第5話
ゴールネットの網目になぜだか物干し竿の先端が射しこまれ、もう片方の先端は凪ぃの家の雨どいで固定され、かなりの高所に物干しざおが吊り渡されている。その間には凪ぃお気に入りのパーカーが陽光をたっぷりと吸いこみながら、のろま風に悠然と揺られていた。
「何であんな干し方してんの?」
「いー感じでしょ?パーカーだってさ、同じ太陽の光を受けるにしても、たまには違う受け方したいかなって」
「あんな高い場所に干すの、たいへんだったでしょ」
「だった。けど、こうやってパーカーが気持ちよさそうに日向ぼっこしてんの見ると、やった甲斐があったかな」
手庇しをしながらパーカーを仰ぎ見、凪ぃは目を細める。
「よくわかんないけど、とりあえずあれ、バスケやるのに邪魔なんだけど」
「だいじょーぶ。今日はゴール使わないから」
凪ぃの中では、すでに今日の練習メニューは決まってるらしい。
「そーいえば、バスケの練習といいつつゴール使ったのって初日のシュート練習だけだったような」
他の日はパスとドリブルの練習で、ゴールには用無しだった。
「そうなんだよ!あんだけ高いお金払って買ったのに、実は全然ゴール使ってないの!今日の朝、それに気づいちゃって、このままじゃ単なる衝動買いの無駄遣いになっちゃうから、是が非でもゴール使い倒してやんなきゃって思って。んで頭を捻った結果、そうだ、洗濯物干すのに使えるって閃いちゃって」
「洗濯以外の選択肢なかったの?」
「じゃあ聞くけど、バスケ以外の用途でゴールの使い道って思いつく?むっちゃん」
バスケ専用のゴールなのだから、そもそもそれ以外の用途が含まれていないわけだし、そうそうは思いつかない。
「ていうか、バスケで使えばいいじゃん。普通にシュート練習すればいいわけだし」
「いや、今日は凪しゅーの気分じゃなかった。そして洗濯日和だった」
天気屋な凪ぃの気分はいつだって予測不能だ。
「いいけどさ。あれ、わざわざ梯子使ったの?」
塀に立てかけられている梯子が庭の片隅に出しっぱなしになっている。
「そだよ。簡単な仕事だと思ってたらどっこい、結構たいへんでさ、午前一杯かかっちゃったよ」
一仕事終えた晴れやかな顔つきの凪ぃは今日、本業のお金になる仕事をまったくしてないということになる。
「凪ぃがいいならそれでいいんだけど」
「なにか問題でも?」
一番の問題は、本人が問題だと感じてないところにあるような気がした。
「いや。で、今日は何するの?シュート練習じゃないのはわかったけど」
シュート、パス、ドリブルの次となると、なにせ二人しかいないわけだし、選択肢がそうそうあるわけでもない。新しい練習をやるのであれば、一対一(いわゆるワン・オン・ワン)くらいだろうか?
「よくぞ聞いてくれました。今日はね、ミートだよ」
胸に秘めていたとっておきを、待ってましたと披露するように凪ぃは宣言した。
「ミート?」
耳慣れない言葉に、思わず僕は聞き返す。
「知らない?ミート。おに」
言い終りを待たずに、奪い取るかのように凪ぃの言葉を打ち消しにかかる。
「肉じゃないのはわかってるからね」
機先を制し話の脱線を許さないようにしないと、練習時間が無駄に削られてしまう。
「なんだよー、ここからむっちゃん肉のなかじゃなに肉が好きー?わたしはやっぱり……骨が魅力のまんが肉かなー、みたいな会話にもっていきたかったのに」
ちぇっ、と言いながら凪ぃは恨めし気な目を僕に向けてくる。やりたかったけどできなかった会話の中身を説明している時点で、会話してるのとほとんどかわりないような気がする。
「で、むっちゃんはなに肉が好き?」
胸やけがするほどしつこい、凪ぃの肉へのこだわり。
「肉話、そんなに盛り上がんないと思うよ?」
「えーっ、肉の話題で盛り上がらない人っているの?」
「そりゃ、魚好きとかベジタリアンの人は、肉じゃテンションあがんないんじゃないの?」
「いやだって、むっちゃん中学生でしょ?しかも男子。いまこの時期にお肉にテンション上がらなかったら、一生お肉でテンション上がらないまんまだよ。そんなんで人生終えちゃっていいの?」
もうなんか、無理やり肉で会話をしようとしてるのがありありとわかる。練習したくないんだろうか。
「凪ぃさ、最近、肉付きがよくなってきたんじゃないの?」
なぜにそれを?と自分以外の人が気づいていたとは夢にも思っていなかったような驚愕の表情を凪ぃは浮かべた。
「うう、酷いよむっちゃん。一番触れちゃだめなとこに、一番わたしのやわいところ、わたしの心の肉球に触れるなんて」
「肉の話ばっかしてる凪ぃが悪い」
「わかったよ、肉の話はおしまいにすればいいんでしょ」
ようやくこれで、肉離れをしてくれそうだ。
「で、ミートって、要するにパスを受ける練習をするってこと?」
バスケでミートと言えば、パスミート以外には思い浮かばない。
「うん。パスを受けるにもいろいろあるよね。止まって受けたり、動きながら受けたり。あとはこう、ワンツーってステップ踏んで受けたり、ジャンプして両足で着地して受けたり、受けるフリをしておいてからいきなり逆方向に動いて受けたりとか」
確かにバスケはパスの貰い方によってその後のプレイの選択肢はかなりかわってくるスポーツだ。ボールをもった状態の歩数制限があるので、例えばワンツーとステップを踏んで受けた場合、受け終った後にワンの方のステップした足を動かせばトラベリングという反則を取られてしまう。動かせるのはツーのステップを踏んだ足だけだ。けれども、これがジャンプして両足で同時に着地しながら(両足ステップとでも言えるのかもしれない)パスを受ければ、その後どちらの足を動かしても反則にはならない。
もっと単純に、ゴールに背を向けて受けた場合と、ゴールに正対した状態でパスを受けた場合では、当然できるプレイがかわってくる。他にも、凪ぃが言っていた貰うフリをしておいて突然、逆方向に動いて相手を出し抜いてから受けるようなミートの仕方もある。
なのでパスを受ける、パスミートっていうのはバスケのプレイの中では地味で見過ごされがちではあるけど、すごく大切で奥深いプレイなのだ(と教則本に書いてあった)。
なのだけど、それだけに凪ぃがこういうプレイにスポットを当てて練習するというのは、意外というからしくない。決して派手で見栄えのいいものだけに目を奪われるタイプではないけど、玄人好みの地味なとこに目を向けるタイプというわけでもない。なぜにそこに着目するのだ?みたいなのが凪ぃらしいので、パスミートに焦点を当てた練習を凪ぃから提案されるとは思ってもみなかった。
「ふふふ。むっちゃん、わたしの新たな一面に目を丸くしてる、みたいな顔になってるよ」
最近、金欠のわりにはなぜだか肉付きがよくなり少し丸みを帯びた凪ぃが、福ふくとした笑みを浮かべた。
「うん、ちょっとびっくりしてる。パスミートって、基礎の基礎ではあるし教則本にも載ってはいたけど、正直ぱっと読んだ限りでは、いかにもつまらなそうな練習に見えたし。まあパス練習のついでってわけじゃないけど、パス練習の中の一環として取り入れてやらないと退屈になっちゃうだろうなと思ってたから」
「わたしの性格を考慮して?」
「いや、僕だって部活とかで指示されてやるんでもなければ、わざわざパスミートだけを練習したいとは思わないし」
正直な気持ちを吐露した。
「おおっ、珍しく素直だ」
凪ぃが見せたらしくなさが、僕にも伝播したのかもしれない。
「?パスミート練習の提案が、そんなに意外だったってことかな?」
「まあね」
意外であると同時に、どこか嬉しくもあった。こういう地味なプレイの練習を凪ぃの方から提案してくれるということは、凪ぃがバスケを真剣に取り組むつもりになってきた証拠でもあるのだから。
「だってわたし、気づいちゃったんです」
アニメとか漫画の台詞から引用したみたいな、微妙なぎこちなさを含んだ言い方だった。
「前にパス練習したときにさ、パスは会話みたいなもんだって言ってたじゃん」
そんな会話もしたかもしれない。凪ぃとは色んな会話をしてるから、事細かに内容をいちい覚えていたりしない。
「うん。したした」
会話の腰を折るのも無粋なので、とりあえず調子を合わせる。
「で、パスが会話ってことはさ、パスを受ける、つまりパスミートっていうのは、相手の話をどう受けるのか、ってことでしょ?」
話をするという相手のアクションに対し、どうリアクションするのか、みたいな話だろうか。
「これってすごく大事なことじゃん。気持ちのいい会話をするとなると、喋る側も大事だけど、聞く側、つまり受け取る側もすごく大事だと思うんだよね」
「聞き上手って言葉もあるくらいだし、そうかもね」
「そうそう。今わたしはまさに、そーいう感じの相槌を待ってたわけ。むっちゃんナイスミート。でもさ、ここで『そーかな?会話なんて喋ってる人の話が面白いか次第でしょ?聞いてる側なんてただ聞くだけだし』みたいに返されたら、わたしげんなりしてテンションだだ下がりってなっちゃうから、そうなると会話も盛り上がらない盛り上がらない」
僕が妙な後押しをしてしまったのか、凪ぃの喋りの勢いがアクセル踏んだみたいに加速していく。
「だから会話がパスなんだとすると、パスを受ける、つまりパスミートっていうのはすごく大事だってことだね。うん、凪ぃの言う通りだね」
「う、うん。そだね」
アクセル全開で面倒くさいことにならないうちに、早めにこちらから無理やりブレーキをかけることにした。どうにか間に合ったみたい。凪ぃはなんか水を差されたみたいな顔をしてるけど。
「で、どんな練習するわけ?」
単刀直入に聞いた。
「まず、どんな受け方があるのかって話だよ」
逸る僕を凪ぃが制する。
「基本的なのは、やっぱりさっき凪ぃも言ってたけど、ワンツーと片足ずつステップを刻んで受けるのとか、軽くジャンプしながら両足で着地して受ける両足ステップ?そういうやつじゃないの?」
「片足ずつのワンツーステップはさ、両足ステップに比べると、受けた後の選択肢が少ないんだよね?」
「うん」
「ってことは、ワンツーステップは、BLで言うところの攻めと受けがはっきりした守り受けだね」
凪ぃが何を言ってるのかわからない。名も知らない異国の言語でも耳にしてる気分だ。BLってバスケットレベル?かなんかの略だろうか。
「両足ステップは、受けた後の選択肢があるわけだから、そのまま守ってもよし反転攻勢に転じてもよしってことで受け攻め両刀な感じか」
何の話をしてるのかわからない。わかりたくない。
「となると、受けるフリしておいて相手を出し抜いてから逆方向に動いて受けるのは、誘い受けってことになるね」
わからないけど、目の前にいる凪ぃが駄目で堕落した唾棄すべき人であることははっきりとわかる。それだけは間違いない。
「おとぼけはおよし、むっちゃん。わたしの言ってること、てんでわからない、ってな顔してるけど、わかってるんでしょ本当は。BLがバスケットロワイヤルの略じゃないことぐらい」
「いや、ロワイヤルって発想はしてないけど」
「そこはどーでもいいの!とにかく、わたしの本棚しょっちゅう漁っておいて、ボーイズラブを知らないなんて言わせないよ」
確かに凪ぃの蔵書を漁ると、大雑把に網を投げるだけで大漁の釣果が得られるほどに、大量のBL作品を捕獲できてしまう。だからまあ、知らぬ存ぜぬってのは無理があるかもしれないけど、思わず受けるのをスルーしたくなるような、絶対に受けたくないパスというのも世の中にはあるのだ。
「僕はそのパスを受けるだけのミート技術はもってないよ」
「いや、これはぜんぜん優し目のソフトパスだよ。もっとハードでコアなパスを連発しちゃおうと思えばいくらだってできるし」
そんなハードコアパスを受けられる中学生男子が世の中にどれくらい存在するのだろう。そしてそんなハードコアパスを甥っ子にぶつけてくる叔母がいるとしたら、たぶんドメスティックセクハラで訴えられるにちがいない。
「まー、さすがにそんなパスまで出すつもりはないけど、あれくらいのソフトパスはミートできるようになっとかないと。たしなみとして」
「わかった。要するに、多少パス出す側が受け手にあんまり優しくないパスを出しちゃったとしても、それを上手くミートするような練習をしたいわけでしょ?」
とにかく無理やりにでもバスケ方向に舵を切るべきだと判断し、やや強引ではあるけど話を方向転換した。
「……もうちょっとBL話で自由に泳がせてほしかった」
「そういうのはBL友達としてよ。いるでしょ?」
「いるけど、BL友達はBLにそれぞれ独自のこだわりがあるから、あんまりフリーダムトークってわけにはいかないんだよ。ここは譲れないみたいなポイントがやたらあったりするし、それは誘い受けとは言わないでしょ!みたいな厳格なルールもってたりするから、色々と気を遣ってかえって話しづらかったりするんだよね」
どんなに自由そうに見える世界にもしがらみとかはあるのかもしれない。
「だからって僕にされてもね」
「隣のおばーちゃんとした方がよかったかな?」
「……もうちょっとだけ待ってくれない?軽いBLトークなら受けられるように僕も努力するから」
さすがにお隣に迷惑はかけられない。僕はらしくないけど使命感に駆り立てられた。まずはライトなBL本から始めることにしよう。
「おお、何だかやる気だねBLに対して。んじゃ、むっちゃんのBL魂に火が点いたところで、練習はじめよっか」
火が点いたとはいっても、尻に火が点いて仕方なくって形なんだけど。
「じゃーまず、わたしがちょっと受けるのキツめのパスだすから、むっちゃんはそれをワンツーステップで受けて」
「ちゃんと受けられるくらいのにしてよ」
絶対に受け取ることのできないパスを出しても練習にならないのは、凪ぃも承知してるだろうけど、一応念を押しておく。
「心配ご無用」
凪ぃが僕から離れた位置に、程よく勢いを調節したパスを出した。僕はそれに反応して、ワンツーとステップを踏んでキャッチした。
「おお、余裕だね」
僕に気を遣ってくれたのか、かなり緩いパスだったのでさすがの僕も簡単にこなせた。
「んじゃ次は両足ステップといこうか」
言うが早いか、凪ぃはさっきのとほとんど同じようなパスを出す。僕はキャッチするにはしたけど、ワンツーとステップを踏んだときよりも、両足ステップだと上手く距離を稼げず、受け取るのがやっとの、かなり際どいミートになってしまった。
「ありゃ、せっかく受け取った後の選択肢が多い両足ステップなのに、それだけ体勢崩してたらあんま意味なくなっちゃうね」
反論の余地なく返す言葉もない。
「両足ステップの方が難しい?」
「難しいっていうか、動きとして慣れてない感じかな」
「普段の生活のなかであんまないもんね。両足揃えて着地するのって」
「うん。あとは、たぶんワンツーステップの方が長い距離を移動しやすいと思う」
自分だけの感覚なのかは、凪ぃにもやってもらわないとわからないので、断言はできない。
「ふーん。んじゃわたしもやってみよーか。むっちゃんパスよろしく。ハードコアパスは出さないでね。ハードコアに耐えうる腰じゃないんで」
卑猥な方向へのパスはスルーして、僕は真っ当なパスを出した。凪ぃはワンツーステップで難なく受け取った。
「よゆーよゆー。んじゃ次は両足ね」
ほぼ同じパス。凪ぃは僕の両足ステップでの際どいミートとは違い、かなり安定した体勢でがっちりとキャッチした。
「うん、なるほど。確かにむっちゃんの言う通りだね。両足ステップの方が強めに踏み込まないと距離が出ないかな。あと、やっぱりワンツーステップより動きとして慣れてない感覚はあるね」
「でも凪ぃ、完璧なミートだったよ」
僕の感覚と同調してくれたのはいいけど、結果として差が生じたのは、やはり運動神経の差ゆえなのか。自然と不平を言うような口調になってしまった。
「それはむっちゃんのやったの見て、むっちゃんのやった感想を聞いた上でやったからだよ。人のフリみて、ってやつ」
僕の後に凪ぃって順番でよかった。逆の順序なのに同じ結果だったら立つ瀬がなかった。凪ぃもフォローのしようがなかっただろうし。この順番を言いだしたのは凪ぃなので、結果論だけど凪ぃのナイスパスだったってことになる。
「んじゃ、この結果をもとにして、出す側はパスを二段階にわけて出していくことにしようか。ワンツーステップ用の強めのパスと、両足ステップ用の少し抑えめのパス。ミートする側はそれを判断して、強めのパスはワンツーステップ、抑えめのパスは両足ステップって感じで」
「出す側としては、どっちのパス出すにしても、相手が受けられるギリギリくらいの位置にパスを出せばいいの?」
「そう。これは受ける側にとってちょっと優しくないパスでも、ちゃんと受け取ることができるようになる練習だからね」
僕がライトなBL本を読んで、BLパスを受けられるようになる練習みたいなものといえなくもない。
「んじゃ交互にやっていこう」
さすがにミートという地味なプレイの練習だけあって、すごく地味な練習が延々と繰り返された。歯を食いしばるほどの猛練習というわけでもなければ、音を上げるほどの過酷な訓練というわけでもない、山場も盛り上がりも特にない、地味な練習を延々と淡々と繰り返した。
「うむ。地味な練習だけに、地味に疲れたね」
凪ぃの言う通り、疲れ方も地味な感じ。疲れ果てて疲労困憊、というほどではないしやろうと思えばまだやれるけど、もういいかな、みたいにほどほどの疲れ。これ以上やりたいかと言われると、やりたくはない。
「んじゃ、終わりにしようか」
「そうだね」
飽きっぽい僕と、地味なことが決して好きではない凪ぃが、こうやって地味な練習を、地味なままに、地味ながらに、途中で投げ出したりせずに何度も繰り返してちゃんと終えることができたのは、たぶん。
「やっぱりさ、パスを出してくれる人がいるってのはありがたいね。こんな練習さ、一人なら途中でつまんなくなってやめちゃうもんね」
壁にぶつけて跳ね返ってくるボールをキャッチする、ってやり方でミートの練習をしようと思えばできるだろうけど、そんな練習だったら十分ともたないかもしれない。
「だからさ、パスを出してもらえることのありがたみを理解してはじめて、よし色んな受け取り方ができるようにならなきゃって気にもなるんだろうね」
パスを出してもらえることが当たり前になってしまうと、受ける技術を向上させようなんて気には確かにならない。
「むっちゃんも、パス出してくれる人のありがたみが身に染みたからには、BLミートの方もよろしく頼むよ」
「いや、そっちの方はあんまり期待されても困る。お隣に迷惑をかけてほしくないってだけで、正直、嫌々なんだから」
「ほう、なるほど。やりますな。いやよいやよと言いながらも実は誘っている、誘い受けをさっそくご披露するとは。感心感心」
やばい、これBL熱に火が点いてどんどんテンション上がっちゃう流れだ。こうなるとスルーすら及ばない。いつもの僕ならどうにもならない流れに呑みこまれるしかない。
しかし僕は考える。ここでどんな風にミートしてどんな風なパスを返せば凪ぃのテンションを断ち切ることができるだろうか?いっそのこと、向こうが引いちゃうくらいのメーターの振り切れたガチゴアハードでタフネスなミート&パスをしてみようか。BL素人の僕が織りなす、向こう見ずで怖いモノ知らずな焼けっぱちで捨て身の適当ミート&パスなら、さしもの凪ぃも熟練者ゆえにかえって受けづらいのではないか?
「そうそう。嫌よ嫌よも好きのうちってね。実は僕、マッスル剛毛だけど頭は禿てる、けど気が弱くてすぐに泣いちゃう、みたいな……」
僕はあらん限りの知識を振り絞って、あらゆる年代やあらゆる体躯、あらゆる属性であらゆる容姿の、普通の人なら守備範囲から遠く外れてキャッチ不可能な荒れ球、みたいなパスを投げまくった。ひとえに凪ぃのBL熱を引かせるために。
けど。
凪ぃはありとあらゆるパスを華麗にミート。凪ぃの守備範囲は広大なまでに広く、多肢多彩で変幻自在なミート技術はどんなパスにも対応可能。
「いやー、色んなパスを出してくれる人がいるって、幸せだなー」
心の底から満たされたような、ほくほく顔の凪ぃ。
どんなパスでも受け取ってくれる人っていうのも、有難くはあるけど、不幸でもある。そんな風にして、僕と凪ぃのバスケライフ、略してBL、の四日目は終わってしまった。
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