第11話 アイネの独白

(エイハブの邸宅内での、アイネに割り当てられた部屋)

アイネ:(ドレス姿のままベッドに寝転び)「つッかれた~~~!」(髪に挿された生花を外し、まどろみ始める)

ナレーション(アイネ):物心がついた頃から、私の周囲は敵だらけだった。

私の故郷である国は大陸国の一つであり、祖父であった亡き先代陛下には二人の王女しか跡取りがいなかった。幸いなことに女性でも王位継承権があった為、私の母が祖父の取り決めた婿と結婚し、女王となった。母は王として、とても類まれな為政者であった。そんな母に、王配である父は常に劣等感を抱いていたらしい。そんな母も、私を身籠り、産んだ後、産後の肥立ちが悪く亡くなった。

父は母の妹であった叔母と再婚し、叔母が女王として立ったまでは良かった。しかし、叔母は元来身体の弱い人であり、政務は父と臣下に任される形となった。母が生きていた頃は常に母の後ろに在らねばならなかった父は、初めて表舞台に出たことで驕りを持つようになっていった。叔母に王女と王子が生まれると、更にそれは増長した。叔母は優しい人であった。私に良い感情を抱かない周囲の中で唯一私を気遣って、可愛がり、王族の教育を施してくれたのだ。まさかそのことが、後々の問題に繋がろうとは、この時は叔母も私ですらも予想していなかったが。

帝王学を学び、様々な武術も好んで学んだ私は、母を超える女王になるだろう、と言われた。事実、私は王位継承第一位にあり、やがて国を背負う身になるのだ、と教育にあたってくれた学者の先生や武術の先生、叔母からは言われていた。そのことを快く思わなかったのが実の父だった。元来父は「女は男の後ろに下がって生きる者」、という古臭い概念の持ち主であったが、自分よりも遥かに優秀な母の存在に、歯軋りをしていた。父は腹違いの弟に王位を継がせたい、と考えていたが、現状、それは到底無理なことでもあった。私という存在の他に、先に産まれた腹違いの妹に第二位王位継承権があった為である。だが、腹違いの妹は私のように王族としての教育を好まず、父の言葉から、王位は男児である弟が継げば良い、という考え方をしていた。要は、面倒なことを嫌ったのである。

父はそんな妹を溺愛し、私を厭うようになり、叔母が亡くなった九歳の時、後宮に押し込めて、無闇な出歩きを一切禁じた。それでめでたしめでたし………、にならないのは世の常であろうか。後宮の奥部屋で、やることのない私は、後宮内にある図書室に籠り、読書や勉強、武芸の鍛錬に明け暮れた。ぶっちゃけ、他にやることがなかっただけである。唯一私が出歩いても許されるのは、三ヶ月に一度の王宮主催の催しだけ。そんな中でも、私の優秀さに気付く臣下が存在したのは、良いことだったのか悪いことだったのかわからない。おまけに、滅多に会うことのない弟は、私を慕い、後宮に閉じ込めている状態に反発するようになっていった。妹は父に似て、弟は叔母に似たのであろう。それでも争いごとに発展しなかったのは、私がそれを厭い、大国としての面子もあったからである。

そんな日々が一転したのは十五歳の誕生日を迎えた数日後のことであった。王族を支える大公家の次男が、私を伴侶に、と望んだことが発端の引き金を引いた。大公家の次男は、跡継ぎの長男よりも数多の才覚に恵まれ、他国からも一目置かれる存在で、芸術ごと、武術、勉学、容姿、全てにおいて他を圧倒していた。兄から大公の座さえ奪える人間であるのに、当主の座には一切の興味を示さず、仕事と趣味に没頭する変人。そんな評価を持つ者が、どうして私を望んだのかは今もってわからない。けれど、それを好機と捉えたのが、母の才覚を受け継ぎ、私を王として立たせたい王宮の生き字引の老臣達であった。大公家の次男ならば、家柄や血筋、才覚からも王配として遜色はない。私だって、王族という身分に生まれた者である以上、政略結婚であることはわかっていた。救いになったのは、父の愚かな行動のお陰で、恋を知らずにあれたことであろう。気持ちを引き摺るものは、枷にしかならない。

それに待ったをかけたのが父と妹であった。父は予想の範疇であったが、妹の行動は予想外であった。……理由を知って、もっと妹のことがわからなくなったのは余談である。妹は、随分前から大公家の次男に恋心を持っていたらしい。いずれ自分が嫁ぐ相手なのだと、周囲に吹聴していたとか。………大公家であれば王女の降嫁先に問題はないが、王族同様、選択肢が存在する、ということは念頭になかったらしい。何故ここまでのバカが育………、ゲッホ! ゲッホ! とにかく、老臣と父達の諍いは熾烈を極めた。そんな中、更なる爆弾が投下された。大公家の次男が、今までの女性関係を綺麗サッパリ清算し、私以外を生涯妻に迎える気はない、と断言してしまったのだ。いや、女性としてはとても嬉しいことだと思う。実際、国中の多くの女性が嘆き、同時に羨ましがられた。弟は元々から大公家の次男を尊敬しており、私を選んだことで益々慕うようになった。でもね! 妹からの敵意がハッキリと殺意に変わった瞬間を喜べる人間はいないと思うんだ?! 父は妹の剣幕に押され、愛情のなかった私を秘密裏に抹殺することを了承した。………黙って殺されるほど、私が愚かで身を守る術がないと思っていた父と妹を、その時ばかりは心底軽蔑した。何度も後宮に侵入してくる暗殺者や刺客を倒しましたよ。そして、その事実は、国の中心を担う者達を失望させ、弟と大公家の次男との決別を明確にしてしまうことであった。そんなことにすら思い至らないから、本物の王族として扱われなくなってしまうのだ。しかし、嫉妬と怒りに狂った妹と現状に焦る父からの刺客や暗殺者は日増しに増え、信頼のおける老臣や弟達との話し合いにより、私は後宮を抜け出して他国へと逃げることとなった。王位は弟が継ぐことが私の安全に繋がる、と判断され、弟が成人し、足場を固めるまでは他国を渡り歩き、逃げ続ける。

後宮を抜け出す際、弟は私に何度も詫びた。弟のせいではないのに。大公家の次男は弟の後見の一人となり、地盤固めに勤しんでいる。他国を渡り歩く生活も三年になるが、今もって父と妹は諦めていないらしい。ま、諦めたら諦めたで、弟が成人し、王位を継いだあかつきには投獄か幽閉が待っているだろうが。



ロイエ:(アイネの部屋をノックしても応答がないので、部屋に音をたてずに入り、ベッドで眠っているアイネを見て、呆れたように苦笑しつつ掛け布団をかける)

アイネ:(ロイエに気付かないまま、グッスリと眠り込んでいる)


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