第六章

第六章


同日


   場面は由希の部屋。


   部屋には響一人。ぬいぐるみと遊んでいる。古いぬいぐるみvs新しいぬいぐるみ。バトルは白熱している。


   しばらくして奥のドアが開く。二人の女が泥棒のような物腰で侵入。

   周りに注意を払いながら部屋の中を探索。

   響も二人組もお互いの存在には気付いていない。

   二人組は女子高生らしく、一人は高校の制服を着ている。ちなみにブレザーでチェックのスカートであるとより好ましい。


B 「抜き足」

A 「差し足」

B 「千鳥足」

A 「それを言うなら忍び足」

B 「そう、それ」

B 「抜き足」

A 「差し足」

響 「ちどりあし」

A 「だから忍び足だって言ってるじゃない」

B 「ごめん」

響 「どういたしまして」


   二人組、響に気づく。


   なんともいえぬ沈黙。まるで時間が凍りついたかのように。


A・B「きゃーっ!!」

響 「!?」


   響、二人組みに気づく。


響 「うわーっ!」

A・B「いやーっ!」


   慌てふためく三人。

   逃げ惑い、絶叫がこだまする。


B 「ドロボー!」

響 「どろぼうはそっちだろ!」

A 「変質者!」

響 「へんじゃない!」


   以下、役者たちの罵声と暴言が飛び交う。

 

   もみくちゃの中、友人Aが声を張り上げる。


A 「ストップ!」


   言葉に従い全員律儀にストップモーション。


A 「ここはまず落ち着いて話し合おう。話し合えば、きっと、わかり合えるはず」

 

   他二人も小刻みに何度も頷く。


A 「集合!休め!前にならえ!お手!おかわり!ちんちん!きをつけ!礼!着席!女豹のポーズ!番号!」

B 「1!」

響 「2!」

A 「3! よし、解散!」


   くつろぐ3人。破顔っぷりが笑いを誘う。

   ふと、思い出したように現実に引き戻される少女。


A 「って違う!」


   他二人もはっとする。いったい自分たちはどこの世界にワープしていたんだ!


A 「あのさあ、あんた誰?」

響 「だれっていわれても……おれはひびき」

B 「ひびき? ひびきって名前なの?」

響 「うん。えっと……だれ?」

B 「うちら? うちらは……」

A 「由希のクラスメイト」

響 「ゆき?」

A 「どうやら泥棒ってわけじゃなさそうね」

響 「ちがうよ」

B 「じゃあ何者よ」

響 「えーっと、えーっと……」

B 「あーもしかして」

A 「なに?」

B 「由希のカレシとか」

A 「はあ?」

B 「だってほら、なんかけっこうかわいいし」

A 「……関係なくね? まあ確かに。女の子みたいな顔してるけど」

響 「おれ男だよ」

B 「ふーん。由希はこういうのが好みなんだ」

A 「おいおい、まだそうと決まったわけじゃ」

B 「あいつ学校に来ないで男とよろしくやってたんじゃないの?」

A 「おいおいおい、そんなキャラか? 由希は」

響 「?」

B 「きっとそうだよ。うちらが英語の単語テストでヒーヒー言ってる間にあいつはベッドの上でヒーヒー言ってたんじゃないの?」

A 「下品」

B 「でもさでもさ、若い男と女が一つ屋根の下間違いの一つや二つあってもおかしくないって!」

A 「誰も一緒に住んでるとは言ってないじゃない」

B 「一緒に住んでるの?」

響 「うん」

B 「ほらあ!(笑顔がすごくうれしそう)」

A 「あんたはすごく楽しそうね」

B 「思春期ですから」

  「それで、由希さんとはどのようなご関係で?」

A 「あれだけ騒ぎ立てておいて今更訊くか?」

B 「だってあたしの推理、一人空回りだったら虚しいじゃん」

A 「推理じゃなくて妄想だろ」

B 「で、どーゆー関係」

響 「かんけーってなに?」

B 「ほらお茶を濁した! 決定ね」

A 「なぜそうなる」

B 「きっと由希とヒッキーは口にできぬほどのエロエロな生活をおくってるんだわ……。若いんだからいろいろあるっしょ。エロいこととかやらしいこととかすけべえなこととか」

A 「全部同じやん」

B 「なんてうらやまし(パンパンと自らの頬を叩き)、いかがわしいんでしょう」

A 「どうあってもそっちの方向に持って行きたいみたいね」

B 「もちろん!思春期ですから」

A 「ええい恥らうなうっとうしい! というか、ヒッキーってなんやねん。思春期の暴走に気を取られて危うくスルーしてしまう所だった」

B 「名前よ。ナマエ。ひびき君でしょ、略してヒッキー」

A 「ひびき、ヒッキー……元より長くなってない?」

B 「(無視して)ねえヒッキー、その首輪って由希につけられたの?そういうプレイなの?SMなの?興味津々なのお~!」

響 「おれ、よくわかんないよ」

A 「ほらほら、困ってるじゃない」

B 「えーつまーんないつまんなーい!」


昴 「おいわんこ、なに騒いでるんだ?」


   と、昴が入ってくる。

   再び凍りつく時間。


   慌てふためく三人。

   逃げ惑い、絶叫がこだまする。


   いらいらしながらその光景を見据える昴。が、我慢の限界点はすぐにやってくる。

   揉みくちゃの中、昴が声を張り上げる。


昴 「ストップ!」


   言葉に従い全員律儀にストップモーション。


昴 「ここはまず落ち着いて話し合おう。話し合えば、きっと、わかりあえるはず」


   他三人も小刻み何度も頷く。


昴 「集合!休め!前にならえ!お手!おかわり!ちんちん!きをつけ!礼!着席!起立!シェー!コマネチ!番号!」

B 「1!」

響 「2!」

A 「3!」

昴 「4! よし、解散!」


   くつろぐ三人。見守る昴。破顔っぷりが笑いを誘う。


昴 「で、あんたら誰?」

B 「あんたこそ誰よ?」

A 「泥棒……?」

昴 「泥棒違うし」

響 「おれはひびき!」

昴 「知ってる」

B 「……まさかっ!」

一同「?」

B 「由希の真の愛人!?」

昴 「は?」

A 「愛人ってそれ違くない?」

B 「ふ……不潔よ。高校生があんなことやこんなことをっ」

A 「不潔なのはあんたの頭の中だ」

B 「だって今日日の女子高生が男二人と一緒に暮らしてるのよ。そりゃもうゴールデンタイムで、否、深夜番組でも放送できないような素敵なことしてるに決まってるじゃない!」

A 「誰も一緒に住んでるとは言ってないから」

B 「一緒に住んでるの?」

昴 「うん」

B 「ほらあ!」

A 「あいかわらず楽しそうね」

B 「思春期ですから」

A 「あんたの場合思春期ってより発情期だな」

B 「(無視して)それで、由希さんとはどのようなご関係で?」

昴 「愛し合ってまス」

B 「キャーっ!!」

A 「ねえ、今の言い方嘘っぽくない? 嘘っぽくない?」

昴 「あんたらは……ユキの友達?」

B 「そう。マブダチよ」

昴 「ふーん。俺はここの居候。あ、こいつもね」

A 「由希んとこに二人も転がり込んでいるとはね。知らなかったわ」

昴 「あのさ、あんたらはユキとどれくらい仲が良いの?」

B 「言ったじゃん、マブダチだって」

昴 「そうか。じゃあ一つ訊くけどさ、ユキって何で学校行ってないの?」

B 「それは……」

A 「そんなこともしらないの?」

昴 「さあね。本当のところはよくわからないから」

A 「面倒臭いから。学校嫌いだから。やる気がないから」

昴 「それは聞いた」

A 「じゃあそれだけなんじゃない?」

昴 「そこの理由が聞きたいんだけど。あんたらの方が付き合いが長いんだ。見えるものも知ってるものも違うだろ?」

A 「理由というよりは原因かな。由希にお姉さんがいるのは知ってる?」

昴 「つい最近知った」

A 「そのお姉さんが原因、というかきっかけ。それ以上のことは言わない。あの子に怒られたくないしね。それに、そういうのって他人から聞かされるのも微妙(アレ)でしょ。知りたかったら本人に直接訊きな」

昴 「アドバイスありがとう」


   突然ドアが開く。そこには由希の姿が。


由 「ただいまー」

由 「…………」

   驚き、慌てふためく一同。

由 「ねえ、これっていったいどういう状況なわけ?」

B 「まあ、順を追って説明するとですね、まずうちらがベランダから侵入してきたわけですよ」

由 「ここ2階」

A 「知ってる」

B 「木を登ってひょいひょいと」

由 「不法侵入。犯罪」

A 「いつものこと」

B 「バレなきゃOK」

由 「バレてるでしょうが、あたしに」

B 「んで、その二人に出くわしたわけ」

昴 「らしいよ」

由 「ちょっとあんたら、人がいない間に変な話してないでしょうね?」

A 「変な話?」

B 「べっつにー。してないよねー」

響 「ねー」

由 「あんたも乗るな」

B 「それで由希さん、弁明の程は? 男の子二人と一緒に暮らしているわけですが、いったいどうなっちゃってるんですかねえ。ねえ?」

由 「な、何を突然」

B 「突然ってわけでもないって。当然の流れでしょう。それで、どうなの?」

由 「どうって言われても……ただの居候よ。それだけ」

B 「ふぅん。それだけねえ?」

由 「なんかムカツクなあ、それ。いろいろ事情があって、住み着いちゃっただけだって!」

B 「ふぅん……」

由 「ほら、あんたたちも何か言ってやりなさいよ」

響 「うんとね、ゆきってけっこううまいよ。りょうりとか」

由 「……?ほ、ほら」

昴 「うんとね、ユキってけっこうウマいよ。イロイロ」

由 「……?ほ、ほら。って違うでしょ、その発言は違うでしょ? どうしてあんたは毎度毎度誤解を生むよなこと言うの」

B 「ほう。それで、イロイロとはどうイロイロなんでしょ?」

昴 「まあ、まずはアレだねお風呂……」

由 「わあっ!」

昴 「なんだよ、お風呂掃除が上手いって言おうとしただけだよ」

由 「ああそうですか」

B 「自分で意味もなく盛り上げてることに気づかないのかねえ、この子は」

昴 「ほんとおもしろいなあ、ユキは」

由 「終わり。この話しはもうおしまい!」

A 「(ふうと溜め息を吐き)じゃあ本題に入ろうか」


   そう言ってカバンからファイルを取り出す。中にはプリント類が。


A 「はい、溜まってたプリント類」

由 「あ、ありがと」

A 「でさ、由希。いつになったら学校来るの?」

由 「あーそれはーそのー」

A 「みんな心配してるんだよ」

由 「う、うん」

A 「家の人にはちゃんと言ってるの?」

由 「うーん……それが、学校が親に連絡したらしくてさあ。兄貴は知らなかったみたいだけど

たぶん父さんが心配かけさせまいと黙ってるんじゃないのかなあ。でもバレるのは時間の問題だろうね。こないだ家(うち)に来たし」

A 「そっか。……それで、いつまでこんな不登校みたいな真似続けるつもり?」

由 「……」

A 「ねえ」

由 「今何て言った?」

A 「なにが?」

由 「だから、何みたいな真似?」

A 「え?だから不登校」

由 「それだ!」

一同「!?」

由 「不登校、もしくは登校拒否! あんたら、今までよくも散々バカにしてくれたわねえ。ふふふふふ……はーっはっはっは!」

昴 「ついに壊れたか?」

由 「(ビシッと指を突き出し)昴、あんたよくも事あるごとにあたしのこと『ひきこもり』

 『ひきこもり』っていじめてくれたわね」

昴 「やっぱり『ひきこもり』って言ったこと根に持ってんじゃん」

由 「(ビシッと指を突き出し)響、あんた事あるごとに意味もわからず『ひきこもり』『ひきこもり』って連呼して遊んでくれたわね」

響 「え? しらないよお」

由 「そう、あたしは『ひきこもり』なんかじゃない! 不登校または登校拒否!」

B 「それっていばって言うところ?」

A 「あーそうやってまた話を逸らす……」


由 「……あたしは大丈夫だから」

  「もう少ししたら、学校も行くから」

B 「ふーん。ま、待ってるからさ。でもよかったよ、元気そうで」

A 「そうだね。悪い奴らじゃないみたいだ」

由 「なにが?」

A 「元気そうで何よりってこと」

由 「あっそ」

A 「じゃああたしらはそろそろ帰るから」

B 「え?もう?」

A 「プリントは届けたわけだし」

B 「えーまだ遊び足りないー」

由 「遊ぶって何するの」

B 「由希で遊ぶ」

由 「おい」

A 「ねえ」

昴 「ん?」

A 「あとは、まかせたわ」

昴 「………」

A 「おーい帰るぞ」

B 「へいへい」

由 「あんたら、帰るときくらい玄関使いなって」

A 「別にいいや。靴こっちにあるし」

B 「じゃあねー」


   二人組、部屋の奥へと去る。


由 「まったく、なんだったんだか……台風が去った感じね」

昴 「ユキのこと心配してくれてるんだろ。いい友達じゃないか」

由 「……ありがた迷惑だよ、あんなの」

昴 「でもまんざらでもないみたいだったけど?」

由 「うっさいなー」

昴 「素直じゃないな」

由 「尚子のことも、絵理のことも好きだけど、ちょっと苦手なんだよ。絵理はテンション

高くて時々ついていけないし、そういうトコ兄貴に似てるし。

   尚子は……早紀に似てるから」

昴 「早紀って誰? ……由希の、お姉さん?」

由 「うん」

  「尚子は、制服着てた方の子で、すごくいい子だよ。でも、いい子すぎて、あたしは、苦手。

   成績優秀、スポーツ万能、人当たりがよくて、優しくて、要領もよくて、誰からも信

頼されるヒト。

   あたしとはいつもテストの点数で競ってた。こう見えても頭いいのよ、あたし。

   尚子は元の性能が良くてその上努力家だからついてくのが大変だったわ。 

   でもね、がんばってる理由が嫌いだった。はっきりと言葉で聞いたわけじゃないけど、

わかっちゃったから。

   尚子ががんばるのは、優等生を演じるのは、人から良く思われたいから。人から良く

見られたいから。親や先生に期待されて、その期待に応えようとして、がんばってるの

よね。失望されたくないから。

   そういうところが、大嫌い」

昴 「自分と似てるから?」

由 「……そうね。あたしにも少なからずそういうところはあった。ただあたしは、優等生

で何でもできる姉に追いつきたかった。それだけよ。でももう、あたしの目標はもうい

ない」

  「最初はただ、お父さんの目を自分に向けたかっただけだった。

   お姉ちゃんがすごく優秀で、お父さんの期待は全部お姉ちゃんに持って行かれた。

なんでもできる完璧な姉。お父さんも兄貴もお姉ちゃんばかり見て、あたしのことを気

にもしてくれなかった。

   お姉ちゃんがダメになって、みんなの期待はお姉ちゃんからあたしに移った。がんば

ったけど、期待に応えようと思ってがんばったけど、だめだった。結局あたしはお姉ち

ゃんの、早紀の代わりに過ぎなかった。みんなあたしに、早紀と同じ物を求めた。でも

だめだった。あたしは早紀にはなれなかった」

  「なんだか、馬鹿らしくなっちゃったんだ、がんばってるのが。だから学校も、どうで

もよくなって……。

   でも逃げ回るのもそろそろ終わりかな。あんたら見てると、悩んでる自分が馬鹿みた

いに思えてきたから」

昴 「なにそれ。それって褒められてるの?」

由 「これ以上の褒め言葉はないんじゃなくって?」

昴 「素直に喜んでいいのかなあ、それ」

由 「素直に喜んどきなさいって」

昴 「そうかなあ」

由 「あはははは……」


昴 「話しくらい聴くから」


昴 「いつでも、話しくらい聞くから。力になれるかはわからないけど、愚痴くらいなら、いつでも言ってくれて構わないから」

由 「……ありがと」

  「ありがとうついでに、ご飯でもつくるかなあ。野郎共、腹はすいてるかー」

響 「おーう! おなかすいたあ」

由 「いきなり元気になったな、現金なハラペコ少年よ。何か食べたいものある?」

響 「えっとねー、えっとねー……カレーライス!」

由 「簡単でいいわね、あんたは。じゃあハンバーグもつけてあげる」

響 「やったー!」

由 「昴は? 昴は何か食べたいもの?」

昴 「俺? 俺は……別にいいや。カレーもハンバーグもいらない。別にお腹すいてないし」

由 「そう? 何もいらないの?」

昴 「うん、いらない」

由 「何かデザートでも作ろうか?」

昴 「いいよ。食欲がないんだ。

   どうせならユキを――」


   口許を押さえる昴。


由 「なに?」

昴 「いや、なんでもない。ワンコのためにたくさん作っておいで」

由 「はいはい。

   それでは、腕によりをかけて作ってきますよ。カレーだけどね」

響 「いってらっしゃーい」


   由希、キッチンへと消えていく。


      間。


昴・響「ハラへったあ……」

昴 「おいわんこ、真似するなよ」

響 「マネなんてしてないよぅ!」

昴 「まあ、別にいいんだけどさ」

  「なあ、響」

響 「なに?」

昴 「俺たち、いつまでこうしていられるんだろうな」

響 「?」

昴 「……なんでもないよ」


   虚空を仰ぎ、虚ろな目をしたまま、昴は胸元を掴む。衝動が襲い掛かってくる。

   響はおもちゃで遊びはじめる。


響 「あーはらへったあ」

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