第三章
第三章
同日
場面は公園。
昴が歩いてくる。手には花束。
と、ベンチの上のナップザックに気付く。
なんだこれと言わんばかりに拾い上げて観察。
そこへ猛ダッシュして兄登場。
兄 「しまったあ。大事なものを忘れてしまったぁ!」
昴 「ああ、これあんたの? はい(と荷物を渡す)」
兄 「おお!これはまさに俺の荷物。ありがとう通りすがりの青年」
昴 「いえいえ。じゃあ俺はこれで」
兄 「(中身を確認して)よかった……由希のプレゼントは無事だ」
昴 「ユキ?」
兄 「妹の名前だ。今日が誕生日でね、十七になるんです。あんたのそれは?」
昴 「今日、好きな子の誕生日。ユキっていうんだけどすごくかわいいんだ」
兄 「なに、ユキだと?」
沈黙。
兄 「いい名前だよなあ」
昴 「だろ?」
兄 「彼女?」
昴 「いや、そういうのじゃないけど、大好きだね」
兄 「ふむ、俺の妹も由希、あんたの彼女もユキ。奇遇だなあ」
「それで、あんたの彼女ってどんな子?」
昴 「うーん、料理が上手くて気配りができる優しい子、かな。あと納豆が嫌いで甘いものが大好き」
兄 「おお!うちの妹も甘いものが大好きで納豆が嫌いだ。料理も上手いし、よく気が利く優しい子」
昴 「ぬいぐるみが好きで」
兄 「ムカデが嫌い」
昴 「趣味はルービックキューブ」
兄 「金にはがめつい」
昴 「好きな芸能人はみのもんた」
兄 「機嫌がいい時には気前がいい」
昴・兄「でもってすぐ怒る」
兄 「気が合うな、あんた」
昴 「そちらこそ」
兄 「さぞかしあんたの彼女のユキって子もいい子なんだろうなあ」
「ま、俺の妹の方が断然かわいいけどな! ほら見てくれよ。これがマイ・スィート・エンジェル・由希だ」
兄、妹の写真を取り出して見せびらかす。
昴 「わーお、本人だ」
兄 「こんなにかわいい子は他にいないだろ。だって由希ってば――(以下妹自慢が延々と続く)」
昴 「ぶっとんでんなあこの兄貴。まさかユキにこんな兄ちゃんがいたとは」
兄 「なんか言ったか?」
昴 「別に。そうだ、お兄さんと呼ばせてくれませんか?」
兄 「何故?」
昴 「いやあ、将来性も兼ねて。(ぺしっと頬を叩き、)
んで、そのお兄さんがなんでまたこんなところに」
兄 「そうだったそうだった。妹にプレゼントを買ったんだ! 喜んでほしくてさ」
昴 「俺も誕生日に喜んでほしくて、これ買ったんだ。驚かせたいから何も言ってないけど」
兄 「わかるわかる、その気持ち。俺もビックリさせたくてね。今から妹に奇襲をかけよ
うかと思っているのだよ」
昴 「へえ――奇襲ねえ。やっぱ家来るのかなー。知らせといた方がいいのかなー」
兄 「妹命!」
昴 「やっぱりいいか」
兄 「俺の妹、すっごくかわいくてさ、昔から『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って俺の後ろ
をついて来てたんだぜ。かわいいだろ?」
昴 「へー意外」
兄 「なにが?」
昴 「いや、こっちの話」
兄 「素直でいい子でね。俺のことも家族のことも大好きで、お姉ちゃんに追いつくぞ!
とか言って勉強もがんばってたなあ」
昴 「そこはちがうな。俺んとこのユキは家族の話あんまりしないし、学校も嫌いって言
ってたな」
兄 「ほう、なんでまた?」
昴 「なんか、面倒臭いんだってさ。学校が」
兄 「そうか。うちの由希は優等生だからな。学校大好き・勉強大好き・不良学生大嫌いってね」
昴 「……なるほど」
兄 「学校行ってないのか?ユキちゃんは」
昴 「うん。登校拒否っていうのかな。ここ2ヶ月か3ヶ月くらい学校に行ってないみたい」
兄 「タイヘンだな、それは。親とかはどうしてるんだ?」
昴 「学校から連絡が行って、いろいろこじれたらしいよ」
兄 「そうか。家庭の事情はいろいろだからな……」
昴 「ということは、兄は知らされてないってことか」
兄 「なにをだ?」
昴 「いやいや、こっちの話。
……ユキはいつも強がってるけど、本当はすごく脆くて弱い子なんだ。自分の弱さ
を隠したくて強がって見せてるんだろうけど、それが見てて痛いんだな。本人は気付
いてないみたいだけど」
兄 「彼女のことよくわかってるんだな」
昴 「そんなんじゃないよ。付き合いも長いわけじゃない。ただ、なんとなく伝わってく
るんだ。そういうのは響の奴の方が感じ取れているんだろうけど。
ま、短い付き合いだからこそわかるってのもあるんじゃないですか?」
兄 「付き合ってどれくらいになる?」
昴 「……というか、出会って一ヶ月ちょいってとこかな。お互いのことまだなんにも知
らないよ。ただなんとなく一緒にいて、ただなんとなくお互いを感じているだけ」
兄 「そういう関係ってのもあっていいんじゃないのか?俺と妹は付き合いだけは長いぞ。
なんせ付き合いイコール妹の年の数だからな。たいていのことはわかる。お互いにか
なり理解し合っていると自負している」
昴 「お互いに、ねえ。妹さんのこと、大好きなんだね」
兄 「ああ、好きだね。大好きだ。だから妹に悪い虫がつかないか心配で心配で」
昴 「ムシ?」
兄 「男だよ。オ・ト・コ。男という生き物はそれはもう汚らわしい野獣だ。
『オトコはオオカミなのよ♪気をつけなさい~♪』てな。
そんな危険極まりない生き物をかわいい妹に近づけるわけにはいかん!」
昴 「あんた、自分も男だってこと忘れてるだろ」
兄 「男はスケベだエロ介だ。頭の中は四六時中エッチなことでいっぱいだ。優しい言葉
をかけながらも内心ピンク色の欲望がドロドロと渦巻いてやがる。自分の妄想を他人
に押し付けるんじゃねえ!」
昴 「あんたもな」
兄 「だから俺は決めたわけよ。由希に近づく野郎どもはこの俺様が根絶やしにしてやろ
うと。純粋無垢で乙女な妹は、この兄が命に代えても守ってみせようと!」
昴 「純粋無垢……乙女……ぷっ……はは、あはははは……。
(一通り笑い終わって)で、お兄さん。その『由希ちゃん』に近づいた男はどうなるの?」
兄 「殺ス」
昴 「え?」
兄 「この世に存在する苦痛という苦痛を与え、辱め、人間の尊厳を奪い、犬畜生の無様
な犬死のごとく悲惨な人生の末路を演出してくれよう!」
昴 「わーお」
兄 「くくくくく……妹に近づく輩は消去(デリート)じゃ、排除(リジェクト)じゃ、抹殺(ターミネート)じゃ。
お兄ちゃんはな、お兄ちゃんな、お兄ちゃんなんだぞ!」
昴 「あのぉ、一つ質問してもよろしいですか?」
兄 「はい、彼氏君」
昴 「えーっと、もしも、もしもの話ですけど、妹さんが男と一緒に住んでいるとしたら、
お兄さん的には、どう思われますか?」
兄 「まあ、そんなことはないとおもうのだが……」
兄 「もしも?」
昴 「もしも」
兄 「仮に?」
昴 「仮に」
兄 「例えば?」
昴 「たとえば」
兄 「そんなことがあったとしたら」
昴 「あったとしたら?」
兄 「大福死だ」
昴 「大福死?」
兄 「そうだ。死ぬまでいちご大福を食わせ、後に食道や肺にもぎっしりと大福を詰め込
んでやる。体中の穴という穴に大福を、大福を……」
昴 「…………」
兄 「もちろん、そんな男がいれば、の話だがな」
昴 「あはははははは……逃げようかな」
兄 「――――ハミルトン」
昴 「ん?」
兄 「そうだ、ハミルトンの殺し方が決まった」
昴 「はい?」
兄 「待ってろよハミルトン。今まで普通に忘れていたがお前が俺の由希に近づいた以上
生かして返すわけにはいかんぞ!」
昴 「おーい、大丈夫ですかー?」
兄 「ハミルトンっ滅殺!!由希―ぃ今助けに行くぞぉ!」
兄、走り去る。残された昴は鳥肌が立っている。
昴 「おれ、殺されるのかなあ。嫌だなあ。あ、響を身替りにすればいいか。……とりあえず帰ろっと」
昴帰路に着く。
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