Action.23【 夜行バス 】
夜行バスなんかに乗るんじゃなかった!
車内の消灯時間を過ぎても、後ろの座席の女性三人グループがお喋りを止めない。お菓子を食べる音や、時々聴こえてくる忍び笑いが耳について眠れない。それでもウトウトし始めたら、サービスエリアに停車する度にまた目が覚める。
初めて夜行バスに乗ったけれど、運賃の安さで選んだわけじゃない。
前日に夜行バスに乗って、目が覚めたら東京ディズニーランドに着いてるという、寝てる間の移動が気に入って決めたのだが……ああー、今さら後悔しても、もう遅い!
移動する狭い空間の中で、見知らぬ人たちと一緒に過ごすのは、私にとってストレスだった。
私の隣の若い男は、座席をリクライニングさせて毛布を顔までかけて、気持ち良さそうに寝息を立てている。バス旅行に慣れてるというか……こういう無神経さは見習いたいものだ。
夜行バス、真っ暗な窓の外は高速道路に疾走する車が見えるだけ、夜明けにはまだまだ時間はあるというのに……暗い車内で寝ることもできず、私は途方に暮れている。
今までディズニーランドへ行かなかったのは、一緒に行ってくれる人がいなかったせい――。
三年間闘病生活を送っていた母を昨年亡くした。
母と娘のふたり暮らしで父はすでに故人である。当時、私にはゴールイン間際の恋人がいたのだが、母の看病に明け暮れている内に疎遠になってしまい、気がつけば彼は別の女性と結婚していた。
婚期がどんどん
経済的には両親が残してくれた遺産があるので生活には困っていない。それでも家に独りぼっちで居るは寂しいので働きに出ている。近所の歯科医院の受付の仕事を見つけた。一日五時間だけ、気晴らしになるので丁度いい。
ある日、若い
返答に
ネットで検索したら、夜行バスで行くTDL二泊三日のツアーがあったので申し込んでみた、もちろんお一人様のツアーである。
運転手が急ブレーキをかけたせいで、バスが大きく揺れた。
隣の男が胸の上に乗せていたスマホが落ちて、私の足元に転がってきたので、それを拾って元の場所に戻したら「ありがとう」と男の声がした。
てっきり眠っているとばかり思っていたが、彼は起きていたようだ。
毛布から覗いた顔は男のくせにクルリと丸い目、伸びはじめた無精ヒゲがちょっと母性本能をくすぐる。気弱な表情で笑うと、何処となくダメ男のオーラが漂う、そんなタイプだった。
「このバスの運転手は乱暴な運転だな」
「そうなんですか? 私は夜行バスは初めてだから……」
「上手い運転手だとあまり揺れない、下手な運転手だとぜんぜん寝れない」
さっきまで、すやすや寝てたくせにと言いたいところだった。
朝になって目的地のTDLに到着した。
勝手が分からずゲートの前をうろうろしていたら、隣の男が自分はひとりなので一緒に回らないかと声をかけてきた。そうして貰えると助かるとふたりでTDLと、翌日にはディズニーシーを回った。
ジャングルクルーズは楽しかったし、スペース・マウンテンは結構怖かった、アリスのティーパーティにもふたりで乗った。
まさか旅先で知り合った彼氏でもない男性とTDLで遊ぶなんて不思議な気分だった。
「俺さ、彼女とケンカして家を追い出されちゃったんだ」
「あらっ、そんな状況でよくTDLで遊んでいられるわね」
「落ち込んでても仕方ないし、気分転換にTDLにきてみたんだ」
「だけど……早く帰って、彼女に謝った方がいいわよ」
「いいや、もう彼女に未練なんかないさ。けど住むところには困ってる」
男の話によると、仕事は元コックだったらしい。今は無職だが、来月から働き口は決まってるという。彼女に新しい彼氏ができたので、自分から別れたというのだ。――まあ、どこまで本当かは分からないが、何となくこの男が気に入ったことは確かだ。
「あんた、働く気ある?」
「へ?」
「うちの
「はぁ~?」
「ひとり暮らしだし、空いた部屋ならあるわよ」
「ホント? そりゃあ助かる!」
旅は思わぬ出会いが待っている。――そして旅は人を大胆にさせる。
「ねえ、帰りは新幹線にしようよ。途中、伊勢志摩で下車して伊勢海老と松阪牛を食べて帰らない」
「うわ~っ! そいつは豪勢だな!」
「一緒に食べようよ」
そして旅は、新しいレールに乗り換えるチャンスなのだ。
私は夜行バスの旅で、男をひとり拾った!
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