∟[小噺:きれいなあさ]

「どうした、少年。そんな萎れた顔をして」

 …………。


「ま、仕方ない。人生は長い。精一杯悲しみに暮れたいときもあるだろうよ」

 …………。


「しかしー? それには受け止めてくれる適切な場所が必要だと思うぜ? さすがに男子トイレの鏡相手っていうのはあまりにあまり、ってなもんだ」

 …………。


「ん、なにが目的かだって? 慈善活動だよ、慈善活動。そう、だれかを慰めて悦に浸るっていう慈善活動!」

 …………。


「お前の悲しみは受け入れ先を探している。俺さまは慰めて悦に浸りたい。つまり、Win-Winの関係」

 …………。


「見よ、このおっぱいを! この母性たる包容力の丸みを! 見た目からしておっぱいおっぱいで、最高の泣き心地であろう!」

 …………。


「ほら、ほらほらぁ、触ってみ?」

 ………、……くにゃり


「…………」

 …………。


「…………」

 ………くにゃ、り……


「ぷっ」

 …………。


「やーい! 引っかかったー引っかかったー! 俺さまの『変形スキン』は実際に体験しないと感触や質感までは再現できないんだ。いわば虚胸きょにゅう!」

 ………っ


「あ? なにがしたいかって? さっきも言っただろ? 慈善活動だよ。だれかを慰めて悦に浸る慈善活動、にしし! …………おい、今、小声で『童貞野郎』って言っただろ!? 聞こえたぞ!」

 ………ふっ


「お、ようやく笑ったな」

 ………!


「その顔が見たかった。やっぱ、笑顔じゃなきゃな。幸せも迎えてくれねぇよ。キレイな朝も逃げていくーってな」

 ………ああ


「おっと、こりゃ失敬! 自己紹介が遅れた。好きなことは楽しいこと。嫌いなのは他人の暗い顔。みんなの友達、ケイジョウさまとは俺のことよ!」

 ………そうだな


「ん、コースケっていうのか。良い名だな。お前とは良き関係になれる気がするぜ」

 ………ああ、そうだ。きっと、仲のいい友人に


「これからよろしくな」

 『コースケ』は悪友ケイジョウと握手した。



 …。



 懐かしい夢を見た。

 もう昔すぎて本当にあったことか、確証がない。まるで昔々おとぎのお話だ。最後に見たキミはどんな顔をしていただろう。最後に聞いたキミはどんな言葉だっただろう。キミがいた証明をどうすればできるだろう。どうすればこの手に絆があるって言えるだろう。キミはもう、この世界に生まれてきていないのに。


 ゆっくりと目を開ける。瞼の隙間から朝日が差しこんで、滲んだ。


 ………どうやら、大切なものを失くした世界でもまだキレイな朝は来るみたいだ


 洗面所の鏡を見つめる。目の周りに赤い隈が出来ていた。泣いた跡………昨日、泣いたんだっけ? そうか。そういえば。泣いてたかもしれない


 ふと、自分の手を見ると黒革の手帳を持っていた。昨日の自分が忘れないように抱きしめて眠ったことを思い出す。これは前世とのズレを意識して覚えるための日記帳だ。ケイジョウがいなくなったことに気付いた日から日課にしており、もう二週間が過ぎた。


 手帳を開く。


『身体測定があった。』


 昨日の日付にそれだけが書かれていた。他に書くことがないくらい何事もなく終わった。本当に何事もなく……。


 目を擦って、隈をできるだけ落とす。

 ケイジョウがこの世界のどこかにまだ存在していると思いたい。しかし、いつまでも泣き事も言ってられない。ケイジョウが消えた原因を追求するためにも次へ行かなきゃいけない。現状ではなにも分からないままだ。


 ………今は前に進むしかない。そう言ってくれ、ケイジョウ


 手帳の新しいページを開いた。

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