Action.22 【 秘密にしてね 】
「秘密にしてね」という会話ほど、
女同士の会話で「秘密だけど……」と、これを使うと、あっという間に秘密は周知の
商事会社に勤める、
他人の弱みを握れば、いざという時に役に立つ――。
だけど若いOLたちに陰で『お局』と呼ばれて、仕事の以外で智世と会話をする者は誰もいない。
アラフォーの彼女は結婚を諦めて、将来の夢は海外移住することだった。五十までにお金を貯めて会社を辞めたいと毎日ケチケチ生活を送っている。
だから会社の備品をくすねていた。コピー用紙、インクリボン、筆記用具、お茶やコーヒー、トイレットペーパーまで、主任の立場を利用して在庫数を誤魔化す。おまけに取引先がくれた贈答品まで、こっそりと家に持ち帰っていた。
だが、一度だけヘマしたことがある。社内に誰もいないと思って紙袋に備品を詰めて持ち出そうとする所を、忘れ物して取りに帰ってきたOLに見られてしまったのだ。
「今、見たこと秘密にしなさい」
「……秘密ですか?」
「そう、誰にも言っちゃダメよ。分かった!」
智世は怖い顔で睨みつけた。まだ新人のOLは脅えた顔でコクリと頷いた。
二十年も勤続しているのに、わずかな備品くらい貰って何が悪いと罪悪感もなかった。
友人のいない智世は、時々一人でカラオケへ行く。
自前の弁当とお茶を持ち込み、一番安い料金で歌いたい放題にする。若い頃に流行ったアイドルソングを大声で歌ってストレス発散した後、深夜の繁華街をうろついていたら、知っている人物を目撃した。
若い男と腕を組んで歩いていた。サングラスと帽子を被って変装したつもりだろうが、間違いない――あれは早苗だ。
気づかれないように二人の後をつけたら、ラブホのネオンの中に消えていった。
ホテルの前でずっと見張っていると中から早苗が出てきた。イチャイチャしている二人の姿を携帯カメラで撮った。
智世と早苗はかつて同期入社で親しい間柄だった。
その頃、先輩社員だった安西という男に二人して熱を上げた。敏腕な彼は将来出世するだろうと皆に目されている人物だ。
新人から仕事ができる智世と、物覚えが悪く仕事もいい加減な早苗だが、美人で愛嬌があるので男性社員には人気があった。――結局、男は有能な女より、無能でも可愛い女を選ぶものだ。
早苗は安西と結婚して、今は課長夫人になった。
ある時、出張の航空券を届けるために課長の家に寄ったら、上司の妻という顔で早苗に偉そうにされた事を智世は根に持っていた。
出張中の夫の目を盗んで、浮気なんて絶対に許さないから!
翌日、早苗の家に押しかけてホテルの前で撮った写真を見せた。
「お願い! 主人には秘密にして……」
泣きそうな顔で懇願された。
「いいわよ。秘密にして欲しいのなら、それ相当のものを貰わないとね」
智世はニヤリと笑った。――その日から、二人の立場が逆転した。
課長夫人を呼び出し、高級レストランで食事をして、デパートで買い物をする。お金は早苗が全部払う、最後にお小遣いといって五万円から十万円の現金を要求した。そんな関係が三、四ヶ月続いたら、専業主婦の早苗は「これ以上は無理だ」と泣き出した。
「これで最後にしてあげるから、二百万用意して!」と迫った。
残業していた智世に、安西課長から会議室に来てくれと電話があった。
「課長、何の用ですか?」
「ちょっと、これを見てくれたまえ」
と、会議室のテレビに映像を流した。
それは備品を紙袋に詰めて会社から持ち去る智世の一部始終を撮影したものだった。
「これは……」
絶句した。
「浅井さんが会社の備品を持ち出していることを、僕が知らないと思ってたか。以前、君の犯行を見たOLが僕の所へ相談にきたよ」
秘密にしなさいと言ったのに、あの子が課長にバラしたなんて……悔しさで下唇を噛む。
「それだけじゃない。取引先がくれた贈答品まで持って帰っていたね。君のやったことは窃盗と横領。会社に知れたら退職金なしの首だ!」
その言葉に智世は震えあがった。まさか妻の浮気は知らないだろうと、そのことを暴露したら、
「浮気をネタに脅迫されているのは早苗から聞いた。浮気くらいで離婚はしないさ。離婚は出世に一番響くから……妻から巻き上げられた金を全部返すんだ!」
「……返しますから、どうか会社には秘密にしてください」
「分かった。君は有能なので僕のために働いて貰おう。現部長を陥すため秘密を探ってくれ。いいね」
「はい……」
秘密を握られて観念した智世は、課長の要求に黙って頷くしかなかった。
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