第13話 ロイエの独白①
ナレーション(ロイエ):わたくしが姫様付きの侍女となったのは、姫様が十二歳の時でした。当時、妹姫の専属騎士の一人と恋仲であったわたくしは、恋人の言われるままに王宮で盗みを働き、捕えられました。恋人はわたくし一人に罪を被せて、知らぬ存ぜぬを決め込み、それを信じた妹姫と王により、わたくしは断罪されることを待つ身となったのです。初めての恋に浮かれていた我が身を呪いました。全てのことがどうでも良く、死ぬことを願う中で、手を差し伸べてくれたのが姫様でした。
元々から悪い噂の絶えなかった元恋人を後宮に閉じ込められながらも独自に調べていた姫様は、悪事の証拠を弟殿下に渡し、わたくしは巻き込まれただけなのだと言って、自分付きの侍女にして下さいました。騒ぎ立てる妹姫と王の前で、姫様はわたくしの元恋人との決闘を望み、自分が勝てば、この件を好きに出来る、との確約を貰い、見事それを成し得たのです。元恋人は専属騎士にまでなれるほどの腕前だったにも関わらず、姫様の体術や武芸の前には赤子同然でした。その時の姫様は、もうわたくしには神様と同じに見えました。十二歳の姫君に負けた、などと、騎士にとっては恥以外の何ものでもありません。元来、王族とは守られるべきものなのですから。
「私の侍女なんて、一生日の目を見ない役職だけど、ごめんなさい」
そんなことはありません! わたくしの心と命を救って下さった方に、生涯お仕え出来るのですから! 元恋人は罪人として裁かれ、わたくしは姫様の侍女として付き従うようになりました。そんな日々を送る内、わたくしの中には少しずつ沈殿していく想いがありました。
何故、姫様は後宮の奥部屋に閉じ込められ、日の目を見ない生活を余儀なくされるのか? これほどまでに才があり、お優しく、第一王位継承者であらせられるのに。姫様は「優秀」、という言葉で表せる人間ではありません。「望んだ結果をもたらせることが出来る人間」、そんな人間が、どれほど世界に存在しましょうか? 母親を知らず、唯一の拠りどころであった叔母上様が亡くなられ、実の父君と妹君からは存在を厭われている。弟君からはとてもお慕いされておりますが、そのことすらも父君であらせられる王からしてみれば、忌々しいことこの上ないのでしょう。才に溢れる姫様は、父君である王にとって、邪魔な存在でしかなく、諦めたように微笑む姿に、いつも胸が痛みを訴えました。表向きには、第一王女である姫様は病弱、という建前であった為、民が真実を知ることはありません。
何故? 何故?? 何故これほどまでに慈悲深い方が諦めたように微笑んでいらっしゃるのですか?! それでも、わたくしには姫様のお傍に居ることしか出来ず、王宮内で密かに動いている老臣達と、機会を窺うしかありませんでした。
姫様が十五歳になられた数日後、ようやく待ち望んだ転機が訪れました。才覚として他国でも名高い大公家の次男が、姫様を娶りたい、と申されたのです! 姫様は「どうしてあれほどの人材が自分などを欲するのだろう?」、と訝しんでおられましたが、実はわたくしは随分前から大公家の次男様の姫様に向けられる感情に気付いておりました。数ヶ月に一度の王宮主催の催しの際、妹姫様よりもドレスや装飾品も劣るのに、年々増す姫様の美しさには、余計なものは不要でした。あの方ならば、姫様を救いだしてくれるかもしれない。そう思っていたのです。まあ、性格は姫様にお伝えはしておりませんが、難は多々あれど、とても得難い物件です! それに、姫様に求婚されてから、女性関係の一切を清算し、姫様一筋なのは好印象です。
けれど、予期せぬ事態というのは何時なんどきでも起こるものですわね。好機とばかりに姫様を女王に、と動く老臣達に王が慌てられるのは予想内でした。予想外だったのは、妹姫が大公家の次男様をお慕いしていたことです。姫様と妹姫は、比べるべくもないほどの容姿と才能です。それなのに、周囲に「いずれは自分が嫁ぐのだ」、と触れ回れる自信と厚顔無恥さはどこからくるのやら。そして、まさかそんな感情から、腹違いとは言え、姉君の暗殺を企てるなど。ああ、これに関しては父親である王も同罪です。溺愛する娘の頼みと己が安泰の為とはいえ、血を分けた我が子の暗殺を承知するなどと。本当に姫様と血の繋がりがあるのか?、と疑ってしまいましたわ。
姫様のお付きで習っていた武芸がこんなところで役に立つとは思いもしませんでした。日増しに増えていく刺客に、弟殿下と老臣達、大公家は何度も話し合い、弟殿下が王位につかれることが一番であると判断され、弟君が成人され、足場を固められるまでは他国に避難することが決定致しました。
「こんなことに巻き込んでゴメンね」
他国に赴く際、わたくしを振り返り、姫様はとても申し訳なさそうに口にしました。あの、わたくしが嫌いな諦めた微笑みで。
「私を王位継承者から外してもいいって言ってるのに。条件さえ飲んでくれれば」
姫様の結婚話で王宮内がごたついている時、姫様は父君である王に、王位継承者から外れる代わりに、とある条件を提示されました。ですが、それは王がとても呑める条件ではなかったのです。姫様が口にされたのは、今までの自国が行ってきた政治の中にある数ある矛盾を正して、民や貴族の暮らしを良くすることでした。わたくしもその場に居たのですが、その時ほど姫様の聡明さと有能さに舌を巻いた出来事はありませんでした。姫様は自国が行っている政務を全て把握し、矛盾点や欠点も知り尽くし、打開策をも考えていたのです。
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