第4話「もしもすべてが終わったら」

「ねえ、大丈夫? ジュンちゃん」

「……智恵、もういいから帰ってろよ」

「だってジュンちゃん……すごく怖い顔してるよ?」

「いいからっ」


 腕にかけられた手を振り払ったけど、智恵は構わず傍にいた。


「だけどさあ……」


 学校帰りだった。

 ボクらは校舎裏の茂みの陰にしゃがみこみ、職員室の様子を窺っていた。

 男の先生も女の先生もほとんどがジャージかセーターを着ている中、ひとりだけお洒落なスーツを着ているのが校長だ。

 

「そもそもなんだって校長のこと見張ってるのよ」

「……この前さ、見たんだ」

「何を」

「大人の男の人が校長のとこを訪ねて来るのを」

「大人の男の人?」

「よりこさ……ピアノのことを聞いてたんだ。あのピアノの調子はどうですかって」

「……それが何? 業者の人?」

「おまえにはわかんないよ……」


 最初から最後まで説明したって、きっと智恵にはわからない。

 ピアノには頼子さんっていう幽霊が憑いていて、あの男の人はその弟さんで、ずっと……


 ──校長を疑ってた。


 とある未解決事件。

 東京の音楽科の高校で、ひとりの女子高生が殺害された。

 容疑者リストの中には校長の名前もあったが、結果として嫌疑を逃れた。

 時効寸前、地方の学校を転々としていた校長は、いわくつきの品として市場を流れていたピアノを取り戻した。


 真偽のほどはわからない。

 起こった事実を並べるならそれだけだ。

 それだけだが、弟さんは人生を賭けて校長を追っていた。 


「……ジュンちゃんわけわかんない」


 智恵は不満そうに唇を尖らせた。


「わかんなくてけっこう」

「ホント、最近変だよね。歌を歌ってたと思ったらピアノを弾き出して、今度は探偵ごっご? 全然キャラじゃない」

「……合唱会のためだろ」

「──ホントに?」


 智恵はぎょっとするほど強い目でボクを睨んできた。


「ホントーに、そのためだけ?」


 すべてを見透かしたような目。

 男子にはない、女の子に特有の鋭い目に、ボクはタジタジになった。


「まあいいけど……」


 智恵は大儀そうに息を吐き出すと、立ち上がってスカートの裾を払った。


「その男の人、たぶん旅館うちに泊まってるお客さんだから、あとで話しを聞いてあげようか? ジュンちゃんが望むなら、上手いこと言って合わせてあげることも出来るけど」

「ほ、ホントに?」


 ボクは思わず立ち上がり、勢いで智恵の手をとった。

 とたんに智恵は真っ赤になり、唇を変な形に歪めた。


「ひ……必死すぎるんだってば、ジュンちゃん。もうっ」


 ボクの手を振り払うと、逃げるように斜面を駆け下りていった。

 下まで降りたところで、くるりとこちらを振り返った。


「あとでうちに来てね? そんで全部終わったらさ、隠してること聞かせてね?」


 去り際の智恵の言葉が、なぜだか耳に残った。


 終わりってのは何のことを言うのだろう。

 事件が起こって、頼子さんの人生は終わった。

 家族も友人のこともすべて忘れ、たまに見える人がいても触れ合うことすら出来ない。

 もしすべてが解決したとしら、彼女はどんな終わりを迎えることになるのだろう。

 そんなことを考えて、ボクは胸を詰まらせた。

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