかったのだ。


「しっ……ちょっと待って」

 突然、アキラさんは唇に人差し指を当てて、「静かに」のジェスチャーをする。と思ったら、今度はテーブルを叩いて立ちあがった。


「ごめんなさい! 用事ができたわ! ここ、お金置いておくから!」


 そう言い残して出入り口へ走っていった。

 いきなりすぎてなにがなにやら分からなかったが、耳を澄ませてみた。


 ………これは……消防のサイレン?


 それに気付いた瞬間、こちらも喫茶店の外へ飛びだす。そして、すでに斜向かいの道で走っているアキラさんを見つけた。その方角に住宅街のほうから黒雲が立ちのぼる様が見えた。近隣で火事があったことは間違いない。アキラさんは一連の放火事件と関係があると咄嗟に判断したのだ。


 ………さすがに記者だけあってスクープには敏感、って口を動かしてる場合じゃない!


 必死になって彼女を追いかける。

 先ほど見た犯行現場では、ここの地区は犯人の行動範囲から少し外れているように見えた。もしかしたらただの脈絡のない火事かもしれない。しかし、絶対ということはない。

 数分ほど走って、辿りついた先には人だかりが出来ていた。


 ………え? ここって……


 野次馬たちに囲まれる家は見覚えがあった。


 ………なん、で、どうして?


 事実を受け入れきれず、自分の目を疑うしかなかった。けど、突きつけられた事実は変わらない。

 炎を噴きあげているのは間違いなく、友人の、ケイジョウの家だった。


 ………火元……火元は?!


『人体発火』。

 先ほど聞いた言葉と、想像もしたくない光景が脳裏に過ぎる。この家に住んでいたひもとは―――。


 黒煙は崩れかけの家屋の断末魔となって際限なく吐き出されていく。黒漆器のように煌々とした塵たちが夕空に散り散りになっていく。唯一とも言える、ケイジョウと世界の接点が、消える。


 炎上する家に駆け寄ろうと、野次馬たちの間を分け入る。はやくなんとかしないと。けど、野次馬たちが邪魔で、邪魔で邪魔で邪魔で………っ!


「ちょっと、待ちなさい! なにしようとしてるの!」


 間に入ってきたアキラさんの制止を振りきろうする。

 行ってもどうしようもない。それは、たしかにそうだ。けど、今行かないと大事なものを本当に失くしてしまう。そんな気がして、焦燥感が足に絡みついて仕方なかった。


「……私も、行かないでほしい、かな……」


 喧騒を掻き分けて、聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、ツインテールが一つ。フサギがそこにいた。


「あ、……二人が校門で話しているのを見かけて、それで……追いかけてたの……」


 ………っ!


 アキラさんとの筆談で勘付いていたが、その言葉は今の今まで尾行していたことを決定付ける、………いや、そうじゃない。大事なのはそこじゃない。大事なのはこの場でそれをカミングアウトしたことだ。つまり、この瞬間を狙って、あえて『接触』してきた。


「……ねぇ、なんでその人と、一緒にいるの……?」


 フサギのその言葉は、まさに先手を打たれたと言っていい。


 ………どうする、なにをしたら……?


 目前にある事柄が多すぎて、なにを優先しなきゃいけないのか分からなくて、その場に立ちつくす。

 フサギはつかみどころがない表情で、そこにいた。

 泣いているような、笑っているような、怒っているような、ライティングによって意味合いが変わるような。まるで陽炎のように無表情が、ただ揺れていた。


 ゆらりくらり、と。



…。


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