Action.9 【 平行線 】
世間では
我が家でも私はコーヒー派だが、旦那と娘はコーヒーをあまり飲まない。特に娘は紅茶派で輸入雑貨のお店で高い紅茶を買ってきては、あーだこーだと
それよりもお手軽なインスタントコーヒーの方が好きなのだ。一日平均三杯は飲んでいる。
キッチンのテーブルで、私がコーヒーを飲んでいると、
「よくそんな《ドブの水》みたいな色したものが飲めるわね」
と、娘に嫌味をいわれた。
「あんたこそ《番茶の出涸らし》に高いお金出して買ってくるじゃない」
負けじと私もいい返す。
「フンだ!」
コーヒー派と紅茶派は、かくして永遠の平行線を辿るのだ。
ふと真夜中に目が覚めて喉が渇いていたので、階下に降りてキッチンのドアを開けたら、話声が聴こえてきた。
ドアを細めにして中を覗いてみたら……。
「あの子とは絶対に仲よくできないわ!」
「まあまあ落ち着いてください」
キッチンのテーブルの上に、握り拳くらいの小さな人物が二人いた。真っ黒な女の子と白い髭を生やしたお爺さんだ。いったい彼らは何者なのだろう?
好奇心から私は覗き見を始めた。
「だって、いつもバカにするんだもの」
「たとえば?」
「あたしが黒いから《ドブの水》って呼ぶのよ。失礼しちゃうわ!」
あっ! その
「この爺が程良い
「フレッシュ爺や、おまえだけがあたしの味方ね」
「シュガー男爵もおられますぞ」
「あの男はいろんな飲みものに甘い言葉を
「爺は、カフィー姫様だけに忠誠を誓っております」
「おほほっ、嘘おっしゃい!」
その時、ブラウンのレースを纏った何者か現れた。
「わたくし、イギリス生まれの由緒正しき紅茶ですわ」
「おまえはティーお嬢様」
「まるで《ドブの水》みたいに真っ黒なカフェ姫と、嘘つきフレッシュ爺やの
ティーお嬢様は気取った態度でお辞儀をした。
「ワシを嘘つき呼ばわりとは……」
「フレッシュは紅茶に垂らしてもミルクティーになりますわよ」
「そ、それは……」
「フレッシュはコーヒーだけじゃなくて紅茶にも使います。だけど、わたくしは爺やなんか居なくても、レモンやアップル、ローズとだってコラボ出来ますの。ブランディーを
「なによ! あんたなんか《番茶の出涸らし》のくせして」
「フンだ!」
カフィー姫と紅茶お嬢様はお互いソッポを向いた。
「シンプルなお茶が一番!」
そこへ《緑茶》と書いたはっぴを着た男が現れた。
「ミルクや砂糖を入れて味を誤魔化すのは邪道だ!」
「あら、茶太郎。あんたの親戚の抹茶の君は牛乳さんと結婚して〔抹茶オーレ〕になったわよ。巷では大変な人気だそうよ。おほほっ」
「あんな奴はもう親戚じゃない! おいらは自分を
茶太郎が怒って紅茶お嬢様にいい返した。急にフレッシュ爺やが泣き出した。
「うわーん。ワシを許してくれ! みんなを
「どうしたの爺や?」
「フレッシュミルクと名乗っておるが、ワシは植物性のミルクなんじゃあ。牛乳が入ってない
「ええぇ―――!?」
爺やのカミングアウトにみんな驚いた。
「こんな情けないワシはもう消えて無くなりたい……」
そこへ二階から誰かが下りてくる足音がしたので、私はカーテンの陰に隠れた。うちの旦那だった、彼は勢いよくキッチンのドアを開けると、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、大きめのコップに
「プハーッ、やっぱ水が一番うまい!」
そう叫ぶと彼は二階へ戻っていった。あまりに美味しそうに飲むものだから、私も水を飲んでから寝ることにした。
朝、キッチンで紅茶を飲んでいた娘に昨夜の話をしたら、
「はぁ? 何よ、そのあんぱんマンみたいな展開は……。お母さん寝ぼけてたんじゃないの?」
すっかりバカにされてしまった。でも確かにそうかも知れないなあーと自分でも思う。
コーヒーを飲むために私はお湯を沸かし、冷蔵庫を開けてフレッシュを探すが、どこにも見当たらない。
「あれ? コーヒー・フレッシュがない」
「私も探したけどなかった。だからミルクなしで飲んでる」
ブラックは苦手なので、私は牛乳をレンジでチンしてカフェオレにした。
「お母さんたら、いつも安物の植物性のフレッシュばっかり買って来るでしょう? たまには生クリームを買ってきてよ」
娘に文句を言われた。
もしかしたら偽者のミルクとバレたのでフレッシュ爺やは姿を消したのかも知れない。……ふと、そんなことを思った。
「紅茶はお茶なんだからシンプルに飲めばー」
「コーヒーの底の見えない腹黒さが嫌い!」
ああ、今日もまたコーヒー派と紅茶派は、平行線のまんまだ。
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