3.ビジネスだからしょうがない
正直言って、今回みたいな仕事は好きじゃない。
今、おれはとある会社の応接室にいる。時間は夜の八時。
今日は透はいない。夜に中学生が働いているのを会社の人達に見られるのはまずいから。
退魔師としての正装、袈裟を着て
兄貴から言いつかった仕事は、この会社の給湯室に「出る」ってウワサの幽霊を除霊してこい、ってもの。
でも多分いないと思う、って兄貴は言ってた。
なら、何をするのかって言うと、除霊する「ふり」だ。
いない時にも、はっきり「いない」って言っちゃいけないんだってさ。
なんでも、他の退魔業の連中から文句が来るらしい。
霊はいないって前例を、うちみたいな日本で一番って言われてる退魔のお家が作っちゃうと、世間に「やっぱり霊はいないんだ」って印象をより強く持たれるから、同業者の仕事に支障が出るんだそうだ。
退魔するふりをして料金をもらうなんて、すごく気が引けるんだけど。
兄貴に言わせれば、ビジネスだからあり、なんだそうだ。ビジネスとして見れば、こういうケースはむしろありがたいとも言ってる。
そりゃ危険なこともなくて金が入ってくるんだもんな。理屈は判るけど。
「本日は、お忙しいところありがとうございます」
ちょっと、いやかなり頭のてっぺんが薄くなってきてるお偉いさん達が、ぺこぺことお辞儀をするから、電気の光を軽く反射した頭頂部がテラテラ動く。思わず笑ってしまいそうになるのをぐっとこらえる。何気に我慢大会を強いられてしまった。
「いえ、兄の亮は本日所用により、弟である私が名代としてまいりました。富川信司と申します」
兄貴の出る幕じゃない、なんて言えないのも、ビジネスだな。
おごそかな感じがでるようにゆっくりと頭を下げて、また視線を戻すと、さっきより高速で頭頂部がテラテラしている。
……我慢だ、我慢。
「富川家のご当主様がご多忙であることは聞き及んでおります。弟様がお越しいただけただけでも、とてもありがたいことです。お兄様に負けず劣らずの退魔師だとかで、心強い限りでございます」
高速お辞儀と歯の浮くようなお世辞もビジネス、ビジネス。
「早速ですが、幽霊が出ると言われている給湯室はどちらですか?」
話を切り出すと、お偉いさん達は歩きながらもへこへこして、給湯室に案内してくれた。
この人達、実はコメツキバッタの生まれ変わり?
あ、ダメだ、おじさん達が頭ツルツルのバッタに見えてしまって、自分で自分の思考にツボりそうだ。
我慢だ、我慢。
気をそらすために会社の中のあちこちに視線をそらせる。
そんなに大きな会社じゃなくて、仕事場だと思われる事務所の中も、ちょっと質素な感じだ。築数十年といったところの壁や天井も、薄汚れがぽつぽつある。廊下は特に、そんなに照明が強いわけでもなくて暗めな感じだ。
「そう言えば、今日は会社の方々は……」
ふと疑問に思ったことを口にしてみた。
「今日は早くに帰らせました。富川様のお仕事のお邪魔になってはいけないので」
「では、普段はこの時間にはいらっしゃる、と」
「はい。仕事があれば残業しております」
なるほど、こんな暗めなところで残業なんかしてると普通の人にとっては寂しいだろうし、怖いかもしれない。幽霊の話が出ても全くの不思議ってわけじゃない。
少しして、給湯室についた。
「こちらでございます。散らかっていて申し訳ございません」
バッタおじさん達の高速お辞儀は見ないようにして、おれは給湯室を見回した。
そんな謙遜するほど散らかってない。むしろ綺麗な方だ。きっと一生懸命掃除したんだろうな。
悪い霊の気配は、はっきり言って、欠片もない。
それでもおれは「仕事」として、じっくりと見聞するふりをする。
格好がつくから持って行けと兄貴に言われた錫杖を、わざとらしく掲げてみたりする。
ちなみにこれは簡易なやつで、儀式用の錫杖はもっとゴテゴテしていて無駄に豪華だ。おれが来ている袈裟も動きやすいタイプで、儀式用はもっと、以下略ってとこ。
「……今は、ここには霊はおりません。が、霊の通り道である
もったいつけて言うと、お偉いさん達はこれでもかってぐらいに目を見開いて、口をわななかせた。
あーあ、嘘つかないといけないのは、ほんと心苦しい。
「ですから、霊達がこちらを避けるよう、お祓いをいたします」
「よっ、よろしくお願いいたします!」
今までの愛想笑いじゃなくて、すごく必死な顔のおじさん達。
そりゃそうだよな。退魔師の国内一の家から来たヤツに、会社が霊の通り道にあるなんて聞かされたらビビるよ。
さて、形だけでもお祓いを済ませるか。
格好つけの錫杖を傍らに置いて、お祓い用の
格好は僧侶だけど、仕事は神道に近いんだ。
日本には「神も仏も」なんて言い方があるけど、まさにそんな感じ。退魔の仕事に神も仏も区別はない、らしい。
給湯室の片隅に清めの塩を盛り、
時間にして約五分、といったところかな。
お祓いを済ませ、「終わりました。これでもう安心です」と言いながら、お偉いさん達に頭を下げると、二人は土下座でもしかねない勢いで腰を折って深々と頭を下げた。
「また何かありましたら、いつでもご相談ください」
「はい、本当にありがとうございました」
おじさん達の笑顔がまぶしい。ついでに頭頂部もやっぱりまぶしい。
……こんな簡単な儀式で、あんなに笑顔になってくれるなら、まぁこの仕事にも意味があった、ってことかな。
そんなことを思いながら、格好つけの錫杖を手にして、会社を出る。
会社が呼んでくれたタクシーに乗り込んで、なんとか無事に終わったことに安心する。
ヘマはなかったか、と仕事のことを思い起こすと、ふと、コメツキバッタおじさん達のへこへこっぷりが思いだされて、つい、ちょっとだけ声を漏らして笑ってしまった。
タクシーの運転手さんの怪訝そうな顔がルームミラー越しにこっちを見てる。
あぁ、変人を見るようなその視線ヤメて!
だめだ! ここで大笑いしちゃ駄目だ!
我慢大会は家に帰るまで続くのだった。
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