第五章

第五章


十二月五日(月)


   場面は公園。

   ベンチには由希が腰掛けている


響 「あたしは価値が欲しい。自分に価値が欲しい。意味が欲しい。生まれてきた理由。生きていく理由。ここにいていいって、誰かに言って欲しい。誰かに許して欲しい。ここにもいていいって」


   しばらくすると男が通りかかる。相変わずの喪服姿。黒手袋の右手には黒い杖。

左手にはチュッパチャップス。


男 「ねえ、そこのあんた」

由 「……(気づかない)」

男 「君だよ、君」

由 「あ、はい。なんですか?」

男 「気分が優れないようだが大丈夫かい?」

由 「ええ、まあ」

男 「あまり大丈夫じゃなさそうだね。何か暖かい飲み物でも飲むかい?」

由 「いえ、大丈夫ですから」

男 「……先日、ここで大学生くらいの男に会ったんですよ」

由 「?」

男 「その人、おもしろい男でね。妹がいるらしいんだけど、すごい暴走癖と妄想癖があ

ってね。妹に誕生日プレゼントをあげるってはりきってたよ」

由 「……」

男 「話を聞いた感じじゃ君くらいの年頃かと思ったんだが。……すまない、何の脈絡も

なくこんな話をしてしまって。ただ君を見ていたらなんとなく思い出してね。

   まあ僕も散歩の休憩に話し相手が欲しかっただけなんだが。どうだい?気分転換に

おじさんと会話をしてみるってのは?」


   小さく頷き、遠慮がちにベンチの隅に寄る。

   

男 「失礼(と由希の隣に座る)」

  「どうしたんだい今日は? こんなところでさ」

由 「ちょっと、散歩に。考え事――気分転換をしたかったから」

男 「こんな時間に? 学校はどうしたんだい?」

由 「学校は、最近行ってない」

男 「どうして?」

由 「なんだか、やる気が出なくて、行きたくなくて。どうでもよくなっただけ、です」

男 「どうしてまた? なにがどうでもいいって?」

由 「別に。まあ、家でいろいろあって」

男 「家族とうまくいってないの?」

由 「まあ、ちょっと」

男 「そうか。変なことを訊いてすまない」

由 「いえ、あの……さっき言ってた変な大学生、たぶんうちの兄です」

男 「ほう、あの兄の妹が君ねえ。いやいや、苦労してそうだ」

由 「はははは……」

男 「お兄さんのこと、苦手なのかい?」

由 「苦手というか、嫌いです」

男 「嫌い?」

由 「自分の気持ちを押し付けるところとか、思い込みが激しいところとか」

男 「ああ、ぽいねえ。でも好きなんだろ?」

由 「言ったじゃないですか、嫌いだって」

男 「でも君はここでこうして僕と話しをしてる。お兄さんの話に興味があったからじゃ

ないのかい?」

由 「昔は、好きでした。でも今は嫌いです。兄も、家族も。

   兄貴、あたしのことなんて言ってました?」

男 「一言で言うと、溺愛だね。君のことが大好きのようだった。シスコン、というやつ

かな。ああそう、君に変な男が寄ってないかと心配していたよ」

由 「あははは……変な男ねえ」

男 「なに? 心当たりのある人でもいるの?」

由 「というか、変な奴らと知り合って。なに考えてるのかわけわからない奴らなんです

けど、一緒にいると妙に落ち着いて。自分を作らなくて済むから、すごく楽で。いつ

も騒ぎばかり起こして、あたしを困らせるんですけど……なんかほっとけなくて」

男 「自然体で一緒にいられる相手っていうのは、すごく大切なんじゃないかな? 家族

の前でも自分を作ってるのかい?」

由 「そうですね。作らないと、勝ち目がなかったから」

男 「……いろいろ大変だね、若者は」

由 「すみません、変な話しちゃって。その、初めて会った人に」

男 「初めて会ったから、赤の他人だから話せることもある。僕はたまたまここに通りが

かった、それだけだよ」

由 「話して、良かったと思います」

男 「そうか。それならいい。気分はどうだい?」

由 「はい、さっきよりは」

男 「いろいろ思いつめていたから外の空気を吸いに来たんだろ? 顔色も少しはよくな

ったようだ」

由 「じゃあ、もう行きますね。待ってる奴らがいるから」

男 「彼氏かい?」

由 「言ったじゃないですか、変な奴らだって」

男 「でも悪い人たちじゃないようだ。君も心を開いているようだし」

由 「ただの問題児ですよ、本当に」

男 「彼らのおかげで君は救われているようだね。そういう存在は大事だよ。大切にしなさい」

由 「はい」


   微笑を浮かべた由希、去ろうとする。


男 「ああ、ちょっと待って」

由 「はい?」

男 「『犬』を知らないか?」

由 「犬、ですか?」

男 「いや、動物の犬のことじゃなくてだな……まあ、人間のことだ。背はこれくらいで

首には犬がつけているような首輪をしているんだ。知らないかい?」

由 「くびわ、ですか?」

男 「そうだ。赤い首輪をした凶暴な奴だ。暴れだしたら手がつけられない。小柄で目つ

きの鋭い男。年はそうだな、ちょうど君くらいかそれより下か。そんな男を見なかったか?」

由 「いえ……知りません」

男 「そうか。もし見つけたら……そうだな、僕に知らせなくても構わないから、とにか

く近づかないことだ。すこぶる危険な奴だからね」

由 「あの、一つ訊いてもいいですか?」

男 「なんだい?」

由 「その首輪の人を捜して、どうするんですか?」

男 「ああ、お礼をしたいんだよ。いろいろと。そう、いろいろともらったからねえ。親

戚みたいなものさ。迷子を捜している、と言った方が適切かな」

由 「………」

男 「ん? ああ、気にしなくてもいいよ。僕の探し物だ。のんびりと探すさ」

由 「それじゃあ」


   頭を下げて去る。


   残された男は虚空を仰ぎひとりごちる。


男 「当たり、かな」

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