第四章

第四章


同日


   場面は由希の部屋。


   響はベッドの上で昼寝中。腕にはぬいぐるみが抱かれている。

   由希は電話中。雰囲気はあまりよろしくない。


由 「大丈夫、ちゃんと学校行くから。もう心配かけないから。あたしは大丈夫だから。

…………はい、……はい、わかりました。ちゃんと成績は、結果は出します。……う

ん、大丈夫。―――ごめん、お父さん」


   ガチャリと受話器を下ろす。


由 「はあ――かったりい」


   浮かない顔。ベッドに腰を下ろす。

   と、響が寄ってきて由希の膝枕独占。幸せそうだ。

   由希はしばらく呆っとして近くにある本を開く。読書というよりは眺めているだけ。


響 「どうせあたしに、期待なんかしてないくせに。誰かの代わりのくせに」


   響の声に由希は気付かない。


   昴帰宅。部屋に昴が入ってきて二人の様子をしばらく眺めている。


昴 「ねえ」

由 「(本から目を離さずに)なに?」

昴 「そのわんこユキによくなついてるよね」

由 「わんこ? ああ、響のことね。(昴の方を見て)どうしたの突然」

昴 「いや、最近妙に仲がいいなーって思って」

由 「気のせいよ。こいつが勝手にベタベタくっついてきて、それをつっぱねるのに疲れ   

  ただけ。寝てるときは静かなもんだよ」

昴 「うん、そうだね。響は好きだよね、ユキのこと」

由 「はあ?」

昴 「見てればよくわかるよ。俺には全然なつかないし」

由 「それはあんたらの相性の問題でしょうが」

昴 「でもユキにはこんなによくなついてる」

由 「あたしはいい迷惑だけどね」

昴 「でもすごく仲が良さそうだ」

由 「さっきからなに?」

昴 「別に。ただの嫉妬だよ」

由 「は?」

昴 「俺、ユキのこと好きだからさ」

由 「また始まった……」

昴 「何度でも言うよ。俺はユキが好きだよ」

響 「スキヤキ」


   ゴンと響の頭を落とす。まだ寝てる。寝顔は幸せそう。


昴 「あれ、ご不満ですかお姫様?」

由 「あーなんていうのかな……」

昴 「あれれ、照れてる?」

由 「違う。なんかさ、あんたが言うと本当くさくない」

昴 「ごめん日本語がよくわからない」

由 「だから、あんたは冗談言ってるようにしか聞こえないのよ」

昴 「ひどいなあ、プンプン」

由 「それ!軽い。あんたの言うこと成すこと軽くて信用できません」

昴 「あはははは……ユキちゃんはおもしろいこと言うなあ」

由 「あたしはおもしろくない」

昴 「冗談だと、思ってた?」

由 「思ってた(即答)」

昴 「……即答ですか」

由 「だってあんた、絶対に本音言わないでしょ。いつもはぐらかされてる感じ。こっち  

  は気分悪いわ」

昴 「ごめん、怒った?」

由 「それだって本気で言ってるの?」

昴 「言ってるよ。俺、ユキに嫌われたら終わりだから」

由 「なにそれ」

昴 「ユキが俺を好きじゃなくても構わない。ただ、俺のことを嫌いになったら……俺は

  ユキに何をするかわからない」

由 「……」

昴 「これは忠告だ。俺をあまり刺激しない方がいい。俺をあまり信用しない方がいい。 

  だって俺は鬼だ。いつ暴れだすかわかったもんじゃないんだぜ?」

由 「昴……」

昴 「なんてね。冗談だよ。あまりにユキと響が近かったからやつあたりしただけだ。あ、 

  ユキのこと好きってのは冗談じゃないですよもちろん。悪しからず」

由 「あんたって、ほんと何考えてんのかわからないわ」

昴 「あ、そうだ」


   昴、玄関に行き花束を持ってくる。


由 「どうしたの、これ」

昴 「Happy Birthday!」

由 「あ……」

昴 「なに、忘れてたの?」

由 「いや、誰かが祝ってくれるなんて思わなかったから」

昴 「だからカレンダーにも書いてなかったんだね」

由 「よく知ってたね」

昴 「さりげなく聞き出したから」

由 「うそ!」

昴 「自分が言ったことくらい責任持って覚えておこうよ」

由 「は、はい」

昴 「響からもプレゼントがあるんだよ。ほら、起きろバカ犬(と、蹴る)」

響 「和風ハンバーグステーキ」

昴 「……。飯の時間だ、起きろ。和風ハンバーグ定食ライス大盛りだぞ」

響 「大盛り!?(と起きる)」

昴 「おかえり」

響 「おはよ」

昴 「ほら、ユキのプレゼント」

響 「ああーっ!」


   響駆け出して部屋の奥へ。戻ってくると手には大量のうまい棒が。


響 「ゆき、たんじょうびおめでとー」

由 「あ、ありがと」

昴 「ま、これも一つの愛のカタチだよね」


   昴、奥からケーキの箱を持ってくる。


昴 「ケーキもあるよ。みんなで食べよ」

由 「マジ!? ……ありがとう」


   ケーキを出してろうそくを立て火をつける。

   部屋が薄暗くなる。


昴・響「ハッピーバースデイ・トゥ・ユー(と歌いだす)」


由 「ちょっと待った」


   明るくなる。首を傾げながら火を消す。


昴 「なに?」

響 「どうしたの?」

由 「あんたらさ、それ、どうしたの?」

昴 「ケーキとプレゼント?もちろん買ってきたけど」

由 「どこで?」

昴 「ケーキはケーキ屋。花は花屋。うまい棒は駄菓子屋。当たり前じゃない」

由 「お金は?」

昴 「働いて」

由 「どこで?」

昴 「コンビニで」

由 「ウソ」

昴 「ホント」


   由希、脳天空手チョップ。


昴 「痛いんですけど」

由 「あんたばか?」

昴 「英語で言うとアーユーフール?」


   再びチョップ。


昴 「痛いんですけど」

由 「あんたら命狙われてるんじゃなかったの?」

昴 「うん」

由 「あんたら追われてるんじゃなかったの?」

昴 「たしか」

由 「あんたら家から出られないんじゃなかったの?」

昴 「たぶん」


   またチョップ。


由 「だったらどうして勝手に出歩いてバイトして買い物しちゃってるのかしらねえ」

昴 「だってほら、人には『あんた自由ですよ』って権利が」

由 「そんな権利は知らんし、あんたは鬼だ」

昴 「おお!ついに鬼だと認めてくれるわけだ」

由 「あんた、よくコンビニで働けたわね。身分証明は?」

昴 「ちょこちょこっと偽造をね」

由 「最悪」

昴 「そこのコンビニの店長さんがいい人でさあ、給料の前借りをしてくれたんだ。

   ま、これで心置きなくトンズラできるってもんだ」

由 「するな!」

昴 「だって別に働かなくてもこの家にいれば飯には困らないわけだし。お金はユキの

  プレゼントのために欲しかっただけだし」

由 「あのさ、コンビニの店員とかそんな人目につくようなことしていいわけ?ねえいい 

  わけ?」

昴 「うん、まあいいんじゃない。響はずっと家に置いてるわけだし」

由 「どういうこと?」

昴 「俺には実験体としての価値がほとんどないから。それに研究所から出るときに暴れ

  まくってね。施設の大半を破壊しちゃったんだ」

由 「はかい?」

昴 「そう。なんたって俺は鬼だからね。殺すことと壊すことしか能のないない殺人マシ

ーンさ。俺の邪魔をする奴は片っ端から切り裂いてやった。バシュ、バシュ、ってね」

由 「……」

昴 「ごめんねお得意の冗談だよ。でも実際、俺は用済みなんじゃないかな。……それに

ほら、響はすごく重宝されていたんじゃない?首輪なんかつけられて」

由 「そういう言い方、やめなよ」

昴 「……ごめん。……さあ、食べようよケーキ」

響 「わーい!ケーキだケーキだ」

由 「……」

昴 「にっこり笑ってよ。せっかくの誕生日なんだからさ。誕生日、おめでとう」

由 「あ」

昴 「なに?」

由 「忘れてた」


   急に慌て出す由希。いろいろと奇妙な動きをして自分を落ち着かせる。


響 「どしたの?」

由 「来る」

昴 「だから何が?」

由 「修羅が、羅刹が、台風が」


声 「由ぅ希ぃ~~~~~~~~~~!」


一同「!?」

声 「由希、無事か?何もされてないな。ハミルトンそこにいるのはわかってるんだぞ、

観念して出て来い。(ドンドンと扉を叩き)由希、しっかりしろ!お兄ちゃんが助けに

来たぞ。いますぐお兄ちゃんが中国4000円の恐怖をハミルトンにおみまいしてや

る!由希ーたんじょうびおめでとーう!」

由 「あ、ありがと」

響 「はみるとん?」

昴 「4千円……安いねー」

声 「由希ぃー!」

由 「やば……」

響 「だれもいないよー。留守だよー」

由 「!! ちょっとぉ」

声 「なんだ、留守か。帰ろ」


   ズッコケる。足音が遠ざかっていく。


昴 「帰るのかよ」

由 「助かったあ……」

響 「だれ?」

由 「あーその、実は……あれはあたしの」


声 「って、留守が返事するかーっ!!」

   足音が走りながら近づいてくる。


昴 「気付くのが遅いって」


   ドンドンと扉が叩かれる。


声 「由希、いるんだろ? 開けてくれ」

由 「どうしよ、どうしよ。とりあえず、あんたら隠れて!」

響 「なんで?」

由 「いいから隠れて!」


   昴は奥へ。響はベッドの中に隠れる。


声 「由ぅ希ぃー」

由 「はいはーい、今開けるから」

声 「おお!その声は我が妹ではないか」

由 「あ、あいことば!」

声 「外国為替及び外国貿易管理法、略して為替管理法」

由 「よし入れ!」


   兄登場。体中は傷だらけで蜘蛛の巣やらすっぽんやら矢やらバケツやらetc……が体

  中にまとわりつき、地獄の道中を思わせる。


由 「ひ、久しぶり。どうしたのその格好?」

兄 「近道しようと思い林に突っ込んでハチに追いかけられたり、電信柱を避けようとし

て跳んでドブにハマったり、車にひかれそうになったおばあさんを助けようとして俺

がひかれてみたり、木にひっかかった風船を取ろうとして着地に失敗したり、子供の

作った落とし穴に落ちるは、合戦場を横切るは、川を泳いでなぜかサメに出くわすは、

宇宙人にさらわれてあやうく人体実験されそうになりつつ、ヘビの抜け殻を拾って金

運に恵まれ、途中美しい女性とぶつかり新しい恋の予感を感じつつも死ぬ気でここま

でやって来たわけだ」

由 「は、はあ。なんていうか、おつかれ」

兄 「ところで由希」

由 「は、はい!」

兄 「誕生日おめでとう」

由 「あ、ありがとう」


   兄がウサギのぬいぐるみを渡す。戸惑いながらも顔をほころばせる妹。だが兄がリ

ュックをひっくり返してガラクタの山を見せると、表情が凍る。


由 「あ、ありがとう」

兄 「ところで由希」

由 「は、はい!」

兄 「ハミルトンはどこだ?」

由 「は?」

兄 「ハミルトンはどこだと訊いている」

由 「ハミルトンって誰?」

兄 「……そうだよな、由希に限って悪い虫がついてるわけないよな」

由 「兄貴……お兄ちゃん大丈夫?」

兄 「あ、ああ。大丈夫だ。大丈夫」

由 「でも家に来るなんて久しぶりだね。元気してた?」

兄 「ああ、見ての通り元気プリプリだ」

由 「うん、ある意味すごい元気だよね」

兄 「すまない由希。最近バイトが忙しくてな。あまり構ってやれなかった。寂しかった

だろ?」

由 「ううん。大丈夫。あたしは全然大丈夫だから」

兄 「そうか、安全には気をつけろよ。火の用心はもちろん、知らない人間は絶対に上げ

ないように」

由 「ははは……絶対に、ね」

兄 「学校にはちゃんと行ってるか?」

由 「え!?がっこう!? そりゃあもう、学校大好きっスよ。毎日毎日馬車馬のごとく

勉学に励んでますよ」

兄 「そうか。それはすばらしいことだナ」

由 「ははははは……」

兄 「しかし由希ももう十七か。おおきくなったなあ」

由 「なによ、そんなしみじみと」

兄 「いやいや、時間が経つのは早いなと思ってな。昔はよく「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

って言ってヒヨコみたいに後ろをついてまわってたんだぞ」

由 「やめてよ。もう。いつの話よ」

兄 「俺も年を取るわけだよ」

由 「お父さんみたいなこと言わないでよ。お兄ちゃんだってまだまだ若いんだから。ま

だ大学生じゃない」

兄 「ははは、それもそうだな。おれもまだまだこれからか」

由 「お兄ちゃん、彼女いないの?」

兄 「なんだよ急に」

由 「別に。いい年こいて彼女の一人もいないのかなーって。どうなの?」

兄 「今のところはいない。別にモテないわけじゃないぞ。ただ、お前たちが結婚するま

ではオチオチ彼女も作れんよ。心配だからなあ」

由 「もう、何の心配よ。こんなんだから彼女できないんだよ、シスコン兄貴。その無駄なテンションの高さが

  八割がたの原因だとは口が裂けても言えないけどねっ」

兄 「なんだと!?お前なあ、言っていいことと悪いことがあるだろ。それが、こんな…

…こんなに口が悪く」

由 「誰かに似たんじゃない?」

兄 「誰かって誰だよ」

由 「さあ」


   二人、顔を見合わせて笑う。


兄 「そういえば由希、早紀は帰ってないのか?」

由 「……帰ってないよ」

兄 「最後に会ったのはいつだ?」

由 「もう忘れた。二ヶ月近く帰ってないから」

兄 「そうか。俺も連絡が取れなくて困ってるんだ。親父も連絡つかないって言うし。

……由希なら何か知ってるかと思って」

由 「知らないわよ!お姉ちゃんのことなんて。どうせ今日も男のところでしょ」

兄 「由希」

由 「お兄ちゃん、今日はもう帰って。ちょっと疲れた」

兄 「……由希」

由 「ごめん。プレゼント、ありがとう」

兄 「由希」

由 「……」


   兄無言で去る。しばらくして昴が入ってくる。


由 「………」

昴 「ふーん、兄さんなんていたんだ」

由 「………」

昴 「姉さんも」

由 「うるさい」

昴 「だって、何も知らないから。俺、ユキのこと何も知らないから」

由 「関係ないでしょ。あんたには、関係ないでしょ。それにあたし、あんたのこと何も

  知らないし」

響 「ゆき、なんかこわい」

昴 「何をそんなにピリピリしてるのさ」

由 「あたし、兄貴のこと嫌いなのよね。ただそれだけよ」

昴 「ふーん。それにしてはうれしそうだったけど?」


   昴、ぬいぐるみを拾い上げる。


由 「少し期待しただけよ。それだけ」

昴 「……ねえユキ、本当は二人暮しだったんだろ?」

由 「……どうして?」

昴 「奥に部屋がある。多分女の人のね。お姉さんのだろ?」

由 「だったらなに?」

昴 「別に。でもユキ、お姉さんは――」

由 「いない人のことなんて知らない!」

昴 「……」

由 「言ったでしょ、もう二ヶ月も前から帰ってこない。どこで遊び回ってるんだか……」

昴 「……」

由 「あいつはそういう女なの。あたしの気持ちなんてまるでわかってない。兄貴だって

そうよ!お父さんも、あたしのことなんてどうでもいいのよ。どうせあたしは誰からも理解なんかされない!」

昴 「理解してもらおうとしないと、理解なんかされないよ」

由 「わかったような口きかないで」

昴 「壁を作ってるのはユキの方だろ。何をそんなに怖がってるんだ?」

由 「別にあたしは怖がってなんか」

昴 「家族も、学校も怖いんだろ? だからずっと家(ここ)に閉じこもってる。

   俺たちと一緒にいるのは楽だから? 俺たちがユキを傷つけないから?」

由 「……」

昴 「だからひきこもりだって言ってんだよ」


      間。


昴 「傷ついた?」

由 「馬鹿にしないでよ。あたしはあんたが思ってるほど弱くない」

響 「誰もあたしのことを見てくれないの」


響 「みんな、みんなお姉ちゃんのことばかり……誰もあたしのことを好きになってくれないの」

由 「やめてよ」

響 「あたしはお姉ちゃんの代わりなの。お父さんも、お兄ちゃんも、あたしのことなんかどうでもいいの」

由 「うるさい、うるさい!」

響 「さみしいよ……だれか、あたしをみて」

由 「あたしはそんなこと思ってない!」

響 「誰かあたしを好きになって」

由 「やめてよ。もうやめて……」


響 「お姉ちゃん」


由 「!」


   由希、逃げるように奥の部屋に去る。


響 「ゆき……。ゆき、どうしちゃったのかな。ねえすばる!」

昴 「さあね」

響 「だってゆき、なきそうだった」

昴 「今はそっとしておいてやれ。誰だって一人になりたいときはあるだろ?」


   響ドアを叩く。


響 「ねえゆき、でてきてよ、ゆき!」

昴 「やめろって」

響 「ゆき!」

昴 「やめろ」

  「おとなしくしとけよ」


   響、泣きじゃくりながらベッドの中に潜る。

   昴、古いぬいぐるみと新しいぬいぐるみを拾い上げる。

   しばらく眺めて無造作に投げ捨てる。


昴 「こいつも同じ末路かな」


昴 「あー腹減ったなあ」

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