第四声 不安のナき声
「いやー!良かったー!」
橘さんは立ち上がってピョンピョン飛び跳ねている。
「ヒューマンビートボックス(口や声の発声から様々な音を奏でる技術のこと)出来る人なんてあんまり居ないから良かったよー!」
「...え?」
僕は困惑した。
「何で、僕が、ヒューマンビートボックス出来る事知ってるの?一度も言ってないのに。」
橘さんは変わらず飛び跳ねている。
僕は色んな人に“アカペラやりませんか?”と誘い続けていたが、僕自身ヒューマンビートボックスが出来ることは一言も喋っていない。為篤にも。
なのに何故、橘さんは知っているのだろうか?
「何でって?だってアカゾメ君、電車に乗ってる時ずっとブンツカブンツカしてたじゃん!最初それ聴いた時、本物のドラムかと思うくらいのクオリティーでびっくりしちゃって思わず大声で笑っちゃったもん!」
「...え!じゃああの時橘さんはスマホで何かを見ていて笑ってたんじゃなくて、僕を笑ってたの!?」
「うん、そうだよー!あ、馬鹿にして笑ったんじゃないからね!」
嘘だろ...。無意識にやっていたなんて。
ー僕は小さい頃、とあるアカペラグループのライブを聴き、衝撃を受けた。人の声でこんなにも表現できるなんて。特にボイスパーカッション(口や声などでドラム等の打楽器の音を表現する技術)に魅了され、それからずっと練習した。ー
まだ自分の技術に自身がなく、他人にはまだ聴かせたくなかった。だけど無意識にやっていたなんて...
僕は急に恥ずかしくなり、両手で顔を覆った。
「え!どうしたの!?」
「いや、なんでも無いよ...」
「それにしても凄いクオリティーだったよ!もう一回聴きたいなー!」
そう言うと橘さんはまた僕にマイクを向けた。...まあ誘ってくれた訳だし、少しだけなら。
よし!覚悟を決めろ、守!
「じゃあ少しだけ...。」
彼女からマイクを受け取り、スウっと息を吸いこみ、そして音を徐々に重ねた。
ド、ド、ドンとバスドラムを心臓の鼓動に合わせて打ち、
そのバスドラムの間にリズム良くツッツッツッツとハイハットを刻み、
乾いたカッという音も時々入れ、
単調なドッツッドッツッというリズムから徐々にバスドラムを連続で打ったり、変則的なリズムに移行した。
僕は段々と楽しくなってきて、時間を忘れそうになった。
しばらく続けて最後はキシーッとシンバルの音を出してフィニッシュ。
「...。」
お互い黙り込んでしまい、僕は何と声をかければいいかわからずあたふたしてると、
「...ほお。」
と橘さんは吐息交じりの声を出した。
僕は恐る恐る感想を聞いてみた。
「...どうだった?」
「...良かった。...うん!とっても良かった!やっぱりワタシの目に…いや!耳に狂いは無かったよ!」
「はは、そんなに褒めても何も出ないよ。…ちょっとドリンクバー行ってくるね。」
口の中が一気に乾燥したため、最初に持ってきたオレンジジュースを全て飲み干してしまい、新しく飲み物を取りに部屋を出た。
ドリンクバーでオレンジジュースを入れている最中、少し気にかかったことに関して予想を立てていた。
「(そういえば、橘さんはどのパートやりたいのだろう。前例がないけど、もし僕達2人だけだった場合はきっと僕がボイスパーカッション、橘さんがリードだろうな…。それか、他にも誰か誘っていて橘さんはリード、もしくはコーラス(伴奏のような役割のパート)…?)」
結果、僕がこうやって考えるよりも聞いた方が早いと思い、すぐに部屋に戻った。橘さんはすっごく幸せそうな表情でバニラ味のソフトクリームを食べていた。
「そうだ、橘さんはどのパートやりたいの?」
「…。」
「たちばな、さん?」
「…あ、ごめん。…んーホントはリードをやりたいんだけど、…コーラスかな。」
何だろう?やけに自信なさげな言い方だな。
「じゃあ、他にも誰か誘ってみるとして…橘さんの歌声聴きたいなー…」
「…っ」
急に彼女の表情が曇った。
「…ごめん。今日は帰るね。」
「え?」
そう言うと勢いよく飛び出してしまい、僕は唖然とした。…どういうこと?
部屋の机の上には雑に置かれたカラオケ代880円が置かれいていた。
* * *
…またやってしまった。ワタシから誘っておいていきなり帰るとか。自分勝手すぎる。
でも、どうしても怖くなってしまう。
不安になってしまう。
彼が良い人なのは間違いない。きっとワタシのこのコンプレックスも受け止めてくれるだろう。
でもやっぱり―
* * *
次の日僕は複雑な面持ちで学校に来た。昨日のあれはいったい何だったのだろうか?僕は気に障ることを言ったのだろうか?もやもやした感情が頭の中をぐるぐると回っていた。
教室に入ると、橘さんはすでに席についていた。笑顔でクラスメイトと話していて一瞬安心したが、僕はある違和感を覚えた。
「(昨日までの笑顔とは少し違う。やっぱり何かやらかしちゃったのかもしれない。ちゃんと話してみるべきだよな。)」
そう思い、橘さんに近づいた。彼女の周りには人が多かったがそんなの気にしてる余裕はない!
「あのさ、橘さん、話が―」
「あ、アカゾメ君。話したいことがあるんだけど、昼休みちょっと時間ある?」
「…うん。」
僕はそう返事をして静かに席に戻った。
そして昼休み。
「教室じゃなくて人がいないところ行こ。」
「うん…。」
僕は橘さんについていくと、プールと体育館の間を抜けた先にある広場に来た。ここはめったに人が来ないので僕はたまにここに来てビートボックスの練習をしている。でも、転校してしたばかりの彼女はどうしてこんな場所を知っているのだろうか?
橘さんは僕に背を向けて話し始めた。
「昨日の事だけどさ、無かったことにしてくれない?一緒にアカペラやるって話。」
「え…どうして?」
「…ワタシの姉はね、カナダで有名なシンガーで、最近はアカペラもやっているの。プロとして。そんな姉みたいになりたいと思ってワタシも始めたんだけど…ワタシ、歌が下手なの。高い声が出なくて。しゃべり声は高いのに。一度人前で歌ったとき、馬鹿にされて。歌うことがコンプレックスになって。でも変わりたくて、頑張ってるけどうまくできなくて。そんな時話が合うアカゾメ君にあって、とても楽しくて、一緒にアカペラやりたいって思ったんだけど、改めて昨日君のヒューマンビートボックス聴いて、ワタシがアカゾメ君とやっても足を引っ張ってしまうと思って…私から誘ったのにごめん。」
橘さんは涙声だった。
途中から支離滅裂になっていたが、なんとなく言いたいことは分かった。彼女は自分の声に自信がなく、でも変わりたいと思い、頑張って僕を誘ったのだろう。
「…。」
僕は黙って聴いていた。彼女の話を理解したうえで僕は―
「橘さん。やっぱり、やろうよアカペラ!」
「え?」
橘さんは振り向いた。驚いた顔をしている。
「こんなにアカペラが好きでやりたくてやりたくて仕方がないって感じなのにやらないなんて勿体ないよ。」
「でも、」
「自信ならこれからつけていけばいいし、僕も手伝うよ。それに、僕は馬鹿にしない。足を引っ張られてるとも絶対思わない。」
僕は彼女の目をしっかりと見た。
「嫌なこと、不安なことを先に考えるより、嬉しいこと、目標を達成できた時の自分を想像しようよ。僕は橘さんと一緒にアカペラしたらどんな風になるのかなって考えたら楽しみでしょうがない気持ちになったよ。だから僕は橘さんとアカペラしたい!」
僕は頭を下げてありったけの大声でこう言った。
「僕とアカペラやりましょう!!」
静かに、そして爽やかに風が吹いた。
「…っははは!そっか、そうだね!うん!ありがとうアカゾメ君。君の話を聞いて決心がついたよ。…ワタシ、我儘なところもあるけど、どうかよろしくお願いします!」
その声には、不安や気まずさといったネガティブな感情は一切入っておらず、純粋で明るいものだった。
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