2.怖かったから逃げ出した
除霊をすませた次の日の夕方、学校帰りの透が「富川探偵事務所」にやってきた。
ここは兄貴が経営する探偵事務所だけど、実質、探偵業ではほとんど客は来ない。
京都市にぎりぎり入ってますよ、的な
だって兄貴は探偵じゃなくて、退魔師だから。
ならどうして探偵事務所なんて開いてるかっていうと、「職業は? と聞かれて退魔師です、って答えるより探偵ですって答えた方が、うさんくささが少ないから」だそうだ。
なんだそれ、だよな。
「水瀬くん、昨夜はご苦労さんだったね」
兄貴がにこにこと笑って透をねぎらってる。
この人は、素になるとキリっとしててかっこいい、ってかかっこよすぎて怖い部類だけど、こうやって笑ってると人当たりのいいにーちゃんだ。
おれらは事務所の真ん中にある応接セットのソファに座った。兄貴の向かいにおれ、透はおれの隣だ。
昨夜のことは、おれから兄貴には報告している。兄貴は透からも話を聞いて、二人の話に食い違いがないか確かめるつもりだ。
身内の報告だけで済ませない、すごくしっかりした性格は、さすが富川家の当主だなと思う。
透も心得ていて、挨拶の後は早速、昨夜の仕事の話をする。
トラブルもなかったから、報告はすぐに終わったけどね。
「なるほど。今のところは様子見かな。よく判ったよ。ありがとう」
兄貴は、うんうんとうなずいて話を終わらせた。
「ところでさ、おれが霊気をシンクロさせなくても透にも霊体が見れるようにはならないかな」
ちょっと前から仕事中に感じていた不便を、兄貴に訴えてみた。
「うーん、霊気を操れなくても霊体が見られるようになる道具が、あるにはあるんだけど。もうちょっと待って。いくら協力者だからって家以外の人に貸すとなると、ふるだ……、いや、親戚がうるさいから」
「今、古だぬきって言いかけただろ」
「あははー、なんのことかなー」
兄貴はわざとらしく笑ってそっぽを向いた。口笛まで吹いてる。
まったくこの人は、今年二十二だってのに、ごまかし方が小学生か。
「ま、古だぬきって悪口言いたくなるもの判るくらい、うるさい連中なのは確かだけど。外部がうんぬんってのもだけど、おれのこともまだ信用してないんだろうし」
言うと、兄貴が苦笑した。やっぱりそうなんだな。
「信司さんが信用されてないんですか? そう言えば、家出をしていたことがあるとは聞いていますが、そのせいなんですか?」
詳しい事情を知らない透が小首をかしげている。
おれは兄貴を見た。さすがに富川家の内情に関わってくることだから兄貴の許可がないとな。
「水瀬くんは信司と一緒に働いてくれてそろそろ半年だね。ある程度ならもう話していいと思うよ」
お許しが出た。
だったら、かいつまんで話そうか。
富川家は、昔っからある退魔師の家系なんだ。この界隈で国内一番の力の強い家って言ってもいいくらい。
で、そういう家は例外なく、いろいろとウルサイんだよ。
そのウルサイ決まりの中で、富川家の退魔師になるために必ずやらなきゃならないことの一つに「継承の儀」ってのがある。
自分につき従う式神と契約するための儀式だ。
式神って一言でまとめちゃってるけど、
儀式で目の前に現れる式神は、その人の潜在能力によって変わるらしい。そう、力が強けりゃ強い式神がくる。
でもそれって、資質に関わることで、その時の力と釣りあってるわけじゃないんだ。
つまり力が開花していないのに、すっごく強いのとぶち当たることもある。
それで、一番上の兄貴が死んで、姉貴が精神崩壊した。だから今は亮兄貴が事実上の長兄になってるんだけど。
兄貴の式神はそれはもう強いのばっかりで。うんそう、複数いるんだよ。兄貴すごいからな。
っと、話がそれた。
その、兄や姉が次々に死んだり狂ったりしてったのが、おれが中学に入った年だった。
このままだとおれも儀式を受けないといけない。おれも死んだり狂ったりするのか、って考えたら、怖くなったんだ。で、逃げ出した。
もちろん「怖いから逃げちゃった、てへ」なんてのが通じる家じゃないから、追手がいろいろとやってきた。
それで、うちの一族の気配を察したらその場から離れて、ってやって全国あちこちに逃げ回ってた。
だからおれ中学中退なんだ。書類上じゃ卒業したことになってるけど。
おいそこで、なるほどってすごく納得するなよ、ひどいなぁ。
学はないけど、全国渡り歩いて、学校じゃ勉強できないことはたくさん教わったよ。
世間の渡り方とか、サバイバル術なんかもそうだな。
逃亡生活三年目で、また近畿に戻ってきて、京都の南部で「
そこの道場に住み込んで、
逃げてるつもりで兄貴の知り合いんとこに住んでたなんて、世間ってほんとせまいよね。
一年くらい前にそれが判って、神尾のおっちゃんから兄貴のことを聞かされて、一度家に戻ることにした。
聞かされた内容? 兄貴が富川家の当主になったこととか、おれへの追手を止めさせるよう、あれこれ力を尽くしてくれていたこととか。
ショックだったよ。自力で逃げて、一人できちんと生きていけてるんだ、って思ってたのに、実は兄貴に守られていたんだし、兄貴に全部押しつけていたんだ、って気づかされて。
だから家に戻って、兄貴と話をして、富川家に戻る決心をした。もちろん「継承の儀」も受けたよ。
うん、おれにも式神がいる。けど「一人前の退魔師になったら力を貸してやる」って言って出てこないけどな。すごいヤツらしいんだけど、偏屈みたいだ。
それからは透も知ってる通り、一人前の退魔師になるために修行中だ。少しでも兄貴の手助けができるように。
話し終えると、透は感心したようにふーんってうなった。
「信司さん自身はお気楽っぽいのに、結構重い過去ですね」
ひどっ!
「でも生き苦しいのは顔に出てるよな。素だと人相悪い」
兄貴もひどっ!
「だからいつも笑顔でいるように言ってあるんだ。普段から目つきが悪くて怖そうよりも、いつもにこにこしてるけど真剣になったら迫力ある、って方が便利だろうし」
「なるほど」
ちょ、便利って。透も納得するなよ。
「とにかく、そんないきさつがあって、うるさい親戚達はまだおれのことを信用してないんだ。それは仕方ないと思うよ。だから仕事をきっちりやってるところを見せるしかない」
おれが締めくくると、兄貴がすかさず「いろいろと、まだまだだけどね」って付け加えた。
判ってるよ。おれはまだ弱いのは誰に言われるまでもなく自覚してる。
「ところで、神尾さん達がおまえのこと心配してたぞ。最近顔見せないけど元気か、って」
「そっか。じゃあ週末にでも顔出してくるよ」
「それがいいかな。――さて、昨夜仕事をしてもらって早速だけど新しい仕事が入ってきたから、信司には今夜また頼むよ」
兄貴が仕事モードの真剣な顔になって、今回向かうところの話を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます