鎮魂一蹴!

御剣ひかる

1.言ってもダメなら蹴ってみる!

 一番上の兄貴が死んで、姉が発狂した。


 そんな命がけの「継承の」が怖くて、家を飛び出したのが五年前。中学一年の夏だった。


 今は家に戻って、家督をついだ兄貴の手伝いをしている。

 びびって逃げた継承の儀もなんとか済ませて富川とがわの正式な退魔師たいましになった。


 とにかく今は、早く一人前の退魔師になって、むちゃくちゃ忙しい兄貴の手助けができるようにならないと。




 真夜中近く、住宅街の近くの林に、おれは相棒のとおるとやってきた。


 透はまだ中学三年生だから、本当なら健全な子供として家にいないといけない時間だけど、ひっぱりだしてしまってる。

 そう言うおれも、今年十八だからまだ未成年なんだけどね。


 おれらが不健全な青少年になっちゃってるのは、ここの林の入り口付近で奇妙な影を見るって報告がたくさんあるから見てこいって言いつかったから。

 仕事だから仕方ないよな。


 中学生が夜中に仕事しちゃいけない、なんて法律もあるらしいけど、難しいことはおれは知らない。

 おれも、相棒の透も、必要に応じて動くのみだ。


りょうさんの話だと、悪霊がこの林の中に集まってきてるかもしれないんでしたっけ?」

 透がおれを軽く見上げて首をかしげる。


 透は黙ってたら結構女の子なんかに人気があるんだろうな、みたいな端正な顔をしてる。男にしては背がちょっと低いのをすこぉし気にしてるみたいだけど。


「あぁ、そんな感じ」

 おれがうなずくと、透はどうしてか苦笑い。

「感じ、って、詳しいことは聞いて来なかったんですか?」

「兄貴忙しいし、現場行って見てこいって。何もないのが一番だけど、おれらでどうにかできるぐらいなら片付けて来てほしいし、手に負えないようなヤツがいるなら無理せず帰ってこい、だってさ」


 こういった「心霊的なちょっとしたウワサ話」なんてのは、結構ガセが多いから、兄貴もいちいち詳しく下調べしないんだと思う。


「そういうことなら、ささっと調べてしまいましょう。……御札おふだは持ってきてますよね?」

 透が、まるで遠足前の準備を子供に確認する母親みたいな口調で尋ねてきた。


 当たり前だ。除霊するのに御札を忘れたなんてことになったら、すごく困ったじゃないか。もう二度とやらないよ。


 おれはうなずいて、持ち歩いてるポーチからお手製の御札を取りだした。

 まだかけだしの退魔師で、霊気れいきも弱いから、低級な霊を鎮める御札しかつくれないけど、これがないことには除霊が完成させられない。


 おれが御札を手に持ったことで、透がうなずいて、並んで林のなかに足を踏み入れた。


 夜の林は、とにかく暗い。

 そばにある街灯の明かりも、ちょっと中に入ると届かない。

 けれどおれらは明かりを持たない。

 視覚に頼ると、霊の接近に気付きにくいから。


 そろり、そろりと足を進めていく足が、かさ、かさと下草を鳴らす。

 感覚すべてを研ぎ澄ませ、人ならざるもの、霊体の存在を探る。


「もうちょっと右へ」

 先に暗闇に慣れた相棒のささやき声にうなずいて、おれは少し右にずれる。


 透は、霊体を探すことに全力集中しているおれの目になってくれている。


 しばらくすると、さすがに目が慣れてきて、ぼんやりと木の輪郭が見えてくる。それに、気配を読んでいると、自然と木の発するかすかなせいの息吹もつかめてくる。周りは暗いけど、物や人、霊体の位置は手に取るように判る。

 どうやってそんなことを? と聞かれても、感覚で、としか答えられないんだけど。


「案内はもういいよ」

「了解です。……いそうですか?」


 透の問いかけに、かすかにうなずく。

 さっきから、こっちをうかがってる気配がする。木の間から、ゆらめくもののかすかな怒気を感じる。

 前に一、二……、右にも二体か。

 白く光ったりとか、具現化してないから見えにくいのが難点だ。

 でもありがたいことに、力は弱いっぽい。


 これだけ微弱な反応なら、相棒には感じられてないだろう。透は霊気を操るすべを知らないから。


 強い霊体だと、いわゆる「霊感」の強い人には見える。あるいは霊体が故意にこちらに存在を主張しようとしている場合も。そういうのが、テレビとかで特集されている「心霊現象」だ。


 今は、霊体が警戒しながらこちらを見ている状態だ。怒ってる様子なのは、自分達の縄張りに勝手に入ってくるな、ってところだろう。

 だったら、わざわざ通りに出てきて人を脅かさなくてもいいのに。我がままな霊だな。


「きみ達が人を脅かさないなら、おれらもここからひくよ」

 霊達に話しかけてみる。

 ――ふざけるな。出て行け。

 そんな雰囲気がびしびしと伝わってくる。


 うん、まぁ、こんな説得が通じる連中なら、きっと最初っから目撃報告なんてないんだろうけど。


「これからも外に出てきて人を怖がらせるつもりなら、あるべき場所に帰ってもらうことになるけど。できれば手荒なことはしたくないんだ」

 ――やれるものならやってみろ。

「大人しくするつもりも、霊界に帰るつもりもないんだね?」

 ――おまえらが出て行け。


 あぁ、だめだこりゃ。話の通じる霊じゃない。


「透。行くよ」

 隣の相棒に声をかけて、彼に霊気を分け与えるようイメージしながら、肩に手を置いた。

「前に二つ、右にも、ですね」

 よし、うまくシンクロできた。


 除霊開始だ。


 おれは身構えて、闘気とうきを解放する。除霊なんかの霊的なものを察知したりの霊気じゃなくて、文字通り、戦いのための気だ。

 体を、空色のオーラがほんのりと包む。

 透も同じように闘気を解放して、体のまわりは黄緑、体から離れると茶色に変化する闘気をまとう。


 この闘気、戦い方の特徴を八つに分けた「属性」で色が違う。おれのが、素早い動きが得意な「風」で、透のは守りの属性「地」だ。

 暗い中で光ってるのは、ちょっとかっこいいとか思うけど、道路の方から見られて騒ぎになったら困るし、さっさと片付けてしまおう。


 おれの作った力の弱い御札でも除霊できるように、まずはこいつらの力を弱める。


 正面の霊に突っ込みつつ、闘気をまとわせた脚を振りあげる。

 よし、命中!

 これで正面の二体は弱体化した。霊力をそがれた魂は動けなくなったようで、その場にふよふよと浮かんでいる。

 すかさず、手に持ってる御札で霊体をなでると、連中はこの世に存在する力を失って、薄れて消えていく。


 次は右手の――。

 って、透に向かってってるのか。

 けど、相棒は闘気の壁を作って身を守ってる。

 ほっと安心しつつ、また闘気を脚に集める。


 透に攻めかかってた霊体達は、今度はこっちに狙いを定めてきた。

 こいつらはさっきのより力が強そうだ。

 ならば。


なぎ!」

 脚を振りあげて闘気を前方に放つ。扇形に広がった闘気が霊体を包み込んだ。


「ちょっと強すぎたか? ごめんな。……こっちで怖がられるより、せめてあの世で安泰でいてくれ」

 おれはつぶやいて、吹っ飛ばした霊達に御札を触れさせた。

 さっきのと同じように、薄らいで消えていく。


 他に気配はない。よし、除霊完了だ。

 おれはほっと息をついて闘気の解放を弱めた。透もおれにならった。


 辺りはまた真っ暗になった。おれと透の息づかいだけが夜中の林に小さく聞こえるだけだ。


「それじゃ、帰ろっか」

 うなずいた透を連れて、おれらは林の外へと向かう。


「ついてきたはいいですが、結局あんまり役に立てませんでしたね」

 透が頭を軽くかいてる。

「そんなことないよ。木にぶつからずに歩けたのも、後の二体を引き受けてくれていたのも、すごくありがたかった」

「それならいいんですけど。――あ」

「え? まだ何かいる?」

 足を進めつつ透の方に完全に顔を向けたら。


 ゴンッ!


 真ん前にあった木に、派手にぶつかった。うおぉ、いてぇ。


「危ないですよって言おうと思ってたんです」

 透が笑った。


 もっと早く言ってくれ。

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