ケツやし!!!!

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 深夜2時。


 真夜中の公園。


 あの丸くてグルグル回るジャングルジムっぽいやつの中で、俺は奴と対峙する…。


 ちっ!


 ここで奴を逃したなら、新聞沙汰になるかも…!


 それだけは避けなければならない!


 俺は、肉厚なハサミでディフェンスを取る憎たらしい甲羅の塊を睨みつける。

 


 ヤシガニ。


 エビ目・ヤドカリ下目・オカヤドカリ科に分類される甲殻類の一種。


 平均的な体長は40センチメートルを超え、脚を広げると1メートル以上にもなり、4キログラム以上に成長する。


 陸上生活をする甲殻類では最大種。



 そして、目の前のコイツはその平均を1.5倍は上回る超大型…恐らく40年は生きているバケモノだ!



 「ったくよぉ…! ヤバイヤバイヤバイやばいって!!! っつか! なに生きたまま送ってんの馬鹿か!?」


 俺はもはやクリーチャーにしか見えない大型ヤシガニを目の当たりにして、遥か海の彼方にいる伯父さんに悪態をついてみる。


 だが、俺は負けない!


 こんなバケモノを野放しにしたらご近所の治安に関わる!


 止めなくては!


 たとえこの身が全裸であろうとも!

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 奴が送られてきたのは日曜の午後、俺が同室の奴のいない寮の部屋で開放的にゴロゴロしているときだった。


 差出人は島に住む俺の伯父さん。


 …高校進学祝いか…ソレはもう二年も前の話だよ?


 うん、でも!


 ヤシガニは美味しい。


 俺の大好物だ。


 あのバケモノじみた外見からは想像できないが、シンプルに茹でて強めに塩を振れば身の甘みが口いっぱいに広がる…じゅる。


 …おっと涎が、ん?


 手紙の入っていた封筒から、ヤシガニを捕まえた時に撮影したらしいドヤ顔が畳に落ちる。


 『俺は、本土で一旗あげる!』と、言って上京するも3ヶ月で島に帰ったヤンキーな伯父さん…。


 かなり天然で前歯が溶けちゃってるしどうしょうも無い飲んだくれで夢見がちなフリーターだけど、ガキの頃はいつも忙しい親父とお袋に代わってよく面倒を見てもらった。


 俺が、体育特待で合格したときにはすっげー喜んでくれたっけ…。


 あ、そう言えば最近行方不明ってお袋が言ってたけど…もしかしてコレを俺の為に…?


 だとしたら、すっげー嬉しいけどよ…けど…。


 

 やっぱ、あんた馬鹿だろ?


                ◆◆◆


 

 悲劇が起きたのは数時間前の事。


 うっかり昼寝をしてしまい真夜中に目が覚めてしまった俺は、汗でべたつく体を寮の大浴場で流し部屋に戻って『さぁ、明日にでも柔道部員で食べよう』と思いヤシガニが痛む前に冷蔵庫に移そうと箱を開け____ん?


 

 「おがくず?」


 丁度、バスケットが3つは入りそうなダンボールの中にはびっしりとおがくずが入っている。



 なんだこ______もぞっ。


 ん?


 びっしり詰められたおがくずの断面が動い_____ずぼっ!



 「ヒィ!?」


 思わず覗き込んだ俺の眼前に、見覚えのあるパーツが突き出される!


 しかもソレは慣れ親しんだ茹で上がった『赤』ではなく若干『青みかかった黒』つまりそれは…。



 「いーきーてーるーーーーノオオオオオオオ!!!!」


 俺は反射的に箱を引っつかみ、窓の外に放り投げる!!



 鮮度が一番ってか! ふざけろ! 


 窓ガラスが派手に割れるが、そんな事はどうでも______はっ!

 

 俺っ、いまなんて事を!?


 生きたヤシガニを外に_______そう思った瞬間外から甲高い悲鳴が!!



 しまった!


 俺の部屋の隣、ヤシガニの入ったダンボールを投げた先は小さな公園だ!


 ヤバイ! 外に回りこんでる暇なんて無い!

 

 俺は、部屋の窓から外に飛び出す!


 大丈夫! ココは二階だ死にはしな…ガサッ! メキメキボッキッツ!


 「でっ!」


 確かに死にはしないが、背の高い木にぶち当たり俺は潰れたカエルのように無様に地面に叩きつけられる!



 「きゃぁ!? きゃあ!???」


 甲高い悲鳴が、俺を出迎え…はっ!


 良く考えたら俺、腰にバスタオルしかしてない!


 これじゃまるで変質者だ!



 顔を上げると、そこにいたのは白いワンピースで三つ網の小学生くらいの少女が涙目で…え? なんで? こんな真夜中に公園に? 一人か?



 「うわーん! 蟹のお化けの次ぎはお尻丸出しの変態だよー!! 世も末だよぉぉぉぉ!!!」



 少女は、バスタオルがめくれ露になった俺のケツ凝視しながら泣き叫ぶ!



 ちっ!


 視線が熱いぜ…いや、今はそれどころじゃない!

 

 少女の目の前に散らばるおがくずと引っくり返ったダンボール、それと…。


 

 獰猛で肉厚なハサミ。


 鋭い爪の生えた六本の足。


 頭から生えてひゅんひゅんしてる2本の触角。



 月明かりと街灯に照らされた映画に出てくる卵産み付ける用のエイリアンも顔負けの不気味なフォルムに俺は息を呑む!



 恐い!

 

 恐すぎる!!


 生きてるヤシガニって、こんなに恐ろしい生き物だったのか!!


 

 今までめっちゃ食ってごめんなさい!!!




 ガリッ



 今まで、岩の様に固まってたヤシガニが、ギチギチと蠢く足で地面を掻く!



 「お お嬢ちゃん…! お兄さん所おいで~…」


 「いやああああ! 変態が話しかけてきたよぉぉぉぉ!」


 このままではこの女の子が危険だと思った俺は出来る限り慌てないように優しく話しかけたつもりだったが、猫なで声がかえって不気味さを増したようだ。



 「ちっ、違う! 俺は変態じゃ…」



 ぱらり。


 立ち上がった拍子に、腰のタオルが地面に落ちてぽろりする。

 


 「うわあああん! こんないたいけな幼女に向ってポロリしてる人が変態じゃないって嘘だよ! 犯されれるぅぅぅ!」



 面倒くせええ!


 Dカップになってから出直せ!


 つるぺたがっ!!

 

 

 カタン


  ガツッ


 女の子にぽろりしてた俺は、何かに引っかかるような音にそちらを振り向く!


 あ! あの野郎!


 いつの間にか移動していたらしいヤシガニが、少し離れたところにあるあの丸くてグルグル回るジャングルジムっぽいやつの中に入り込んでやがる!


 

 「逃がすか!!」


 俺はぽろりがぶらつくのを構いもせず、ヤシガニの後を追って中に飛び込む!



 恐えぇ…マジでヤバイが、ここで逃してしまってはもっと大変な事になる!


 多分、このクソでかいヤシガニの肉厚で重厚なハサミの威力は、人の指の骨をいとも簡単に狩り飛ばすし犬猫の足くらい簡単にいけるだろう…!


 俺はまるで鉄製の丸い牢獄のような空間に、ヤシガニと向かい合って対峙する…じりっ、じりっ、と互いが円形の鉄板の上を淵に沿うように不規則なリズムで距離を保ちながら相手の出方を伺う。



 正面からはダメだ…あのハサミの餌食になるのが落ちだ!



 俺がそんな事を考えていたとき丁度、淵に沿ってぐるりと回っていたヤシガニと俺の位置が入れ替わる。


 するとヤシガニは、急にその六本の足をめいっぱい広げ塞いだ…俺の入ってきた入り口を!!




 今まで、歩行のために曲げられていた足が広がりその大きさは1mと言われた平均を超え2mほどにも感じる!


 くっ!


 なんてプレッシャーだ…!


 でかい…あらためて思うがこいつはでかい…!!



 …お、落ち着け…落ち着くんだ俺!


 大丈夫だ、牢獄の様でもコレは公園の子供用遊具…鉄格子だってジャングルジムのようなもの…いざとなったら直ぐに飛び出せば…あれ?


 極力ヤシガニから目を離さないように自分を囲むジャングルジムのような鉄格子を観察するが…無理だ! 


 俺の身長は190cm、体重は100キロ…体は鍛えてて筋肉で引き締まってはいるがこの鉄格子の幅は子供サイズだ通りぬけるなんて容易じゃない!



 まさかコイツ…俺を誘い込んだ…?



 心拍数が一気に跳ね上がり、背中一面にぶわっと冷や汗が浮き雫が肌を伝ってケツの割れ目に流れ込む。



 ヤバイ!


 ヤバイって!!



 俺がようやく潜れるほどの入り口に張り付くように塞ぐヤシガニは、身じろぎもせず触角をぴんぴんさせんがら口元をもじゅもじゅして_____


 

 『wo…ヒューマンミート…ベリーデリシャスok?』


 へ?


 ちょ、なに?


 ヤシガニって喋れんの!?


 ジャキンと肉厚のハサミが俺のぽろりに向って構えられる!



 そ、そう言えば伯父さんが言ってた…ヤシガニって雑食だ…食えるもんは何でも食う…戦争のときは死んだ兵士の腐肉だって食ってたらしいからって…!



 『アイムベリーハングリィ…ユーハヴァフランクフルトイーティングnow』


 「のおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 俺は思わずぽろりを手で押さえて後ずさろうとするが、こんな狭い所じゃ下がれるはずも無い!



 ヤシガニが、張り付いていた出入り口からガタンと落ちる!



 『イーティン イーティン ベリーデリシャスok』



 ギチチャギチャとハサミを開閉しながら、ヤシガニがこっちくるぅぅぅ!


 いやあぁぁぁぁぁ!!


 今にも叫びそうな俺の目に写るのは、ヤシガニが退いた出口!


 あそこから飛び出せば、取り合えず外に______ぐるん。



 「ごぶしゅ!?」



 突然、遊具がぐるんぐるんと回り出し俺はバランスを崩してすっころぶ!


 なになに??

 

 何で回ってんの???


 

 「変態のお兄ちゃん! 今助けるよ!」


 「ふぁ!??」



 見れば、あの女の子が何を血迷ったのか遊具の側面を捕まえ全力ダッシュしているではないか!


 そのおかげで遊具の回転速度がどんどん加速する!!


 「馬鹿! 止めろ! って、げぇ!?」

 

 う、動けねぇ?!


 どうやらすっころんだ拍子に、遊具の中央に通る外壁と土台を支える2本の柱っぽいのに頭がジャストフィットして俺はうつ伏せに倒れたまま固定され身動きが取れない!



 遊具はさらに加速して_____ぶにっ。




 「ヒィ!」


 俺のケツの頬に鋭い何かが触れて、悲鳴をあげる!



 『ow…ビッグピーチ…デリシャスパヒューム…yum, yum』



 「ふぎゃあああああ!!」



 けっ、ケツの割れ目にハサミが! 


 もりん? 


 むりん!


 て、して触覚が舐めるように割れ目をなぞってるぅぅぅぅ!!!!



 「へ、変態のお兄ちゃん!! えええええい!!」



 ザザザザザザザザザザ!!!


 女の子が、加速のついた回転を無理矢理止めようと両足で地面を踏みしめフルブレーキをかけた!


 ガクンとと言う衝撃と、蛇足的回転がかかり足場の鉄板に引っ掛けていた爪が外れたヤシガニが派手に吹き飛ばされて鉄の格子にぶつかる!


 

 今だ!



 「ふん! うおおお!!」

 

 俺は柱に挟まった頭を強引に引き抜き、鉄格子にぶつかって動きを止めたヤシガニの背後から甲羅に覆われたケツと胴体との付け根をガッチリと捕まえた!



 うへぇ! 腹の裏の感触キモイ!!



 こうして捕まえておく事で、いくら強靭なヤシガニのハサミも硬い甲羅の所為で真後ろまで届かず俺の手を攻撃する事など出来ない!


 いや~前に伯父さんから捕まえ方を聞いといて助かった~…。



 ヤシガニは抵抗しようと手足をギチギチと動かす…なんて力強い…だが!


 俺はそのままヤシガニを掴み上げた!



 「獲ったどおおおおーーーー!!」



 俺は歓喜と安堵から勝利の雄叫びをあげ、月に向ってヤシガニを掲げる!



 はぁ…マジでヤバかった…もしも捕獲できずにこんな危険生物を野に放っていたかと思うとゾッとするぜ…。


 ヤシガニは口惜しそうにギチャギチャを足とハサミをふり回すが、此処まで来たら俺のもんだ!


 明日には…いや! 今すぐにでも鍋につっ込んで茹でて_____。



 ヤシガニのつぶらな瞳がジッと俺を見詰め、俺はヤシガニを掲げたまま動きを止める…。


 先程までウザイくらいにひゅんひゅんしてた触覚は脅えたようにたたまれ、大きく伸ばし威嚇してきた足も縮こまったみたいにぎゅっとしてハサミは顔の前でディフェンスを取りつつ何事が口元をもじゅもじゅさせながらつぶらな瞳は今にも涙を流しそうなくらい震えてる。



 きゅん。



 なにこれ、ちょっと可愛い…!


 ヤシガニを掴んだまま、遊具から出てきた俺に女の子が駆け寄ってきた。



 「ありがとう! 変態のお兄ちゃん!」


 「へ? おおう…?」



 突然の女の子の感謝に俺は言葉を詰まらせる…。


 だって、もとはと言えばヤシガニを窓からぶん投げた俺が悪いわけだしそれに現在進行形で絶賛ぽろり中だ。


 眼前にそんなのブラ下げられて、お礼が言えるなんてなかなかハートが強いな。


 将来が楽しみだ。



 「あ、あの!」



 女の子はじっと俺の事を見上げて頬を赤らめながらなにか言いたそうな顔をして、もじもじする。


 「あたし、今日すっごく嫌な事があって、家に帰りたくなくてこの公園にいたの…けど、変態のお兄さんの堂々と戦ってるお尻を見てたら何だか自分の悩みなんて大した事無いって思えたの!!」



 女の子は、そう言って俺に握手を求めると『がりがとう! またね! カッコイイお尻のお兄ちゃん!』ともう一度言って公園の外へとかけて行く。



 本当ならこんな時間に一人なんて危ないから俺が家まで送っていった方がいいんだろうけど、ヤシガニなんて危険生物を抱えた全裸の男がそんな事したら120%捕まるだろう。



 そうこうしている間に、段々と空が明るくなって来たようだ…多分あの子も大丈夫だろう。



 俺は、誰にも見られない内にすっかり大人しくなったヤシガニで下半身をガードしながら下宿へと戻った。



 途中。



 下宿の下駄箱のところで朝練に向おうとしていた同室の後輩に出くわしたが、全裸をつっ込まれる前に『全力』でコレは奇抜なメンズランジェリーだと実力行使で誤魔化しておいた…きっと数分後には彼の記憶からは抹消される事を願いたい。


               ◆◆◆


 日曜の昼下がり。


 留学生の朴さんに借りた蒸し器の蓋ががコトコト音を立てながら湯気を噴く。


 

 「お、蒸しあがったな…」


 ふたを開けると、湯気と共に甘い香りが部屋いっぱいに広がる。



 「んーいい出来だ~量が多いからな…部活の連中も喜ぶだろうな…っと、その前に味見、味見っと~♪」


 俺は、一つ細いのをトングで掴んで取り出す。


 「あちち…ふーふー! んーうめぇ!」


 齧るとふわっとした甘みが口いっぱいに広がって_____ガタン!



 振り返ると、痺れを切らした新しい同居人が『プリーズ プリーズ』とハサミを振る。


 

 「オイ、やっしー! 棚を倒すな、お前は熱いのダメだろ? …どうなっても知らねーからな!」



 俺が半分に割った紅芋を投げてよこすが、案の定ハサミを刺しては離れるという奇行を繰りかえし始めた…だから言ったろーが!


 

 あの後、俺は結局ヤシガニを食べる気にはなれなかった。


 確かに、危うく社会的地位とか男の子にとっての大切な何かとかを失う所だったがあんなつぶらな瞳で見つめられたらもう食べられない…かと言って緑の少ないこんな所で放す訳にも行かないので『やっしー』と名前をつけて少し間この部屋で飼うことにした訳だ。


 まぁ、今度の正月にでも島に帰れたら山に帰してやろうと思う。



 やっしーが、やっと冷えた紅芋を器用にはさみでほぐしながら体の割りに小さな口へもって行く。



 俺はその様子を眺めながら、横で並んで芋を食んだ。

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