4.女の人って難しい

 週末、おれはバイクを「神尾道場」に走らせた。

 お邪魔すると前もって電話したら、なぜか透も連れていく話の流れになったから、相棒を腰にしがみつかせての運転だ。


 春のほんわかとした陽気の中、風を切って走るのはすごく気持ちいい。バイク乗りにしか味わえない爽快感だ。

 停車すると、もわっと暑いのもバイク乗り独特、かな。


 そんなこんなで、神尾家の前に到着だ。


 京都の南部、奈良県に近いこの辺りは、田んぼや畑の中に古い家が建ち並んでいたけれど、最近になって新しい住宅が建ってきて新旧入り乱れてるって感じだ。


 神尾家はひときわ古い家で結構目立ってる。

 でもおれは、こういう雰囲気は結構好きだ。うちも古いから、なじみがあるのってのもあるんだろうな。


 門をくぐると手入れが行きとどいた小さな庭があって、右手奥に引き戸がある。

 扉の横の呼び鈴を押すと、「はーい」って応える声がした。

 この声は、沙夜香さやかさんだな。


 玄関の引き戸がカラカラと音を立てて開くと、やっぱり、沙夜香さんがいた。

 おれより一歳年下だけど、大人っぽい女性だ。さらさらしてて、きっと触りごこち良さそうな長い黒髪と、落ち着きのある立ち居振る舞いが、実年齢よりも上に見せているんだろう。


 でも前に、褒めたつもりで言ったら怒られた。年より上に見えるってのは女性には褒め言葉どころかけなされてるように取れるんだってさ。そんなことないと思うのになぁ? 女の人って難しい。


「いらっしゃい信司くん。あ、そちらが水瀬くんですね。はじめまして、神尾沙夜香です」


 沙夜香さんは、おれにはくだけた感じで、透には丁寧に挨拶した。切り替え早い。


「あ、はい。水瀬透です。はじめまして」


 透も沙夜香さんにつられるように改まってぺこりと頭を下げた。


 おれらは沙夜香さんに案内されて神尾家の居間に通してもらった。

 神尾家は、さすが旧家って感じのどっしりとした家構えで、柱や壁なんかも年季が見て取れる。

 三人が廊下を歩くと、みし、みしっと廊下が鳴る。

 家の中に入って行くと、古くなった木のにおいが濃くなってきた。


 居間では、おっちゃんこと神尾家の当主、たけしさんが木製の卓の前でお茶をすすってる。四十代に入ったか、ぐらいのおっちゃんは、昼間から酒を飲むのも当たり前って剛毅な人だけど――ついでに見た目も熊みたいにごっついけど――今日は大人しくお茶にしていてくれてよかった。


 前に来た時は、晩酌ならぬ昼酌でいい気分になったおっちゃんに絡まれて大変だったっけ。「ちょっと酒を飲んだぐらいでお主には負けぬわ!」って言いきられたから試しに道場で試合したら、本当にボコられちゃって、結構ショックだった。


「こんにちは、おっちゃん」

「おぉ、よく来たな信司くん。そっちが水瀬くんか。信司くんがいつも世話になっておるそうだな」

「あ、いえ、お世話になっているのはぼくの方です」


 透は、ぴょこんと頭を下げた。


「ふふ、若いのにしっかりしておる。二人とも、まぁ座ってゆっくりするといい」


 勧められて、座布団に腰を下ろしたおれらは、おっちゃん達と話を楽しんだ。

 おれがこの家にお世話になっていたころの話とか、透は興味深そうに聞いている。


「なるほど。『神尾道場』は空手の道場だけれど、『風禊かぜみそぎ』は武術のひとつ、ということですね」

「うむ。信司くんには風禊を習得する筋があると見て、そちらを教えたのだ」


 風禊は、主に足を使う打撃技系で、手に御札なんかを持って戦うのにも向いている。ここに来た時はそんなことは全然考えてなかったけれど、結果として今のおれにあった流派だったわけだ。

 動き方や攻撃なんかも相手の意表を突くものが多くて、空手より「実戦」を意識している感じだ。

 空手は武道、風禊は、いわゆる古武術に位置するって感じでいいのかもしれないな。


「見込み通り、成長は早い方だったな。と言っても、まだまだ沙夜香にも勝てぬだろうが」


 うぅ、耳に痛い指摘だ。

 沙夜香さんは師範代で、おっちゃんが師範なんだけど、言われた通り、今でも沙夜香さんの足元にも及ばない。

 兄貴の手伝いをするには、武術にも長けてないと、なんだけどな。


「へぇ、すごいんですね沙夜香さん」


 透が尊敬のまなざしで見ると、沙夜香さんは恥ずかしそうにもじもじしてる。


「そんな、すごいなんてことは……、そ、そう言えば、水瀬くんが信司くんと知り合ったのは格闘大会だって聞いたけど、どんな感じだったの?」


 話をそらしちゃった。強いって褒められてるのに、そんなに恥ずかしいものなのかな。

 これを聞くと、また怒られそうだから、今は聞かないけど。

 やっぱり女の人って難しい。


 透は「実はあんまり大きな声では言えないんですけど」と断った後、おれと出会った時の状況を話し始めた。


「ぼくの家は、父親が早くに亡くなって、母が無理をして体調を崩してしまって、今も入院中なんです。だからバイトで、いわゆる闇大会に出てたんです。信司さんとは、その大会で会いました」


 そうなんだよ。透のところは彼を頭に、男、女、男、女の四人兄弟で、それまでの貯金と生活保護だけじゃ苦しいからって透がこっそりアルバイトをしている。もちろん、子供が働くのは特別な場合以外はアウトなのも、闇大会は暴力団とかがからんでる事がほとんどで、とても危険なのも承知の上で。


 おれは修行のためにと出ていた闇大会の決勝戦で出会った透の、そんな話を聞いて、力になりたいって思ったんだ。だからおれの相棒として雇ってほしいって兄貴に頼み込んだ。

 それが、透とおれとの出会いだ。


 透がかいつまんで話すと、おっちゃんが感心したようにうなった。


「ふむ、そこで自分の相棒に、とは信司くんらしいな」

「困ってる人を見ると放っておけないのよね」

 沙夜香さんも納得顔でうなずいている。


「うん。だから、なのかな。全国を逃げ回っている頃も、よくトラブルを抱えた人に出会ったっけ」


 頭を掻いて言うと、沙夜香さんが笑った。


「人助けもいいけれど、ほどほどにしないと」

「信司さんのお人好しなところは筋金入りということなんですね」

「そうよぉ、水瀬くんも相棒なら覚悟しないと」

「ちょ、二人ともそんな大げさな」


 居間が和やかな笑いに包まれた。


 その時、おれの鞄の中に入れてある携帯電話が鳴った。

 ちょっとごめん、と周りに断って、少し離れて鞄をごそごそやって、携帯を取り出す。

 知らない番号だ。けど、急を要するかもしれないし、出てみないと。


「もしもし?」

『あ、あの、信司さん、ですか?』

 若い女の人の声だ。聞き覚えがあるな。えーっと……。

『以前、旅館の除霊でお世話になりました峰岸です』

「あー! 愛知の、知美さん。あれからどうですか?」

 何カ月か前に除霊に行った旅館の仲居さんだ。


 話を聞いていると、あれから霊は出ないらしい。おれでも除霊できるぐらいの力の弱い霊だったから大丈夫だろうとは思っていたけど直接聞くと安心するな。


「……誰?」

「多分、ちょっと前の仕事のところの人だと思います」

 沙夜香さんと透がひそひそやってるのが聞こえてきた。

「また何かあったのかな」

「話してる感じだと、大丈夫そうですが」

「じゃあ、なんでわざわざかけてくるの?」

「もう大丈夫って報告かもしれませんよ」

「ふぅん。……女の人よね。美人だった?」

「えっ? ぼくの主観だと、かわいい感じの人でしたけど……」


 何を話してるんだか。けど、透ってああいう感じの人が好みなんだな。


 電話を終えて透達に視線を戻すと、複雑そうな顔の透と、笑ってるけど、どうしてか目が笑ってない沙夜香さんがいた。


 え? 何? 怒ってる?


「そうだ、信司くん。久しぶりに手あわせしようよ」

 目が怖い沙夜香さんがにこやかに誘ってくる。


「どうして急に?」

「どうしてもこうしても、信司くんがどれだけ強くなったのか確かめるためよ。お兄さんに早く追いついて手助けしたいんでしょ?」

「それはもちろんそうだけど、何を怒ってるの? あ、話を切って電話に出たから?」


 だったらごめん、と言いかけたおれより早く沙夜香さんが大げさに首を振った。


「怒ってないわよぉ? 信司くんがかわいい女性と電話して鼻の下伸ばしてたって、わたしには関係ないんだもんね」

「そんな、鼻の下なんか伸ばしてないよ。透、何とか言ってくれよ」

 助けを求めたけど、透にはなぜだか呆れられてしまった。

「信司さん、判らないんですね。初対面のぼくでも判ったのに」


 え? 何が? 何を?


「じゃあ、おっちゃん――」

「手あわせ、大いに結構ではないか。頑張るがよい」


 かっかっか、って笑われた。

 一体何がどうなってんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る