第2話 そこでタバコを吸う?(妹観点)

 数日前。

「ねえ、今度の日曜日に合コン行かない?」

 高校二年生になって一ヶ月が経った頃、あたしはクラスの友達から初めての合コンに誘われた。

 胸中に嬉しさと不安の両方が駆け巡る。

「合コンってことは男の人が来るんだよね? どんな人が来るの?」

 尋ねると、友達は得意気な表情をした。

「聞いて驚かないでよ。相手方はね、全員K大生なんだよ」

「え、それってすごくない?」

 あたしは、またも驚かされる。

 K大といえば国内トップクラスの大学だ。そんな桁違いに頭の良い人たちと合コンをする日が来るとは思ってもみなかった。

 友達は嬉々と語る。

「だからすごいんだって。超ラッキーなんだって。わたしの親戚の友達にK大生と仲良い人がいてね、何人かフリーの人を紹介してくれるって約束してくれたの。ね、すごくない? エリートだよ。あと何年かしたら官僚とかになってるかもしれない人たちだよ。上手くすれば人生勝ち組だよ」

「う~ん、確かにその可能性もなくはないけど、あたしは付き合うなら、まず性格が大事かな。いくらエリートでも変な趣味の人とはね……」

「大丈夫だって。偏差値メチャメチャ高い人たちばっかりなんだから。変な人なんかいないって」

「まあねー」

 知らない男の人という不安はあるものの、やはりK大ブランドは魅力的だ。

 この機を逃すと、もうこんなお誘いはないかもしれない。

「それに、合コンは昼間喫茶店でするから帰りが遅くなる心配もないよ。ちゃんと高校生ってことは考慮してくれてるから。お酒飲まされたりもしないし。ね、行こ?」

 友達はしきりに勧めてくる。こうまで言われて断る理由はない。

「うん、わかった。じゃあ、行く」



 というわけで日曜当日。

 友達三人とあたし、計四人で合コン会場である喫茶店に足を運ぶ。

 いかにも若者向けといった明るくておしゃれな雰囲気のお店だ。

 連絡役の友達が名前を告げると、店員さんが奥の個室に案内してくれる。

 だんだん緊張してきた。

 あたしたちは横一列でテーブル席に着き、メニュー表を見ながら相手方の到着を待つ。

 しばらくして、四人の男性が個室に入ってきた。

 四人とも見た感じは派手過ぎず地味過ぎず、爽やかなタイプだった。特別エリートといった感じはしない普通の大学生だ。あたしたち高校生が相手でも不釣り合いには見えないだろう。

「こんにちはー」

「今日は来てくれてありがとうございます」

 まずは高校生側があいさつをする。

「いやいや、俺らも楽しみにしてたから」

「今日は何でも注文してね」

 大学生たちは明るく返してきた。

 少なくとも変な人はいなさそうなのでホッとする。

 楽しい合コンになるといいな。

 大学生四人が席に着くと、すぐに店員がやってくる。

「失礼いたします」

 メニュー表とお水とおしぼりが各自に配られる。

 その後、「ご注文がお決まりになりましたら――」というお決まりのセリフがくるかと思いきや、大学生の一人が言う。

「すみません、灰皿二つ」

「かしこまりました」

 テーブルの上に黒い灰皿が二つ置かれる。

 え……。

 信じられない光景に、サッと血の気が引いた。

 うそ、ここって禁煙じゃないの?

 室内を見回す。どこにも禁煙表示がない。

 大学生二人が早速ポケットからタバコを出す。

「ちょっと!」

 あたしは声を上げ、勢いよく席を立った。

「ん?」

「どうしたの?」

 二人は目を丸くして、タバコに火をつける動作を中断する。

 どちらも自分の行動に何の疑問も感じていない表情だ。

「あ、あの、ここでタバコを吸うんですか?」

 恐る恐る尋ねると、タバコを手にした大学生二人は、さっきあたしがしたように首を振って室内を見回した。

「ええと、ここって禁煙じゃないよね?」

「喫煙OKなはずだよ。灰皿あるんだし」

 そういう問題ではないことに二人は気付かない。

 なんて無神経な! 空気読めなさ過ぎでしょ。

 隣の席の友達がフォローしてくれる。

「ごめんなさい。実はこの子、タバコの煙が苦手なんですよ」

「あ、そうなんだ」

「じゃあ席代わる? こっちの二人は吸わないから席そっちにしてさ、それで君が一番向こうの席に座れば大丈夫だろ?」

「はぁ?」

 彼らの的外れな発言に、あたしは耳を疑った。

 目の前に嫌がっている人間がいるのに、吸わないという選択肢はこれっぽっちも浮かばないらしい。こんな狭い個室で席位置なんてほとんど関係ない。それで気を遣ったつもりでいるとは間抜けとしか言いようがない。

 少しの間あきれて物も言えないでいると、大学生の一人がしびれを切らし、断りもなくタバコに火をつけた。

 声を上げる間もなかった。

 数瞬後、ツンとした刺激臭が鼻を襲う。頭がクラっとくる。

 気持ち悪い……。こんなところにいたら、すぐに頭が痛くなる。

「もう帰ります!」

 返事も待たず、あたしは店から飛び出した。



 なんなのあいつら。頭悪すぎでしょ。あれで大学生だっていうの? しかもエリート? 

 あんなのが将来の官僚とか絶対あり得ないし。

 あたしの中でK大のブランドイメージは完全に崩れ去った。結局、彼らはテストで点数を取るのが得意なだけの人間だったのだ。成績と品性は必ずしも一致しない。そんなことくらいわかってはいたが、あそこまであからさまに見せ付けられるのはショックだった。

 歩きながら時々振り返ってみるが誰も追ってこない。携帯メッセージも送られてこない。

 失望されてしまったのかもしれない。もう会うこともないであろう大学生たちはともかく、友達に見捨てられるのは辛い。

 あたし、何も悪いことしてないのにな……。

 とにかく、このままではいけない。あたしは友達に謝罪のメッセージを送った。


『せっかく誘ってくれたのにごめんね。あたしのことは気にせず、みんなで楽しんでね』

 

 ひとまずはこれで返事を待つ。

 時刻は午後四時過ぎ。

 どこかでお菓子でも買って帰ろう。

 そうして街中を歩いているうちに、ツンとした刺激臭が鼻についた。

 またか……。

 前を歩いている男性が歩きながらタバコを吸い始めたのだ。

 大の大人がなんでそういうこと平気でするかな? 罪悪感とかないのかな?

 このまま後ろを歩いていては延々と煙を吸わされることになる。冗談じゃない。

 あたしはハンカチで鼻と口を押さえ、早足で男性を追い抜いた。

 ――が、すぐに赤信号に捕まる。

 振り返ると、歩きタバコの男性が無遠慮に近付いてくる。

 あー、もう!

 あたしは遠回りを覚悟で進路を変えた。意地でも煙を吸わされたくなかった。

 ところが、すぐに後悔することになる。

 そこにも歩きながらタバコを吸う人がいたのだ。

 まったく、どいつもこいつも! わざわざ遠回りまでして回避したのに、そこでも待ち構えてるって、どんな嫌がらせ? なんか恨みでもあるの? 

 あたしはヤケになって駅まで走った。

 

 

 一秒でも早く帰りたいところではあるが、喫茶店で何も口にしなかったから、おやつくらいは買っていきたい。

 電車を降りてから家までの途中にコンビニがある。

 コンビニのお菓子は高いから普段は買わないが、これ以上遠回りをしたくないので今日のところは寄っていくことにする。

 ――つもりだったのに、またも邪魔者が配置されていた。

 コンビニの扉付近でタバコを吸っている人がいるのだ。

 あたしはガックリと肩を落とす。

 あのさぁ、なんでそこで吸うかな? そんなところで吸ってたら、店に出入りする人みんな煙吸わされるじゃない。ここを通りたければ俺の煙を吸っていけとでも言いたいの?

 そこに灰皿を設置してるお店もお店だよ。もっと扉から離れたところに設置してよ。

 今コンビニって大半がそうなってるでしょ。

 店長さん、自分の店が遅れてるって気付いてないの?

 滅多に寄らないコンビニなので、出入り口タバコのことをすっかり忘れていた。こんなことなら電車に乗る前に何か買っておけばよかった。だけど、今さら後悔しても遅い。

 どうしよう。

 息を止めて早足で入るか。

 あの人が吸い終わるまで待つか……と考えている間に、また一人吸い始めた。

 扉付近にもうもうとした煙が漂う。あれでは口と鼻を防いでも、服と髪に匂いが付く。

 かといって、屈んで通るわけにもいかない。そんなことをすれば、あの喫煙者が怒って絡んでくるかもしれない。

 ……やめよう。

 こんな店にお金を落としたくない。

 もういいや、帰ってお茶でも飲もう。お煎餅くらいは家にあるでしょ。

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