幕間―黒い部屋

 目を覚ますと、黒い部屋にいた。

 自分の身体が光で波打っている。

 その有様を見て、瞬時に理解した。理解できてしまった。


 全てが終わったのだと。つまるところ、『俺』は死んだのだと。

 簡単に、あまりにあっけなく、なにも為せないまま、死んだのだと。


 マコトの予言通りなら、あのあと、世界は滅びたはずだ。

 これをあっけないと言わず、なんと言えばいいだろうか。どうしようもないくらいあっけなさすぎて、さらに、救いようがなかった。乾いた笑いと涙が同時に出てくる。


 なにもできなかった。なにも残せなかった。


 世界も、約束も、コースケも、父も、母も、妹も、友人も、クラスメイトたちも、マコトも。なにも残らなかった。結局、『女神』がだれだったのかも、分からない。


 しかし、考えても仕方ない。なにもかも、もう終わった。どんなに光の涙をこぼしたところで、意味はないのだ。

 それでも。

 奥から奥から、涙があふれた。


 『コースケ』のときに泣いてばかりいたので、泣き虫になってしまったのかもしれない。


♥」


 ………女神、か

 突然、目のまえに現れたが、特に驚かなかった。ここが『女神』の部屋であることは分かっていたことだ。そしてなにより、すべてを失った無気力感が意識を支配していた。


「転生してみて、どうだった? あなたと同じ次元にいたかったから、私もあなたを追って転生したわけだけど。私のほうはだれかにあなたを盗られるんじゃないかと、冷や冷やしちゃった♥ ま、でも、……」


 ………おい


「ん?」

 ………一つだけ、聞かせろ

「んー、なに? ?」

 『俺』の言いたいことはただ一つ。「世界は本当に滅びたのか?」……ただ、それだけだった。

「えっとー、滅びたとはすこし違うけど、、かな?」

 ………っ、なんで、なんでだ!


 『俺』は激情を抑えきれずに問い詰める。

 しかし、女神はこともなげに言う。



 ………は?



 まるで書き損じたメモを丸めてごみ箱に捨てるように、彼女は言った。………世界が滅びた原因は『俺』とマコトがキスした、から? そんな、そんなことであそこにいた大勢の人々は、死んだっていうのか?!


♥」


 女神はきっぱりと、そう言った。


♥」


 ………狂っている。最初から分かっていたが、狂っていた。……いや、次元が違う。人と神の、生きている次元が違いすぎているんだ。言葉を尽くせばどうにかなるとか、そういうレベルの問題ではない。


♥」


 うすく唇を広げて、『女神』は近付いてくる。

 ……なんて純粋で、邪悪な笑顔なんだろう。監禁されていたときと同じ笑顔だ。あのときは暗くて見えなかったが、しっかりと理解できた。

 目のまえのそれに対して、絶望と恐怖が足元から掬ってきたが、『俺』は動けなかった。


 足が竦んだわけではない。

 ただ、怒りも悲しみも恐れもどんな感情もすべて、外側へ表れるまえに虚無感にさらわれて、全身が億劫だった。


 今から監禁のときに行われるはずだったことが再現されるのだろう、と思った。それでも、なにも『俺』を突き動かしてくれなかった。なにもなかった。『俺』の中には、なにも、残っていない。


 ………監禁されたとき、女神に散々言われたとおりだ


 『女神』は指先で体をなぞってくる。


「ふふ、やめたんだぁ♥ ♥」


 彼女はうれしそうに目を細める。

 そして、それは……言葉通りだった。


 ………ああ、そうだ


 薄々、気がついていた。たしかに前世で『女神』に襲われて、女性や愛に恐怖していた。しかし、それは一時的なものにすぎなかった。『コースケ』として生きていくうちに、そして個性能力ラッキースケベの単純接触を行っていくうちに、拍車をかけて恐怖感は薄れていった。


 それを明確に自覚したのは、マコトとデートしたとき……いや、もっと前。マコトと出逢ったときには気付いていたはずだった。


 なのに、それでも。

 『俺』は恐れているふりをしてきた。人に触れること、人に触れられることから逃げていた。受け身でいつづけた。ただただ消極的に、『俺』は息を殺して、『コースケ』として生きてきた。


 結果、なにも残らなかった。意味のない人生だった。

 そして、今、なにもないことに対して、妙に腑に落ちている自分がいた。


 こんなの、なんど人生を繰り返してきたところで同じだ。『俺』には、なにもない。


 こんなことになると分かっていたのなら、あのとき。

 監禁されたときに、粉々に壊してほしかった。そっちのほうが幾分マシだったかもしれない。


 『女神』の指を、手を、脚を、その身で受け入れる。


 今はただ、跡形もなく、壊れたかった。


 『俺』は視界を閉じる。


 なにも考えなくていい。

 なにも感じなくていい。 

 だって、最初から、なにも。


……――――っ?!」


 そのとき。突然。

 『女神』が触れていないはずのあらぬ方向に、体を引っ張られた。


 目を開けると、視界には驚きに目を見開いた『女神』の姿。

 その彼女の視線。

 そこには――――



 光る『俺』の手……いや、その先の、指のあたりから、赤い糸が垂れている。


 ………え?


 その赤い糸が変形して"手"になった。そして、『俺』の手を引っ張るように握ってくる。まるで小指と小指を合わせるように、ぎゅっと。

 その感覚は間違いようがなかった。


 ………ま……こと?


 マコトの手だ。

 これは、マコトとの赤い糸だ。


 はっ、とした感覚が思考を抜ける。

 彼女は言っていた。

 

『どんなに離れていても、

 時代も場所も違えた場所に生まれたとしても、

 探しだす。

 私とあなたが赤い糸でつながっているかぎり』と。


 運命を見る能力。

 運命を寄せる能力。

 彼女の、……個性能力スキン


………!!!! ……!」


 喚きたてる『女神』の姿を尻目に、『俺』はしっかりと、それを握りしめる。マコトの手は力強く握りかえし、弱々しく震えていた。だけど、たしかにそこにあった。


 ………なにも、残ってないわけじゃなかった。

 生きた意味が、あった。

 ここにしっかりと存在している。

 『俺』とマコトが生きた証がここに、たしかにある!

 彼女が、マコトが残してくれた!

 今、この手のなかに彼女の生きる『鼓動』を感じている!


 自分のなかから、まるで自分のものではないような衝動が、全身を包んだ。


 もしかしたら、今抱いているこの感情すら受動的なものかもしれない。

 でも、それでも。

 『俺』はマコトにそれを伝えたかった。


 赤い糸マコトに引っ張ってくれるのを頼りに『俺』は歩きだす。


??? ……。


 言葉が終わるころには、怒り狂った様子の『女神』はいなかった。こちらに付いてくるわけでもなく、その場からこちらに向けて、ニコニコと笑いかけていた。それが逆に、不気味さとおぞましさを感じさせた。


♥」


♥」


♥」


 まるで呪詛を吐くように『女神』は言葉を紡ぎつづける。


 しかし。

 どんなことを言われたって、もう覚悟は決まっていた。


……。!」


 ………お前の言うとおりなんかに、なってたまるか!


 『俺』は躊躇することなく、赤い糸マコトに引っ張られる方向へ、勢いよく飛びこむ。

 部屋を突き破り、割れた黒い破片を縫って。


 そして。

 真っ白な光に包まれて―――











 ―――『俺』は産声を上げる。


 白む世界のなかで、白い天井と、白い服の人々。

 見覚えのある光景だった。


 間違いない。

 それは『コースケ』の母親と父親、そして、看護師たち。俺が『コースケ』として生まれたときと同じ景色だった。


 一瞬、なにが起きたか分からなかった。


 けれど、すぐにさっきの『女神』の言葉、そして赤い糸を思いだす。


マコトかのじょにつながる時代と場所に転生するかもしれない』


 その言葉を理解するよりもわかりやすく体感していた。

 『俺』は、もう一度、マコトの赤い糸につながる『自分自身コースケ』に転生したのだ。


 たしかに赤い糸がキミのもとに繋がっていると理解して。

 産声とともに涙が溢れた。


 そして、『俺』は誓う。

 大声をあげて、誓った。




 今度こそ、絶対に、約束を守るから


 この赤い糸を辿って、今度は『俺』が、会いに行くから


 何回転生したって、何百何千何万回殺されたとしても


 なんどもなんどもなんどもなんどもなんども、何度だって転生して


 もし生まれる時代や場所が違えても


 もし宇宙より遠くにいても


 もし時間の狭間に閉ざされても


 必ず、会いに行くから


 だから、待っててくれ


 マコト。



 それが


 君と


 俺の


 生きた証だから。



 今度こそ


 世界を


 君を


 救ってみせるから。



 そして


 すべてが終わったら


 聞いてほしい。




 俺のなかにある


「       」


 この言葉おもいを。















   一転生目・終  


 →二転生目「二周目の『コースケ』」 へ続く

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