第八章
第八章
同日
場面は由希の部屋。
あいかわらず殺風景な部屋。
部屋には響と昴。
響はいつものようにぬいぐるみと遊んでいる。
昴は俯いたまま動かない。全てを拒絶するかのようにうずくまる。
しばらくすると部屋のドアが開く。
私服姿の由希が通学カバンを持って登場。
由 「ただいま」
疲れ半分で言うや否や、響が飛びかかってくる。
響 「ゆきー」
抱きつくすんでのところで叩き落される。
由 「うるさい」
次は両腕を広げた昴が迫ってくる。
昴 「ユキー」
が、やはり少女の拳にふっとばされる。
由 「ウザイ」
事も無げに男二人を血に伏した後、カバンを床の上に置く。
昴・響「ユキー」「ゆきー」
キッと睨みつける由希。蛇に睨まれた蛙たちはビクッとその動きを止める。
由 「いいかげんになさい」
響 「いいじゃんけちー」
昴 「つまんなーい」
由 「あら、ワタクシの言った言葉が理解できたかったのかしら? ワタクシは「いいかげんになさい」と言ったのよ。そろそろ、ワタクシも、何とか袋の緒が――」
昴・響「ごめんなさい」
由 「わかればよろしい」
昴 「……ところでユキさま、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
由 「なにかしら?言ってごらんなさい」
昴 「学校のカバンをお持ちになって、どちらへ行かれてらしたのかしら?」
由 「それは……」
昴 「実はその中身、制服が入っているという情報(うわさ)があったりなかったり」
由 「見たの?」
昴 「あ、図星」
由 「う……ヘンタイ」
昴 「ヒドイな。人を覗きみたいに」
由 「覗きじゃない」
昴 「いつもどこに行っているのかと思えば。学校に行ってるってのは本当だったんだね。
ときどき学校のバッグだけ持って出かけていたのは、そういうことか。しかも中には制服を入れて。
やっぱり気になるんだね、学校」
由 「別にいいじゃない。あたしの勝手でしょ」
昴 「近くまで行って、行く気になったら着替えるつもりだった、と。制服姿でウロウロしてても怪しまれるし、そんな度胸もない」
由 「わかったような口利かないでよ」
昴 「でも、当たりだろ?」
由 「う……」
昴 「ほらね」
由 「気になったのよ、学校。ずっと行ってなかったし。それにあいつらもどうしてるかなって……」
昴 「何度も?」
由 「う……。
そうよ、そうですよ!駅のトイレで制服に着替えてはみるけど校門まで行ったら怖気
付く臆病者ですよ!ひきこもりですよ!外に出るの怖いですよ!人付き合い苦手ですよ!」
昴 「いや、そこまで自虐的にならなくても」
由 「どうせ暗いですよ、根暗ですよ、人生お先真っ暗ですよ」
昴 「ははは……あいかわらずおもしろいことを言うねユキちゃんは。誰が人付き合いが苦
手だって?誰が根暗だって? あーおもしろ」
由 「あ、あんたがいじわるするからでしょ!」
昴 「だってユキってばすっごくからかいやすいんだもん」
由 「―――っ!」
昴 「やーいひきこもり!」
由 「うっさいヘンタイ!」
昴 「ひきこもり」
由 「ヘンタイ」
昴 「ひきこもり、ひきこもり、ひきこもり、ひきこもり、ひきこもり」
由 「ヘンタイ、ヘンタイ、ヘンタイ、ヘンタイ、ヘンタイ」
響 「なんだか、小学生のケンカみたいだね」
由 「……響に言われた。こいつに言われちゃったよ……。あーすんげーショック。立ち直れないわこりゃ」
昴 「おーワンコも言うようになったねえ」
響 「へへーてれるなあ」
由 「ほめてない、ほめてない」
昴 「んで、学校行く気にはまだなれないの?」
由 「むぅ――そこに立ち戻りますか。いや、学校は嫌いじゃないのよ。でもね、しばら
く行ってないとこう、行きにくいっていうか、どうやって輪の中に入ったらいいのか
わからないっていうか、どんな顔して行けばいいのかとか、いろいろ考えちゃうわけで」
昴 「ひきこもり」
由 「なんだよヘンタイ」
昴 「ひきこもり、ひきこもり、ひきこもり、ひきこもり、ひきこもり」
由 「ヘンタイ、ヘンタイ、ヘンタイ、ヘンタイ、ヘンタイ」
響 「けんかするほどなかがいい」
由 「…………こいつに言われた。ねえ、ほんっきで落ち込んでいい?」
昴 「よくそんな難しい言葉知ってたな」
響 「へへーすごいっしょ」
由 「だからほめてないって」
昴 「でもあれだよね『仲良きことは美しきかな』」
由 「美しくない!断じてない!仲良くない!」
昴 「お、いいね。いい具合にテンション高いね。まるでお兄さんみたいだね」
由 「あいつのことは口にするな!」
と、『ピンポーン』と玄関のチャイムが鳴る。
一同固まる。
由 「ねえ、昴あんた見てきてよ」
昴 「え、やだよ面倒臭い。響行けよ」
響 「うん、わかった」
響玄関へ。
声 「こんにちはーお兄ちゃんだよー」
一同「!?」
声 「由希ちゃーん元気かーい?」
響 「げんきー」
由 「バカ答えるな!」
声 「おお妹よ!開けてくれるか妹よ!」
響 「いいよー」
由 「バ、バカ!」
扉が開き兄貴登場。
兄 「由希―!」
両手を広げ妹に迫る兄。
由 「いやーっ」
おもいっきり殴り飛ばす。
昴 「ユキー!」
響 「ゆきー!」
どさくさにまぎれて抱きつこうとする二人。が、例のごとくぶっとばされる。
兄 「由希―!」
昴 「ユキー!」
響 「ゆきー!」
懲りずに三人がかり。が、由希の猛攻は続く。強い、強すぎるぞ由希!
満身創痍の三人だが、テンションは上がる一方。由希コールが巻き起こり、観客を
巻き込んで勝手に盛り上がる。歌えや踊れやの大盛り上がり。
由希Tシャツとか由希うちわとか欲しいよね。
すっと立ち上がった由希はクマとウサギのぬいぐるみを持って奥の部屋に消える。
と、『ドスッ、ドスッ』と何かを激しく殴る音が響く。
一同は凍りつく。
徐々にエスカレートしていき、そのうちチェーンソーやらマシンガンやらわけのわからない音まで聞こえてくる。
戦争をしているのではないかと思うほどに激しい戦闘音(?)
ピタッと音が止むと、湯上りのようにさっぱりとした表情の由希が戻ってくる。
ぬいぐるみは無傷だが、それを掴む手は乱暴に過ぎる。
すごくいい笑顔のままぬいぐるみを投げ捨て、それを響が庇うように拾い上げる。
由 「あはははは。で?まだ続ける?」
一同「……(無言のまま首を横に振り続ける。壊れるほどに)」
由 「よろしい」
響 「(小声で)ゆき、こわいよお」
昴 「(小声で) なんとかして機嫌取らないとまずいよな」
兄 「(小声で) ドメスティックバイオレンス、いわゆる家庭内暴力ってやつじゃないのかこれ」
由 「聞こえてるわよ」
野郎三人組ビクッと体を硬直させる。
笑顔で仲の良さをアピール。ハイタッチやらジェスチャーやらで必死にアピール。
なんて仲良し。三人とも息ぴったり!
と、兄が野郎二人の存在を認識。
兄 「ぬあー誰だお前ら!」
響 「うわ、びっくりした」
昴 「あれ?今頃気づいた?」
兄 「お、お前はまさか……あの時の彼氏くん?」
昴 「どうも、お久しぶりです」
兄 「ということは、あんたの彼女ってまさか……」
昴 「さあ、どうでしょう」
兄 「ぬあーっ! そ、それは!」
響 「ふへ?」
兄 「俺が由希にプレゼントしたぬいぐるみじゃないか!
すてきな想いしながら買ったぬいぐるみなのよぉ、プレゼントなのよぉ、あんたら誰なのよぉ」
「由希!お兄ちゃんはな、お兄ちゃんはな、お兄ちゃんなんだぞ!」
由 「お前いっぺん死んで来い」
兄 「由希、ひとまず落ち着くんだ」
由 「あんたがな」
兄 「彼氏君、まさか君が……ハミルトンだったのか」
昴 「ハミルトンが誰かは知らないけど、だいたい言いたいことはわかるからとりあえず肯定しておこう」
「そうだ、俺が由希の婚約者(フィアンセ)だ」
兄 「やはりそうだったか……」
由 「おいおいちょっと待て。誰がフィアンセだ?飛躍しすぎじゃない? つーか兄貴も納得するな」
兄 「貴様……よくも俺の妹をたぶらかせてくれたな」
昴 「愛だ。たとえ実の兄であろうともそこに介入することはできない。俺たちの邪魔はしないでくれ」
兄 「いや、邪魔させてもらうぞ。由希は大切な妹だ。貴様のような何処の馬の骨ともわか
らぬ輩に妹は渡さん。もしも、それでも由希との結婚を望むなら、俺を倒してからにしろ!」
由 「しない、しない、結婚しない」
昴 「のぞむ、ところだ……」
由 「のぞむな」
兄 「ふ……俺たちの兄妹(きょうだい)の絆を断ち切ることは誰にもできない!」
昴 「言ってろよ。愛の深さを思い知れ!そしてその身に刻め!」
由 「もう好きにして」
由希の声を合図に始まる男たちの熱いバトル。役者、がんばれ。
闘。
と、どうやら決着がついたようだ。やはり人では鬼に勝てぬのか、愛の力が勝ったのか、軍配は昴のほうにあがった。
兄 「ふ……やるじゃないか」
昴 「あんたもな。なかなかいいファイトだったぜ」
兄 「――とどめを刺せよ。生き恥をさらすのは御免だ」
昴 「嫌だね」
兄 「なんだと?」
昴 「あんたは俺に負けた。あんたの命は俺の物だ。だったらそれをどう使おうが、俺の自由だろ?
生きろよ。みじめったらしく生きて、そして見せてみろよ、お前の意地ってやつをよ」
兄 「かっこつけてんじゃねえよ」
昴 「お互い様だろ? 何が「とどめを刺せ」だよ。それじゃあ、妹さんは喜ばないぜ」
兄 「言ってくれるぜ。……違う出会い方をしていれば友になれたかもな。ハミルトン……妹を、由希を、頼む。バタ(と気を失う)」
昴 「ああ。幸せにする」
間。
響 「ねえ、ハミルトンて誰?」
由 「飽きないわね、あんたら」
兄 「って、こんなんで納得するかあー!!」
昴 「あ、やっぱり」
兄 「由希、ちゃんと説明してくれよ。誰なんだこいつらは」
由 「えと、今まで黙っててゴメン。こいつらは居候で、家に住んでる、の」
兄 「男と一緒に暮らしてる、ということか?」
由 「暮らしてるっていうか、勝手に住みついたというか、まあ拾ってきたのはあたしだけど……」
兄 「このこと親父は知ってるのか?」
由 「知らない」
兄 「大問題だな」
由 「でも」
兄 「でもなんだ? 早紀の次は由希か。どうしてお前たちはそうなんだ。そうやって俺を裏切るんだよ」
由 「―――っ」
昴 「あんた、勝手な人だね。本当に勝手な人だ」
兄 「なんだと?」
昴 「ほら、さっきと人が変わったみたいに突然キレ出してさ。大人気ないと思わないの?」
兄 「貴様!」
由 「待ってよ二人とも。落ち着いてってば」
兄 「どうしてお前たちはそうなんだ。早紀も、由希も、どうしてこうなっちまったんだ。
昔はこんなじゃなかったのに。何で学校に行かないんだよ。なんで困らせるようなこと
ばかりするんだよ。なあ由希、答えろよ。何がいけなかったんだ? どうしてこんなこ
とになっちまったんだ? なあ由希!」
由 「…………」
昴 「ユキばかりを責めるなって。あんた、何様のつもり?神様?
全部理解(わか)ったつもりになって、本当はユキのこと何も知らないくせに」
兄 「――っお前にはわかるっていうのか?」
昴 「わかってるつもりさ。少なくともあんたよりはな。人間は他人を全部理解なんかでき
ないさ。でもな、あんたは泣いてるユキの声を聞いてやったのか? 独りで震えてた肩
に気づいてやれたのか?」
兄 「何を偉そうに。お前は由希のなんなんだ」
昴 「俺はユキの側にいるだけ。ユキのことが好きなだけ。ユキの『何か』なんてわからないよ。
あんたはちゃんとユキを見なかった。本当のユキを見ようとしなかった。それなのに兄貴ぶって、兄失格だね」
由 「もういいよ、昴」
昴 「ユキ」
由 「ごめんねお兄ちゃん。あたし、お兄ちゃんのこともお父さんのことも大好きだからさ、
あたしのこと見て欲しかったんだ。お兄ちゃんもお父さんもお姉ちゃんのことばかり見
てたから、くやしくて、だからがんばって勉強してたんだ。
お兄ちゃんはお姉ちゃんのことが大好きだったんだよね」
由 「ごめん、あたしはお姉ちゃんの代わりにはなれない」
由 「ごめんねお兄ちゃん。あたしは大丈夫だから。学校もちゃんと行くから。だから――ごめん。あたしはお兄ちゃんの理想にはなれない」
兄 「な、なんだよそれ!だから男と一緒に住むっていうのか? 家には帰らないっていう
のか? 冗談じゃないぞ。こんなの、親父が許すわけがない。そうだ、許されていいわ
けがない!」
由 「お兄ちゃん違うよ、あたしは――」
兄 「うるさい! どうしてお前たちはそうなんだよ。俺を裏切るんだよ……」
「もういい、お前もいらない。いらないんだよ」
由 「お兄ちゃ――」
昴 「あんた、言っていいことと悪いことがあるだろ」
由 「昴?」
昴 「あんた、やっぱり自分のことばかりだな。ユキの気持ちを考えろよ!そんなこと言わ
れて平気な奴なんかいるかよ。『いらない』って言われて、傷つかない奴なんているわ
けないだろ!?どうしてそんな簡単なこともわからないんだよ、あんたは。
あやまれ!ユキにあやまれ!」
兄、何かを言いかけようとするが、
由 「もういいよ、昴。ありがと」
由希の言葉に遮られる。
兄、無言のまま去る。
昴 「本当に勝手な奴だな、あいつ」
由 「そう言わないでよ。あたしの兄貴なんだから。ああ見えても、いいところもあるんだ
よ。ちょっと、気持ちの向け方を間違えただけ、かな。それを向けられるのがすごく嫌で、
苦手だったのかもしれない」
昴 「言ってたよね、友達がお兄さんやお姉さんに似てるから苦手だって。それって、お兄さんと
お姉さんの似ている部分を友達の中に見つけたってことだよね。
友達の中に、求めたってことだよ。だから、友達の中にキョウダイを見つけたんだろ?」
響 「でもそれじゃあ、あたしは父さんや兄貴とおんなじだ。あたしは本人を見ていない。誰かの面影を、他の誰かに重ねてしまっているだけ。誰かの代わりが、欲しいだけ」
昴 「だから一緒にいたくなかったんだろ? そう思ってしまっている自分に、気づいてしまったから。そんな自分が、嫌だから。
だから、学校に行かなくなったんだろ?」
響 「本当はみんな、あたしのことなんてどうでもいいんだ。でもそれと同じくらいに、あ
たしは他の人のことなんてどうでもいいんだ。あたしは、あたし自身を守りたかっただけ……」
由 「ごめんね、昴、響。これはあたしのエゴの押し付け。あんたたちと一緒にいたのは、
あんたたちと一緒にいると、楽だから。あたしの汚い部分を見なくて済むから。
…………ごめんね」
昴 「あやまらなくてもいいよ。あやまる必要なんてない」
昴 「だって俺たちは、ユキのことが大好きだから」
昴、ユキの頭をそっと撫でる。
震える少女の肩を抱こうとして、すんでのところで手を止める。
表情は先程の穏やかなものから少しずつ険しいそれへと変貌していく。
必死に、何かを耐えるように、ゆっくりと由希の体を離す。
響 「ゆき!」
泣きじゃくりながら、響が由希に飛びつく。
抱き締めあってその場に崩れる二人。
昴はその様子を見ようともせず、己のてのひらを眺め、肩を震わせる。
まるで、自らの中のなにかと葛藤するかのように。
由 「ほんと、ありがとうね。でもまあ、兄貴にも言いたいこと言ったし、すっきりしたかな」
響 「いいたいこと?」
由 「あたしはお姉ちゃんの代わりになれないって。
人は誰かの代わりにはなれないんだよ。その人は、その人だから」
穏やかな表情を浮かべる由希と対照的に険しい顔の響。何かに怯えるよう体中を震わせる。
響 「あ、あ、ああ、あ……」
由 「どうしたの響?大丈夫?」
響 「く、くるよ。怖いものが、くるよ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます