第七章
第七章
十二月十四日(水)
場面は公園。
絶望に打ちひしがれた兄、ふらふらとしながら登場。
兄 「なぜだ……。なぜだなぜだなぜなんだ!」
苦悩のダンス。動きにキレはあるがしかし、いつもの元気がない。
兄 「由希が学校に行っていないなんて登校拒否だなんてひきこもりだなんて、嗚呼そんなバカなカバなバナナ……。
これは何かの間違いだ。ああそうだとも間違いだ。
もしも本当だとしたら、どうして由希は俺に言ってくれなかったんだ。心配をかけた
くなかったからか? それともお兄ちゃんのことが嫌いになっちゃったのか?
いや、そんなことはない。断じてない。全くない。あってたまるか。きっと親父に担
がれてんだ。あのジジイすました顔して「由希が最近学校にいってないらしいんだ。お
前には心配をかけまいと思って何も言わなかったが、ちょっと様子を見てきてくれない
か?」だとさ。
……ふざけるなー!もう会いに行ったっちゅうねん。もっと早く言えっ!」
ああ由希、わが愛しの妹、マイ・スウィート・シスター、由希ぃ~。なんてかわい
そうな子なんだ。あの小さな体できっと苦悩していたに違いない。すまない由希、ど
うして俺は気づいてやれなかったんだ。お兄ちゃんが側にいれば、こんなことにはな
らなかったのに……。
ああ、俺はどうすればいいんだ。お兄ちゃんはどうすれば妹の力になってやれるん
だ。誰か教えてくれ!神よ!」
声 「迷える子羊よ!そなたの心の叫びはしかと受け取った!」
兄 「誰だ!?」
派手な光と音に包まれ、占い師登場!格好は、あやしい。
占 「久しいな、悩める若者よ」
兄 「お、お前は、俺にガラクタばかり高い金で売りつけやがった謎の占い師じゃないか!」
占 「ウサギのぬいぐるみは喜んでもらえたかな?」
兄 「その節はどうも。……ってお前のせいで金欠地獄になあ」
占 「妹君は、喜んでいたかな?」
兄 「お、おう」
占 「結構」
占 「私は謎の占い師。趣味は人の人生を狂わせること。無駄に含んだ言い回しと占いで、
客を不安にさせることを心の糧として生きている。
好きな客のタイプは『リストラ帰りのサラリーマン』」
兄 「き、貴様! 俺の人生を狂わせに来たのかこの悪魔め!」
占 「否(いな)。断じて違うぞ若者よ。
私は客を選ぶ。選ばれたもののみが神の啓示を受けることができるのだ。
私の真の占いを、そして心理を、得ることができるのだ」
占 「若者よ!何故汝は悩むのだ。何故人は苦しむのだ。生きているということはすなわ
ち、苦悩の連続なのではないか?
しかし、いや、だからこそ、人々には救いが必要なのではないのか?崇高で且つ甘
美極まりない助言と導きが必要なのではないか?
占 「諸君ら人間は必ずいくつかの矛盾を抱えて生きている。本能と理性、協調と個性、理
屈と感情、自己と社会、優越と劣等、情欲と愛情。
これらの相反する考え方は、反発しながらも同時に存在している。これは良い悪い、
正しい誤っているといった安易な二択の天秤に簡単にかけられるようなものではない。
諸君らはこれから、そのような矛盾と対峙する時が来るかもしれない。それは諸君ら
自身のことかもしれないし、諸君らが出会う人間のことかもしれない。もしくは、今日
目の前で起きる出来事の中にあるかもしれない。
しかし諸君らがそういった矛盾と遭遇しても、一辺倒に否定や容認をしないでやって
欲しい。矛盾と対峙した彼らが何を考え何を欲し求めたか、何故そのような答えを選ん
だのか、それを考えて欲しい。
今一度、自分が何が欲しいのかを考えて欲しい」
「私は迷える子羊たちに救いの手を差し伸べる為に舞い降りた天使となってみせよう
ぞ。
人間其即ち愚かなる矛盾包含存在であろうとも、人生其即ち無価値に成り下がろうと
も、愚者のカードが死神に変貌する如く、汝の人生も破滅的至福の螺旋世界へと
転落させてみせようぞ!」
兄 「おお!なんかよくわからんがありがとう謎の占い師!」
占 「礼には及ばぬ。これが私の使命だからな」
「ときに若者よ、そなた悩み事があると言ったな」
兄 「お、おう……そうだ」
占 「それは、家族のことだな」
兄 「お、おう……そうだ」
占 「それは特に、妹君のことだな?」
兄 「そ、そうだ。なぜわかるんだ謎の占い師。俺の心が読めるのか!?」
占 「愚問だな。それは私が天才占い師だからだ」
兄 「そうだったのか!謎の天才占い師!」
占 「称賛痛み入る。して、具体的には何を占ってほしい? そなたの意思を尊重しよう」
兄 「そうだな、じゃあ、どうして由希が……妹が学校に行かなくなってしまったのかを占ってほしい」
占 「ほう、不登校というやつかな」
兄 「それ!それなんだよ!どうしてかなあ、なんでこうなっちゃったかなあ」
占 「なんでこうなっちゃったのか、占ってほしいと?」
兄 「そうだ」
占 「心得た」
占い師、占い開始!
それにしても派手な音と光。そ、そんな動きまで? 占いに何の関係があるんだ占い師!
占 「出ましたぞ」
兄 「でましたか!それで?」
無言で手を差し出す占い師。
兄 「な、なんだ」
占 「お代だ。まさか、ただで占ってもらおうというわけではあるまいな?」
兄 「め、めっそうもない」
人差し指を優雅に立てる占い師。
兄 「すまねえ」
財布から千円札を取り出す兄。
兄 「鶴は千円!なんてな」
静かに首を振る占い師。
占 「喧嘩を売っているのか? 夏目漱石ごときでこの場をやり過ごそうというのか。夏目漱石ごときで!」
兄 「え、えーっと」
ともう一枚千円札を出す。
占 「そう、これだ!野口英世!これを待っていたのだよ……ってそういう問題じゃナイ!」
「諭吉に会いたい。私は今すごーく諭吉に会いたい」
兄 「ただいま!」
慌てて財布を漁る兄。
占 「結構」
ぴっと指に挟んで取り上げる。
占 「ウェルカム諭吉」
兄 「グッバイ諭吉」
占 「そしてこんにちは運命!」
兄 「待ってました」
占 「若者よ、しかと聞け。妹君の不登校の原因を」
兄 「なんだ、それはなんなんだ?」
占 「陰謀だ」
兄 「陰謀!?」
占 「そうだ。我々の世界には陰謀が溢れている。(客を指差して)君の宿題が終わらない
のも、君の給料が安いのも、君がクリスマスを一人で過ごさなければならないのも、世
界から戦争がなくならないのも全て! ……何者かが陰謀を企てているからなのだよ」
兄 「何者、かが?」
占 「そうだ。悪いのは君ではない。この世界には確実に、悪が存在している。人間が幸せ
になれないのも、人間が矛盾を抱えて生きなければならないのも、全ては悪の存在があるからである」
兄 「そ、そうだ!俺は悪くない。俺が悪いはずがない!」
占 「何故?」
兄 「そ、それは――陰謀が全部悪いからだ!」
占 「結構」
兄 「それで?誰のせいで由希は!?」
占 「諭吉」
兄 「は?」
占 「福沢諭吉に会いたいなあ!」
兄 「はいただいま!(大急ぎで金を渡す)」
占 「結構。敵は妹君の側にいる」
兄 「なに!?」
占 「家の中で」
兄 「家の中で?」
占 「あんなことや、こんなことを……。むむぅ!見える、見えるぞぉ!」
兄貴妄想開始。自分の妄想に自滅する。ぶつぶつ言いながら動きはあやしい。
占 「ずばり、あなたの運勢は『恋のバカ騒ぎ』でしょう。ラッキーカラーはアイボリー。
黄ばみ系。平たく言うとラクダ色。ラッキーパーソンはキョウダイ。特に妹!かわいい
妹!大好きな人がいるあなた、ライバルの出現で修羅場の予感!」
兄 「ハミルトン」
占 「そうだ、敵は家にいる」
兄 「お前かあ!やはりお前なのかハミルトン。俺の前に立ちはだかるかハミルトン!」
占 「悪はそこにいる」
兄 「由希ー!お兄ちゃんが今助けに行くぞー!」
兄、走り去る。財布を落とす。
占 「(財布の中身を確認して)結構」
占 「全く、いつの時代も人というものは愚かなものだ。さっきの男も何故己が非を認めよ
うとせぬのか。みつめようとせぬのか」
「人間には敵や悪が必要だ。その方がわかりやすいし、自らを正当化することができるか
らだ。全てを他人のせいに、誰かのせいにしてしまえば楽になれる。
しかしそれ自体が矛盾した考えであると、人は何故気づかぬのか。何故その敵や悪が、他人から見た自分であると気づかぬのか。愚か過ぎて救いようがない」
占 「大切なものを壊さないためには、自分の手を壊すしかない」
占 「私は謎の占い師。趣味は人の人生を狂わせること。無駄に含んだ言い回しと占いで、客を不安にさせることを心の糧として生きている。出番はこれだけ。
好きな客のタイプは『振られたばかりの女子高生』。
ある時は人類に絶望を。しかしまたある時は、助言と導きを」
「むむ! あちらに『大学受験に不安を抱いた浪人生』の気配が!」
「それでは諸君、また会おうぞ。私の助けが必要な時は呼ぶが良い。宇宙の果てから
でも駆けつけてみせようぞ。
さらば、諭吉が私を呼んでいる」
高らかに笑いながら走り去る。最後まで謎のまま。
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