幕間――黒い部屋

 黒い部屋。

 また、ここに来てしまった。女神の、部屋に。それだけですべてが終わったのだと分かった。また、あっけなく死んだのだと理解できた。


?」


 笑顔で出迎える女神を睨みつける。

 同時に引っ張られる感覚があった。手のほうを見ると、赤い手に握られている。マコトとの赤い糸。まだちゃんと繋がってくれている。


 ………なにを馬鹿なことを。俺はお前のものに、誰かのものになるつもりなんてない



 当たり前だ。まだ死んでも死にきれない。俺はなにも成し遂げていない。


 一周目と二周目。どちらが幸せだったとか、どちらが正しかったということはない。ただ自分の行いの結果、選択した末の結末だ。後悔自体はない。分かっているのは――『約束』を果たせなかった。ただそれだけだった。


 女神が最終的な死因なのは間違いないが、一歩間違えれば死んでしまっていた瞬間はいくつかあった。その積み重ねが女神につけいる隙を与えてしまった。言ってやりたいことは山ほどあるが、女神を責める以上に反省すべき点はあった。

 だから、ペラペラとここで吐露する必要はない。すべて次回へ活かすために。けれど。


 ………ひとつ質問がある。アイツは……ケイジョウは、どこへ消えたんだ?


 今回の人生ではケイジョウと出逢わなかった。それどころか、誕生すらしていなかった。死因はアキラによる発火……ということになっていたが、それはおかしい。

 女神がなにかしたとしか考えられない。


?」


 ………やっぱり、お前がなにかやったのか?



 ………は? なにを言っているんだ、この女神は

 そんなはずはない。それでは整合性が取れない。『俺』が前回の人生をなぞりそこねて未来が変わった……という可能性はない。あれは『コースケ』が誕生するまえの事象だ。


 女神の指先が『たましい』を弄ぶようになぞる。


「『10』『11』。『11』『10』……


 ………死んで、……え?


 『俺』は耳を疑う。

 今、この女神はなんて言ったんだ?



 ………そ、そんなはずない。そんなのおかしい! だって、一度転生したら何度転生しても数は変わらないはずだ!


経験たましいじぶん

 


 だって、……? と女神は笑う。

 うまく情報を処理できない。理解したくないと思考が悲鳴を上げる。されど、女神の言葉は絶え間なく責めたててくる。


……


 ………『俺』が転生したから、ケイジョウが死んだ……今、そう言ったのか?


 心臓にくたいもないのに、動悸が激しくなるような軋む感覚がたましいを突いた。


「……


 ………いたい、ムネがいたい。くる、しい

 甘い声に思わず耳を塞ぎたくなる。しかし、言葉は直接肉体たましいに刻みつけられていく。目の前の女神が『たましい』を離さない。


「で、?」


 ………っ?!

 その言葉の意味が一瞬分からなかった。思考が理解するのを拒絶した。


?」


 理解を超えた言葉ひとつひとつが刃になってたましいに刺さる。


♥」


 あはっ♥……と、女神の笑い声がオレをなぞる。


♥」


 ……、と遊ぶ約束をした子供のように、初デートを夢見る乙女のように、無邪気に笑った。


 キリ。キリ。


 ………! ま、待ってくれ、マコト!


 キリ。キリ。

 赤い糸マコトに引っ張られる。まるで機械に巻かれるように少しずつ、しかし確実に引っ張られる。


 タスケテ……

 スクッテ……

 ネェ……

 ハヤク、ハヤク……、と。


 マコトの手が次の転生を求める。

 キリ。キリリ。


 どれだけ言葉を尽くしても引力は一向に止まる気配はない。これ自体にマコトの意識があるわけじゃない。これはただの因果を繋ぐ糸。しかし、これじゃまるで、小指に繋がれた赤い鎖だ。


?」


 女神は流体のからだをまっすぐに見つめてくる。


肉体いれもの


 肉体のない魂だけの存在オレに語りかけてくる。吐息が耳にかかるほど近く、甘く舌を転がす。


―――


 ――― 私の手をとって」


 差しだされる女神の白い手。

 それは救いの手なのだろうか。だが、もしそうだとしても、それに手を伸ばすということはマコトとのつながりを断ち切るということ。


 ………俺は、俺は……!


 左手に絡みつくマコトの手と女神の手。そして――。


 なにかをつかみたくて。

 伸ばしかけた手は空を切って。


 なにもつかめない。


 そして、終わる瞬間。

 終わってしまう瞬間。


 だれかの声がした。

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