∟[『コースケ』がホテルにいく理由]

 『コースケ』は遊園地の入り口で立ちぼうけていた。もちろんのこと、マコトからの挑戦状デートのためだ。現地には約束の時間より五分前に到着した。日時を四、五回ほど確認しながらマコトの姿を探したが、まだ来ていないようだった。


 手紙の文面を見て罠だと思ったのはたしかだ。正直、今でもそう思っている。個性能力ラッキースケベのせいで、『コースケ』のこれまでの人生に、こういった真っ当な青春はほぼ皆無といってよかった。それに、生粋の女性不信だというのもある。あの手紙は悪戯、罰ゲームかなにかではないかと思うのは自然だった。


 しかし、この場所にやってきた。


 理由はある。彼女の言った『女神』の真相を知りたかったのもある。だが、もっと分かりやすい、そして信用にあたる理由があった。手元にある遊園地のチケット。単純にそこに書かれた有効期限が今日までだったからだ。悪戯だけにチケットを買って渡すだろうか? しかも、二枚も、である。


「おはよう、ございます」


 待ち合わせ時刻ちょうどくらいであろうか、ふと視線をあげると、私服姿のマコトがいた。転校してきたばかりで制服姿を見慣れているほどではないからか、とりわけ新鮮という印象はなかった。が、それを抜きにしても眩しく映る。白いフリルのワンピース、水色のジャケット、黄色の手さげカバン……という簡素なコーディネートだったが、可愛らしかった。


 デートらしい服装。ちゃんと時間通りに来てくれた。

 悪戯でない、のだろう。しかし、そうなると、ますます不思議だった。

 今の今までまるで会話すらしていない相手だ。しかも、『どエロ魔王』という名実ともに不名誉極まりない相手。接点らしい接点と言えば、ラッキースケベをいなせる……ということだけ。


 ………正直、謎だらけだ


 クラスでも彼女が自分からお喋りをしているところを見たことがない。ほとんどが返答、それも最低限の文量ばかりだった。話すことが嫌いなのではなく、そういう気質なのだとなんとなく分かった。


 「あの……」と彼女は口を開く。


「とりあえず、遊園地に来ましたけど……」

 ………ん?

「えとっ……デートってなにをすればいいんでしょう?」

 ………え?!

「その、こういうのはじめてなので……」


 唐突な無計画ノープラン発言に『コースケ』は目を剥いたが、純粋無垢な表情で頭を傾げられた。


 ………もしかして、試されてる?


 『コースケ』は腕を組んで、わざとらしく「考え中」のポーズをとる。結局、悩んでも答えは分からずじまいだったが、『コースケ』は一つのアトラクションを指さす。


 蛇道のようにくねくねと曲がり、肉体的にも精神的にも揺さぶりをかけてきて、絶叫は免れない品物。いわゆる遊園地の目玉、ジェットコースターだ。


 突然、デートプランを一任された者による苦し紛れではあった。

 しかしながら、彼女はそれを目の前にしたとき、『コースケ』の後ろに隠れた。そして、「じーっ」とそのアトラクションとにらめっこを始めた。……あの、マコトさん?


「大丈夫、なんですか? その……ジェットコースターに食われたり、しない?」


 おもわず噴きだしかける。彼女の渾身のギャグかと思った。しかし、その瞳は真剣そのものだ。話を聞いてみると、幼い頃、身長制限でジェットコースターに乗せてもらえなかったときの親の言い訳が「ルールが守れない悪い子はジェットコースターに食われるぞ」だったらしい。それをいままで信じてきたそうだ。………なにその、箱入りお嬢様エピソード


 とりあえず、誤解を解いて乗ってみた。彼女はおそるおそる座席に座る。しかし、動き出してからは、道路交通を覚えたての園児のように左右確認を何度もしていた。

 ………なにこのかわいい小動物、とその姿を見つめていた間に、ジェットコースターが急降下という不意打ちを食らって、本物マジの絶叫をしたのはここだけの話だ。


 三分後。

 ジェットコースターから降りた二人の姿は乗るまえと真逆のふうになっていた。マコトは「新……世界……!」と目を輝かせ、『コースケ』のほうはかるく表情筋が引きつった。最初にこれは刺激が強すぎた、と言わざるをえない。


 しかし、ここで一念発起。これ以上の刺激はない、と自分を奮い立たせる。


 「オムレツ好きなの?」「むかし、こっちに住んでたって聞いたけど本当?」「異性と行く遊園地なんて初めてで……」……いろいろな世間話を交えながら、コーヒカップ、恐怖の館、宝探しなど、アトラクションをこなしていく。


 ケイジョウから盗んだ……もとい、貸してもらった手帳を頼りに、話題を振っていった。手帳には、ラッキースケベの被害に遭った人物データがことこまかく書かれていた。こんなことしていたのか……とは思ったが、その中の一人、マコトの項目は三日間の収拾量とは思えないほどびっしりだった。予習・復習はばっちりだ。これに関してはケイジョウに感謝しなければならない。


 彼女もデートに慣れてきたのか、次のアトラクションを見つけては足を速めはじめた。しかし、そこでぴたっと足が止まった。


「……すみません、一人だけはしゃいでしまって」


 いやいや、と『コースケ』は手を振る。『コースケ』からすれば、このデートのそもそもが不思議だった。

 出会って間もない、しかも、会話もろくにしたことのない相手とデート。………こういうものは仲良くなってからするものではないだろうか?


 当然なことを言ったつもりだった。しかしながら、彼女は首を傾げた。


「デートとは親睦を深めるためのもの。いままでの親密さを表す発表会ではないと思うのですが……違うでしょうか?」


 こともなげに、彼女は言葉を紡いでいく。


「なので、これは、このデートは、私とあなたの親睦を深めるためのものです。私は、あなたと、親睦を深めたいと思っています」


 まっすぐ、しっかりと、言葉にされた。


「それではだめ、でしょう……か?」


 彼女は俯きかけながら、上目遣いで見てくる。

 まぶたの裏を撫でられるようなこそばゆい感覚を覚え、『コースケ』はおもわず目を逸らしかける。正直、半分くらいこのデートは美人局的なものを想像していた。が、今となっては美人局でも良いような気がしてきた。………自分でも単純だな、と思うが


「それに、私には……」


 彼女はなにかを言いかけて、どこか切なそうに眉を寄せた。しかし次の瞬間、くるりっと彼女は小気味よく踵を返す。まるで曇った表情を払うように。そんな顔は気のせいだったのではないかと思せるくらいに。


「次、あれに乗りませんか?」


 彼女は指をさす。その先には大きな赤い車輪のようなアトラクション。俗に観覧車と呼ばれているものだった。


 絶叫系などの騒がしいアトラクションは一通り回ったので、ここらで休憩がてら乗るのに賛成だった。


「ここの観覧車の天辺から見る夜景はきれいなんです。知ってましたか?」


 ほぼ待ち時間もなくスムーズに乗れたのだが、彼女はそんなことを言った。けっこう有名なことらしく、今は日が傾きはじめたころなので空いていたようだ。………夜景がきれいなら、夜に乗ればいいのではないだろうか?


「二人きり、ですね」


 思惑をめぐらせていると、彼女はやわらかく口を開く。

 周りを見ると、たしかに二人きりだった。そして、それに気付いた瞬間、思い出したかのように、どっと汗が噴きだした。………そういえば、『俺』って女性恐怖症だったんだ!


 ………万が一、万が一だ。豹変して、女神のように襲ってきたらどうする?! ここは上空の密室……逃げ場はない!


「……気付いた?」


 どきりっ、と彼女の言葉に舐められたように、心臓が驚く。そのときはじめて、彼女の笑顔を、見た。


 女神の卑下た笑いではなく、やわらかく、ゆったりとしたほほえみ。小窓からのぞく地上を、じっと見つめていた。


に、気付いた?」


 彼女は指をさした。観覧車から見下ろす人混みのなかに、見覚えのある顔を見つけた。妹とケイジョウだ。………もしかして、あいつらもデートを?


「他にも、いる」


 次に彼女が指をさしたところには、悪魔ハイデビルといつものお付きの三人組に見える顔触れがいた。


「あっちにも」


 はたまた、我が校の生徒会長と副会長らしき人影まである。

 そこまで見てようやく理解する。自分たちのデートを尾行していたのだ。よくよく見れば、大半が変装しこなったような謎のファッションをしている。………どこから情報が流出したのやら、まったく


 ………マコトはよく気が付いたな。自分なんか会話にアトラクション、それらに手一杯だったのに

「私はから」

 ………えっ?

「けど、こんなに来てるとは思わなかった。みんなから愛されてるんだね」

 ………いやいや、単純に面白がってるだけかと。あと、ラッキースケベスキンへのうらみつらみが……

「ちがう」

 ………え?

「ラッキースケベじゃない。

 ………え、ええっと?

「……ごめんなさい。いま話すことじゃなかった」


 彼女は目を伏せた。


「……今日、私があなたをこの親睦会デートに誘ったのは、二人きりで、落ち着いてしっかりと話がしたかったから。だれにも目につかない場所で、ね。だから―――



 ―――下に着いたら、出口へダッシュする」



 気がつくと、もう地上までそんなになかった。

 係員がドアを開けた瞬間。「すみません」と一言、マコトは弾丸のように飛びだした。そして、彼女の手にしっかりとつながれた『コースケ』も一緒に。


 そのまま出口まで辿りつく。しかし、まだ数人ほど追っかけてくる気配があった。遊園地を出てからも猛ダッシュが続く。五分ほど走っただろうか。さすがに肩で息しながら膝に手をつく。


「走らせてごめんなさい。……ここで、休みましょうか」


 ………え、ここって?


 着いた場所は、ホテルだった。しかも、枕詞に「ラブ」とか付いてそうな、大人のホテルだった。


 走りすぎたせい……だけでなく、胸がドキドキではじけそうだった。

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