Action.7 【 紅葉さんと若葉ちゃん 】
この会社に勤めて二十五年になる。
夫婦なら銀婚式だが、私は結婚もしないで、この中堅商事会社でずっと働いている。若い子たちは私を『お
だけど二十五年も総務やってたら、奴らの弱みをいろいろ握ってるんだから甘くみないことよ。
不況のあおりで新規採用がなかったが、三年振りに我が社に新人社員がきた。
そして
まず礼儀正しく、素直で明るい、呑み込みが早く、頭の回転もいい、それでいて謙虚だし……お局の私としてはイビル題材が見つからない。
今まで新人をイビってストレス発散していた私にとって、こんな完璧な新人はかえって迷惑なのよ。……あれ? 私、なんか変なこと言った?
私こと『お局の名に賭けて』一度は泣かせないと気が済まないわ。
まず、新人にしつこく小言をいう。
「ちょっと、新人さーん」
「はーい」
「あなた、給湯室でお茶淹れたでしょう?」
「はい」
「ポットの周りにお湯がこぼれてたし、茶がらもシンクに貼りついて汚いわよ。もっときれいに使ってよね」
私がブチブチ文句を言いだすと、
「スミマセンでした。すぐ片付けてきまーす!」
雑巾を持って給湯室に走って行った。これじゃあ、文句も言う暇もない。
それじゃあ、慣れない仕事をやらせてみよう。
「新人さん、今から来客用の菓子を買って来てちょうだい」
「はい。わたし一人で、ですか?」
「そうよ。必要なことはメモしてあるから。お昼から来客があるから急いで買ってきて、領収書も忘れないでよ」
不安そうな新人さんにお金を渡して総務課から追い出した。
この辺りに土地勘もないしウロウロして迷っているに違いないと、私は内心ほくそ笑んだ。
そして、三十分後に、
「ただいまー」
紙袋を提げて帰ってきた。
「あら、ずいぶん早かったわね」
「はい。スマホのグーグルマップを見ながら行ってきました」
「……そう」
まさかそんな手があったなんて……メカ音痴の私は知らなかった。
「検索して安いお店が見つかったので、そこで買ってきました」
品物は間違いなく、いつもの菓子を20%OFFで買って来てたわ。
手強い新人めぇ! こうなったら……奥の手よ。
「新人さん、山田部長に来客の時間が早まって十三時に来られますと内線で伝えておいて」
「はい」
フフッ、嘘の時間を教えて山田部長に叱られればいいんだ。
お昼の休憩時間、トイレに籠っていると女子社員が三、四人化粧直しにやってきた。――トイレの中で私は聴き耳を立てる。
「新人さん、もう仕事に慣れた?」
「はい。少しだけ……」
「あのイジワルなお局によく我慢してるわねぇー」
「新人イジメが趣味みたいな人だから、みんなに嫌われてるのよ」
「あんな糞ババアにだけはなりたくない!」
私をネタにトイレの外は爆笑の渦だった。
私は便器にしゃがんだまま怒りで身体がワナワナ震えた。
「……先輩をそんな風に言わないでください。何も分からない新人の私に仕事を教えてくれて感謝しています」
新人だけが私の肩を持ってくれた。
「そうなの? でも新人さんは、あのババアの怖ろしさを知らないだけよ」
「そうそう。新人泣かせるのが好きなドSおばさんだし……」
などと雑談しながら、女子社員たちはようやくトイレから出て行った。
個室の中で私は《あの子に悪いことをしたなぁー》と少し反省していた。
いきなり山田部長が怒って総務課へやってきた。
「来客は十三時に早まったと内線で知らせた奴は誰だ?」
一階のロビーで来客を待っていたが来ないので問い合わせてみたら、時間変更などしてないと言われたらしい。
「はい。私です」
新人がオドオドしながら答えた。
「おまえか? 新人だな? なぜ、そんな嘘を伝えたんだ」
「す、すみません……」
「謝って済むか! いい加減な奴め!」
凄い
「ちょっと! 山田部長」
思わず、口を突っ込む。
「なんだぁ?」
「部長は私より一年後輩でしたよね? 新人の頃はよくヘマしませんでした? 私が
部長の過去の失敗談を言いだしたら、慌てて「ああ、分かった。以後気をつけたまえ!」総務課から逃げていった。
「先輩、ありがとうございます」
「いいのよ。私が間違った時間を教えたから……」
「いいえ、私の聴き間違いでした」
「新人さん、あなた……」
「私、
「若葉ちゃん」
「先輩は
「
「ううん。とっても素敵な名前です!」
新人とお局、二人で若葉マークと紅葉マークだ。こんな新人だったらお局さまも勝てない!
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