第6話
僕と凪ぃのバスケライフはその後、しばらく続いた。だいたい凪ぃが今日はこれをやろう!みたいに言い出して、二人で交互にやってお互いに意見や感想、アドバイスなどをじゃれ合うようにして言い合いながら。二人でできることなんて限られてるから、おおむねシュート、ドリブル、パス、ミート練習の延長線上にあるものだったり、それらを組み合わせたりする程度のものだったけど。
バスケライフがたたり、週末ともなると疲れも溜まってくる。なので学校での休み時間は睡魔に襲われて抗うことがきない。我慢しきれず外界を遮断するように机に突っ伏しているのだが、どうにもシャットアウトしきれない、防護壁の隙間を縫って侵入してくるものがある。僕の力の及ばないものが、この社会にはかず限りないほどにあり、いま聞こえるこの声もその一部なのだろう。
「なんかさー、俺らバスケ部員って、野球部サッカー部のやつらに比べて肩身狭くない?」
「わかるわー。なんか影薄いっていうか」
教室の一番後ろの隅っこ、学生の間では一番人気の土地に陣を張り、肩をそびやかすように教室中を歩き回りその存在感を誇示してやまないバスケ部員たちの言い草に、どの口が言うか!と言わずにおくのが精一杯だった。
「部の実績とか、どこもかわんないのによ、この扱いの差ひどくねぇ?」
うちの学校の運動部は、大会実績などはどこも似たり寄ったりの状態だ。
「サッカーとかに比べると、マイナー感は否めないかもな」
「だしょ?んで、俺考えたんだけど、徹夜で」
このタイミングでの徹夜アピールの意味がわからない。
「漫画じゃね?」
徹夜で出した答えの意味もわからなかった。
「漫画?意味わかんね」
はじめてバスケ部員の一人に共感できた。
「だからさ、サッカーとか野球に比べてさ、これっていう漫画ほとんどなくね?」
「あー、言われてみれば。でも、うちのねーちゃんとか、すげえバスケ漫画あるとか言ってたような」
「あれでしょ?一世風靡したとかいう、なんか殿堂入りみたいな扱いされてるやつ」
「そうそう。なんかよくネットとかでも引用されてるやつ」
「あれさー、やってる方は楽しそうだけど、俺らからすっと、?(きょとん)じゃね?」
「そーか?結構笑えるけど」
「寒くて笑っちゃうみたいな感じでしょ?」
「そかもね」
「それはいーとして、よーするに現役でなくね?バスケ漫画でこれといったのって?」
「ないこともないっしょ。なんか地味なキャラをあえて主役にしたみたいなやつなかったっけ?」
「それくらいだろ?つーか、なんで地味キャラにスポット当ててんの?唯一のバスケ漫画がそれってありえなくね?」
「ただでさえ地味ジャンルなのにな」
「だしょ?それに比べてサッカーとか野球はさ、王道からニッチまで、選り取りみどりな気がすんだよね。雰囲気的に」
「空気的にそんな感じはあるかもな」
雰囲気とか空気とか曖昧すぎるものに頼りきってるわりに、あながち的外れじゃないのが恐ろしい。彼らの雰囲気感知能力や空気読解力は侮れない。
「あー、でも前になんかの雑誌でバスケ漫画載ってたような」
「どーせマイナーなままで打ち切り終了だろ?」
「まーな。マイナー臭は半端なかったわ」
「読んだの?」
「パラパラ漫画っぽくは」
「どーだった?」
「微妙」
「な?だから俺らのマイナー感って、結局バスケ漫画のマイナー感が原因なんだって。サッカー部のメジャー感って、あいつらがメジャーなわけじゃなくて、単に漫画のおかげなんだって」
「あるかもな。バスケ漫画ってさ、マイナー以外あるの?って感じだもんな」
「メジャーがなくてマイナーばっかって、ありえなくね?」
「ないわー。テンション下がるもん、その時点で」
「だしょ?いい迷惑だろ?」
「でも案外マイナーな中に掘り出しモンとかあったりするんじゃねーの?」
「ないない。もうね、今の時代掘り出しモノとかないから。ネット時代、もうあらかた発掘されちゃってるからね。結局さ、メジャーなものが一番楽しかったりするし。マイナーとかありえない」
「そもそもバスケ部の俺らすら、バスケ漫画もってないしな」
「マイナー漫画しかないんだからしょうがないって。サッカーの世界だとさ、漫画から影響受けて実際に日本代表にまでなった選手とかいるじゃん?んで、これからもいそうじゃん。でも俺らありえなくない?」
「マイナー漫画に影響受けてバスケの選手になるやつはいないかもな」
「そもそも読んでないから、誰も」
ガタン!
僕はやにわに席を立ち、トイレへと向かった。尿意が抑えきれなかったわけではなく、抑えきれなかったのはこみ上げてくる怒りの感情だった。
つかつかと爪先だけを見たまま足早に廊下を歩き、トイレに駆け込んだ。鏡の前でようやく顔を上げると、顔は赤みがかり、目は赤い蜘蛛の巣が張ったように血走っていた。
僕は内に溜まったものをはき出すように、息を大きくついた。
「何も知らないくせに」
バスケ部の彼らが言ってることは、決して間違ってはいない。そういう意見を持つ人がいるのもわかる。でもそれでも、言ってやりたかった。マイナーなバスケ漫画の中にも、陽の目をみることなくあえなく打ち切りになってしまったものの中にも、価値のある作品は確かにあったのだ。万人に認められるものではないだろう。バランスの取れた面白さもないかもしれない。でも、偏ってるはいるけど、欠けているところはあるけど、それでも面白いと思える部分をもった作品は確かにあったのだ。かつても今も、そしてこれからも、きっとあり続けるはずだ。
許せない想いは、マイナーバスケ漫画を見下した彼らに対してはもちろん、自分にもあった。こんな誰もいないトイレの鏡の前で怒りに打ち震えているくらいなら、ひとこと言ってやればよかったのだ。彼らに対し、マイナーバスケ漫画の中にも素晴らしい要素があるのだと啖呵を切ればよかったのだ。それができるのは、古今東西ありとあらゆるバスケ漫画を採取してきた僕しかいないのだから。
自分の情けなさに反吐が出た。僕は誰かに対して何かを強く訴たり衝動のままに行動したりするタイプじゃないけど、ここは譲っちゃいけない一線だったのではないか。そう思えてならなかった。
何事にも飽きっぽい僕が、唯一食いつき、貪るように漁ったバスケ漫画。それを馬鹿にされたのに見過ごしてしまったら、全てにおいて流し見してやり過ごすようになってしまうに違いない。そうなればもう、通り過ぎずに立ち止まる場所なんかなくなってしまい、根無し草のように、自分の居場所なんかなくなってしまう。
今からでもとって返して、マイナーバスケ漫画の素晴らしさを懇々と説いてやろうかと思ったが、今さら行っても何だこいつ?と挙動不審な扱いを受けるだけだろう。
彼らに致命的な一撃を与えてやりたかった。マイナーバスケ漫画をよく知りもせずに見下した罰となる、裁きのような鉄槌を、下してやりたかった。
僕のよじくれた想いはさらに加速し、広がっていた。
もし仮に、マイナーバスケ漫画に影響を受けた僕が、実際のバスケで、マイナーバスケ漫画を馬鹿にした彼らを打ち負かすようなことがあったとしたら。倒錯した想いなのは自覚している。甘美な幻想にすぎないことも分かっている。それでも抑えることはできない。滾って止まない、マグマのような感情。
マイナーバスケ漫画に影響を受けた僕と、よくわからないものからたくさん影響を受けた凪ぃのバスケライフが、彼らの部活バスケに勝利できたとしたら……。彼らは驚くに違いない。どうして俺らより上手いのかと。僕はそこにいたってようやく言いたかった言葉を言い放つ。バスケ漫画に影響を受けバスケをやり始めたのだと。マイナーなバスケ漫画のおかげでこんなに上達できたのだと。やや大げさに、誇張を交えて言ってやるのだ。あてつけのように。
バスケ部員でない僕が、彼らとバスケをする機会は、体育の時間に限られる。例年の体育計画では、三年生の秋口にバスケットの授業が予定されているはずだ。
ただただ日常的に、目指すゴールなどなくだらだらと続けていた僕と凪ぃのバスケライフ。その目指す先が、僕の中で完全に絞られた。
顔を上げ、鏡に映った自分の顔を見据える。これから試合に臨むバスケット部員が気合いを注入するかのように、頬を両側から挟むようにして何度も何度も叩いた。
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