∟[『コースケ』がラブレターをもらった理由 ]

「……身長162cm体重52㎏一六歳。成績は上の下。家の都合により転校。両親は健在、兄弟姉妹はなし。好きな食べ物は駅前にある飲食店メニュー『ふわとろオムオム』。いくつかの格闘技の経験アリ。制服の下にスパッツを常時着用。気合いを入れるときや運動するときは肩まである髪を一本にまとめる。スリーサイズは上から8……」


 今日の授業が終わり、帰り支度をしている最中。『コースケ』のまえの席に座ってきたケイジョウは、おもむろに愛用している黒革の手帳を広げて読み上げてきた。

 高らかで流暢なその朗読を遮るように手帳を取りあげる。………いったい何なんだこいつは。主語と目的を言え


「俺たちのクラスに転校してきた女子生徒・マコトの個人情報だよ。あの壮絶な転校初日を経て、はや三日。敵の情報を押さえておくのは戦略戦術の基本だろう?」


 一般通行人こと、マコトを敵と認識した覚えはない。しかし、『ラッキースケベ』のおこぼれ――下着が見えたり、ときどき具が見えたり――をいただこうと、遠巻きながら『コースケ』に近寄ってくるおとこは少なくない。ケイジョウはその筆頭だ。そういった人間にとって転校生・マコトは敵なのかもしれない。なぜなら。


「だって、あの転校生が来て以来、どエロ魔王のラッキースケベ率が半分の半分くらいになっちまってるじゃねーか。どエロ魔王のラッキースケベをことごとくいなしやがって、魔王に打ち勝つって意味で『勇者・マコトちゃん』って二つ名まで付くし。俺はラッキースケベ実況ができなくて退屈だし。お前だって『勇者』には因縁があるはずだろ、魔王さま!」


 ………女性恐怖症の『俺』にとっては、利益のほうが大きいんだよなぁ


 「それに……」と、ケイジョウは耳打ちしてくる。


「……表情は乏しいが、顔自体はそこそこ整っていて可愛いじゃねぇか。実は興味あんだろ?」


 …………。


 この三日間からマコトを見た個人的な感想だが、たしかに彼女はそこそこ美人……なのに、小動物的な可愛らしさがあった。とはいっても、彼女とはあれから全くといっていいほど会話していない。……のだが。

 横目で彼女を見る。彼女は手に鉛筆を持ってなにか作業をしており、無表情にこちらをじーっと見ていて、視線が絡まった。距離にしてたったの三〇センチほど。となりの席に座っている。


 ………うっ、近い


 転校以来、彼女はなぜか『コースケ』に対してこの距離を保っていた。その座席は立候補して奪いとったものだし、『コースケ』が席を立つと彼女も席を立つし、用事がトイレでも付いてくるし、授業中でも黒板を見ずにこちらをつぶさに観察……いや、監視してくるのだ。………完全にストーカーだこれ!


 犯罪スレスレの行為な気がするが、実はクラス内では容認されている風潮だった。どエロ魔王の悪行ラッキースケベの抑止力になっているのはたしかだ。それを良いことに、彼女を『どエロ魔王係』へと持ちあげている女子勢力がいるのである。担任の教諭も見て見ぬふりをしている。


「そこで、だ。来たるべき決戦の日のために作戦会議が必要だと、俺は思うんだよ」


 そういうんじゃない、とは口では言うものの、『コースケ』も素性を気になっているのは事実だった。だって、ラッキースケベを止めた初めての異性なのだ。それに、出逢ったとき、彼女はたしかに『あの単語』を口にした。気にならないはずがない。


「ちょっとでも気になるんなら、この戦略会議は大切なことだと思うぞ?」


 ケイジョウはさらに押して言ってきたが、………そもそも戦略会議って敵のまえでするものだっけ? あと、本人のまえで個人情報を垂れ流すのも、さすがにどうかと思う。だからというわけじゃないが、この手帳はこっそりと内ポケットへと没収した。………念のために言っておくが、断じて彼女のスリーサイズが気になったわけではない。本当である。


「お姉さまー!」


 そのとき、教室の入り口から聞き覚えのある声がした。どうやらそれはマコトを呼んだものだったが、おもわず、げぇ……と反応してしまう。


 そこにいたのはツインテールの少女。くりんっと丸いお目目を輝かせ、快活そうに大きく口を開く。


「お姉さま! 一緒に帰りましょー!」


 彼女の名前はフサギ。一応『コースケ』の妹……のはずなのだが、いつのまにマコトと姉妹の契りを交わしたのだろうか?


 マコトはかるく手を振りかえす。よくよく見ると、彼女の手元にはメモ紙と鉛筆を持っており、なにかを書いている最中らしかった。


 マコトに便乗して、ケイジョウも手を振る。


「よー、元気かー? 魔王妹まおうと


 二つ名で呼ばれたフサギは、ニコニコと上機嫌そうなままマコトの席まで移動する。そして、マコトから死角になったその瞬間、表情が一変した。フサギの鋭利に尖った眼光が一気に突き刺さる。


「その名前で私を呼ぶんじゃねぇ……! エロ魔王一派ども! 私の兄弟姉妹にエロ野郎はいない。いや、いらない。今日からマコトお姉さまが私の唯一の姉妹だ……!」


 フサギは拳を胸のまえに構え、素振り……といえばいいのか、いわゆるシャドーボクシングでこちらを威嚇してくる。これが『コースケ』に見せるいつもの妹の姿だ。付き合いが長いだけあってラッキースケベの対処法が板についている。

 「……おい」と、ケイジョウはもう一度耳打ちしてくる。


「コースケ。今日の妹君はかなり荒々しいが、また何かやったのか?」


 べつにやましいことをした記憶はない。ただ、今日の朝起きたら妹が『コースケ』に添い寝していただけだ。夜中にトイレへ行ってきた帰り、寝ぼけて部屋を間違えたらしい。………『コースケ』はなにも悪くないだろ?


 ただ、妹にも言い分があるらしい。なんでも、「あと一日で、ラッキースケベされてない日数が記録更新だったのに! しかも、どエロ魔王に手を握られながら目が覚めた私の気持ちがわかるか!!」という、意味不明な理由を涙目で言われた。………やっぱり『コースケ』は悪くないだろ?!


 そんなことしている間に、マコトは鉛筆を筆箱にしまった。どうやら作業を終えたようだ。手元のメモ紙……手紙だろうか、それを丁寧に折り曲げて、カバンから取りだした便箋に入れる。便箋はハートや星の絵で装飾されている子供向けのファンシーグッズだ。その封をしっかりと確かめて、うなずいては、一言。


「これ、読んで」


 こちらに手渡された。


 ………え? ……んっ?!


 惚けた『コースケ』の表情は戦慄と変わり、教室全体に伝播する。なにが起こった、と教室に漂う空気が物語る。


「果たし状か!」「果たし状だっ」「果たし状、だと?! 早すぎる……!」「ラブレター……かも……?」「いや、果たし状だ!」


 ……というように、五回に四回の確率で果たし状だった。もうすこしくらい夢を見させてくれたっていいものを。しかし、先ほどまで子供っぽかったハート柄たちも今では不思議とラブレターを演出している、……ように見えなくもない気がする。


 が。しかし。

 中身を確認するまえに、だ。



 ………逃げなくては!





 その日は、ケイジョウやフサギの追っ手から逃げきれるようにダッシュで帰った。果たし状やらラブレターやら散々うそぶかれていたが、手紙の内容について、『コースケ』は確信めいた予想があった。


 それは、彼女が言った『女神』について。


 きっと、それについての記述がある。あの女神に関係があるのか、それとも彼女がただの中二病なのか。それが分かるはずだ。


「あら、おかえりなさい。今日ははや……きゃっ!」


 帰路に着いたところ、『コースケ』の母親が出迎えてくれた。しかし、タイミング悪く、体がぶつかりかけた。ドンガラガッシャーンと、背後で漫画みたいなオノマトペが聞こえたが………ごめん。今急いでるから!


「も、もう〜、あの子ったら……」


 勢いのまま階段を駆け上がり、自分の部屋に直行した。間違えて妹の部屋に入るヘマなんかしない。


 呼吸をかるく整えて、内側から部屋の鍵をかける。そして、握りしめた手紙を見つめた。


 ………どうか、あの女神ヤンデレのことではありませんように!


 ごくりっ、と重い唾をなんとか飲みこんで、手紙を広げた。



『コースケさんへ


 突然の手紙をお許しください。あなた

は気付かなかったかもしれませんが、私

はこの三日間、影ながらにあなたのこと

をずっと見ていました。ここだけの話、

あなたに興味があります。あなたと二人

でお話がしたいです。便箋のなかに二枚

のチケットが入っています。今度の休み

そのチケットで遊園地に行きませんか?

だめ……でしょうか? もしも宜しければ

次の日時に現地で会いましょう。

 待ってます。


 マコトより』


 便箋を改めると、そこにはちゃんと遊園地の招待券が二枚入っていた。

 一度頷いて、読み返す。

 読み終わって、もう一度だけ頷いて、『コースケ』は一つの結論に達した。






 ………完全にラブレターだ、これ!

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