第三声 再会の讃美歌
いつもより30分も早く学校についた僕はすぐ、昇降口の入り口に大々的に張り出されているクラス表を確認した。
「えっと………あった、2年2組か。出席番号は1番。また僕が最初なのか。」
「あ!タメアツとまた一緒だー。とりあえずボッチ回避だあ。」
安堵のため息をつくと、後ろから声がした。
「よっ!マモル!また同じクラスだな。」
春休み中に一度為篤のバンド“color beenz”を見に行ったきり会っていなかったので少し照れくさかった。それでも為篤は相変わらず元気だった。
「この間は見に来てくれてありがとな!」
「いえいえ。ホントに楽しかったしカッコよかった。また行くね。」
「おう!来て来て!」
「でもタメアツ、僕と同じクラスだってすぐ見つけたね。」
「ああ、昨日学校のホームページからマイページにいったらあったぜ?知らなかった?」
えー
マジデスカ。
* * *
校長先生のつまらない話フィーチャリングおやじギャグが終わり、僕と為篤は2年2組の教室に向かった。
席順が何と、去年と同じく為篤と前後の席になった。
ボッチ回避万歳!!パート2!!
クラスメイトが全員集まってからしばらくして、担任の先生が入ってきた。
「おーし、全員いるよな。じゃあ自己紹介から始めるか。」
すると先生は黒板に激しく“宮下 憲治”と書いた。かなりガタイいいな。見た感じ体育教師かな?
「えー俺は“みやした けんじ”だ。2年の英語を教えてるから、わかんない所あったら遠慮せずに言えよー。ってことで1年間よろしく。」
クラスのみんなも、僕と思ったことは同じだったのだろう。驚きの声がそこら中から上がった。
「はいはい静かにしろー。ったく、なんで毎年自己紹介するとこういう反応されるんだ…まあいい、じゃあ出席番号1番から自己紹介してくれ。」
はあ、やっぱり僕からなんですね。
「…はい、えっと、あ、赤染 守……って言います。趣味は音楽鑑賞で、特技はヒューマンビ…ごほん、えっと、」
僕はここでチャンスだと思い、思い切って言ってみた。
「アカペラバンド組んで色んな事したいと思っているので、誰か僕と一緒にやりませんか!?待ってます!よろしくお願いします!」
早口でそう言い、素早く着席した。
周りの反応はと言うと、
「…。」
うわあああ。またやらかしちゃったよ僕。
僕は恥ずかしくなり、下を向いた。
「だそうだ。皆拍手!」
その先生の言葉で僕は少し救われた。
僕の次は為篤だった。
「はーい。泉 為篤でーす。color beenzってバンドでギターボーカルやってまーす。よくライブとかしてるんで見にきてくださーい。」
為篤が言い終ると拍手とともに女子の何人かは
「泉くんカッコイイ!」
「バンドやってるんだー今度行こうかな。」
「color beenzって最近この辺で有名だよね。そのボーカルなんだ!すごーい。」
と目をキラキラさせていた。
流石だ。流石だよ、為篤。
その後は僕みたいな失敗した自己紹介は無く、無難に過ぎていったのだが、後ろの席にとてつもなく目つきが悪くて話かけたら殺されそうなオーラを身に纏っている男子がいた。その人に順番が回って来ると、のそっと立ち上がり、
「…
とだけ発すると、ガタンと勢いよく席に座った。
クラス中、シーン。
「おいおい皆!拍手忘れてるぞー。」
と先生は声をかけ、僕達はハッとして拍手した。
「(超怖いなあの人。)」
と僕は頭にインプットした。
その後はまた先ほどと同じように、僕みたいな変な自己紹介や紀君みたいな怖い自己紹介は無かった。
そして最終列の自己紹介に来たところで僕はあることに気がついた。そのことを為篤に話した。
「ねえ。一番最後の列の一番後ろってさ、席空いてるよね。」
「ああ。それ俺も気になった。…転校生だったりして。」
「いやいや、転校生でもこの時期だったらこの時間にちゃんと席に座ってるんじゃない?」
「どうかなあ?もし仮にそうだったとして、実は転校生は初日から遅刻してて、後で自己紹介ってことだったりして。」
「まさかそんなことないでしょ。」
そんな会話をしているといつの間にか全員終わったみたいだった。すると、先生は
「あと、最後に1人、今年から転校生がこのクラスに入るから皆仲良くしてやってな。」
と言ったのを聞いて、僕と為篤は吹き出してしまった。
為篤、恐るべし。
「引っ越しの関係で遅れるみたいだが、もうそろそろ―」
ガラガラガラガラガラ、バァン!!!
「遅れてごめんさなああああい!」
勢いよくドアを開けて橘さんが入ってきた。
………
………って、え?
タチバナ、サン?
「おお、ちょうど良かった。ここでいいから自己紹介してくれ。」
「はい!!皆さんハジメマシテ!!私の名前は―」
―こんなことってあるんだね。
僕は驚きのあまり心臓が飛び出てしまうのではないかと心配した。
あの時―あのアカペラライブを見に行った時にたまたま電車も同じで、目的地も同じで、好きなアカペラバンドも一緒で、そして―
今まで生きてきた中で初めてアカペラについて話が合った―
「―
まさかこんな場所で再開できるとは夢にも思わなかった。
放心状態の僕をよそに、彼女の自己紹介はまだ続いていた。
「―好きなことはアカペラです!あ、ちなみに私はカナダと日本のハーフで母親がカナダ人で父親が日本人なの!生まれも育ちもカナダだけど、何回か日本に来たことあるので日本は慣れていまーす!あと、今はこうやって日本語ペラペラ話せてるけど、勿論カナダに住んでたから英語もちゃんと話せるよ!あーでもたまに日本語ワカラナイ時もあるからそん時はまあ頑張りま……ってあれ?」
橘さんは弾丸の自己紹介を急に止めた。
…ってうん、こっちジッと見てるな。再会できたのはすごーく嬉しいんだけど、今の橘さんのテンションでこっちに来られるとそのなんていうか、周りの視線が集まってきちゃうから、その、ね。今は自己紹介の傷が言えてないから、挨拶は後でいいよね。だから今はちょっと抑えてください、お願いしま―
「アカゾメ君?うん!やっぱりアカゾメ君くんだああああああ!凄いキセキだねキセキキセキ!元気にしてた?実はあの後連絡先聞けば良かったあああって思ったんだけどこうして同じ学校になるなんて、キセキだね!運命ってやつだね!うわあああああああ!今日一日、いやこの先運がさいこおおおおおおおう!」
アーーーー。
僕は襲る襲る周りを見た。全員の視線が集まっていた、案の定。
すると、先生が咳払いをして、
「えーっと、もう自己紹介はいいだろ?後は各々聞いてくれ。橘の席はあの一番後ろな。」
と彼女を促した。
今日は先生に何回も救われている気がする。
* * *
その後はこれからの日程の話などをして、一旦休み時間をはさんで英語・数学・国語の主要3科目のテストを行う。その休み時間に僕は後ろからツンツンとされ振り向くとにやにやした表情の為篤がいた。
「なあなあ、どうやってあの子と知り合ったんだよ~。やけに親しい感じだったじゃん。」
僕は恥ずかしかったので、とぼけることにした。
「何?あの子ってだれ?」
「恥ずかしいからってとぼけんなよ~。で、あの可愛い橘さんとはどこで知り合ったんだよ~。」
為篤にはすべてお見通しみたいです。
「はあ…まあいいや、実はね…」
と僕は橘さんと出会った日の話をした。
「―なるほどねー、そういうことか。でも良かったなーアカペラ関係の話が出来る友達ができて。」
「うん。」
為篤は先生からもらった今後の日程のプリントを折って、紙飛行機を作っていた。
「それで、橘さんに言ったのか?」
「何を?」
「いつもの“僕とアカペラやりませんか?”って。」
「…ううん。言ってない。」
「まじで!てっきり言ったのかと。いつもなら少しでも気が合いそうなら誘ってたのに。」
そう、いつもだったら誘っていた。しかし、話が盛り上がりすぎて、その話が一切できなかった…というのもあるが、もしこれで断られたら立ち直れないかもしれないと思ってしまい、言い出すことが出来なかった。
「じゃあ今度こそ俺が言った通りに誘ってみろよ。そんだけ仲が良いならいけるんじゃねーの?」
「うん。頑張ってみるよ。」
そう決意したのだが、橘さんの周りには人が集まっていて話しかけることが出来ずに悶々としていると、休み時間も終わり、テストも終わり、あっという間に放課後になってしまった。
いつものお気に入りリュックに荷物を入れながら深呼吸をした。
「はあ。まあ、明日もあるし、気楽にいこ…」
「…なんの話?」
「わああ!!」
橘さんが急に視界に入ってきたため、変な声をあげてしまった。その反応を見た彼女はフフフと笑った。
「ところでさ、アカゾメ君ってこの後時間ある?」
「まあ、何もないけど。」
今日はずっとニコニコしていた橘さんの表情がさらに明るくなった。
「じゃあさ、えっと、あれ何て言うんだっけ?部屋に入って歌うやつ…」
「カラオケ?」
「そうそれ!カラオケ!行かない?」
急な誘いで驚いた。今日は何回驚かなきゃいけないんだろう。今までカラオケ自体あんまり言ったことが無いので機会があれば行ってみたいと思っていた。
「いいけど、他に誰がいるの?」
「いいや、ワタシとアカゾメ君だけで!」
「…まじで?」
「まじで!!よし、じゃあ行こう!すぐ行こう!Let’s go!!」
僕は言われるがまま、橘さんに腕を引っ張られ教室を出た。
* * *
僕の通っている“今宿学園高校”は今宿中央駅から徒歩10分という距離にある。学校の周りには有名ファミレス店やコンビニなど商業施設が多いが、駅前も色々ある。
僕達は駅前のカラオケ店“ビックボイス”に来た。駅前以外にも安いところはあるのに何故ここ?と尋ねると橘さんは
「ここのアイスがおいしいから!」
とスキップしながら答えた。…今からカラオケ行くんだよね?カラオケでいいんだよね?
“ビックボイス”に到着し、僕達は一番奥の部屋に案内された。そこは二人で使うには十分すぎるほど広い部屋だった。
僕はドアから遠いところに座った。すると橘さんは僕の隣に座り、じっと僕の目を見つめてきた。
「っちょっと、た、橘さん?どうしたの?」
「…。」
僕は返事が返ってこなくてかなり焦った。
「あの、その…」
「…あのさ、アカゾメ君。」
「は、はい、何でしょう?」
緊張のあまり、敬語になってしまった。
すると橘さんはいったん僕から視線を逸らし、ふうと息を吐いた。
「…よし、単剣直入に言うね!」
それを言うなら単刀直入だよ。
橘さんは再び僕を見た。
「―私と!」
…
「私と!アカペラやりませんか!!??」
「……え。」
僕はしばらく固まった。そして―
「ええええええ!僕と!?」
「そう!君と!」
橘さんは立ち上がり、マイクの電源を入れ、それを僕の口の近くまで持ってきた。まるでインタビューされているような感じで。
「それで?どうですか?」
―まさかこんなことになるなんて。寧ろ僕の方から言おうとしていたことを言われるなんて。今日は一体全体何て日だ!!!!!
勿論、僕の返事は決まっている。
「―うん。やろうアカペラ!よろしくお願いします!!」
僕がそう答えると、橘さんは飛びついてきて、こう叫んだ。
「ありがとおおおおおおおおおおおおう!!!!!!!!!!!!」
その時は、やっとアカペラを一緒にやろうって言ってくれる人がいてくれたことの嬉しさから、ハグされたけど恥ずかしくなかった。
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