第二章
第二章
十二月二日(金)
舞台は公園。公園にはベンチとゴミ箱が。
ベンチには黒いスーツに赤いネクタイをした男が座っている。
喪服を思わせる男の右手には黒い手袋と杖。
鼻歌を歌いながら兄登場。背にはナップザック。上機嫌。
兄 「いい天気だなあ。こんなにいい天気だと、なんだかウキウキしちゃうよね」
陽気に踊りだす。元気が有り余っているようだ。
兄 「なあおっさん、どうして俺がこんなにウキウキしちゃってるかわかるか?
……わかんねえだろうなー。実を言うとな、今日は妹の誕生日なわけよ」
兄、ナップザックからかわいらしいウサギのぬいぐるみを取り出す。
兄 「ついついはりきっちゃってさ、ちょっと高めのプレゼント買っちゃったのよ。
おっさん、このウサギいくらに見える? ……わかんねぇだろうなー。なんと15
万もしちゃったわけよ。税込み15万7千5百円。いやあ、高かったね。なんせ先月
と今月のバイト代がパアだからな。しかしこれもかわいい妹のためだ。妙に怪しい占
い師がいたんだが、そいつは妙に気前もよくてよ、本当は22万・税込み23万千円
のウサちゃんを15万・税込み15万7千5百円で売ってくれたのさ。俺はその気前
のいい占い師に感謝しながら他にもいろいろ買っちまったよ」
兄、ナップザックをひっくり返してあやしいがらくたをぶちまける。
兄 「だがこれも妹のためだ。クレジットカードで100万円払ってしまったが関係ない。
全ては愛する妹、由希のため!」
男 「君!」
兄 「!?」
男 「騙されてるよ」
兄 「なにいっ!!」
男 「……いや、いい買い物したね」
兄 「だろ?」
兄、がらくたを片付けながらウサギを胸に抱く。
兄 「由希ーただいまーお兄ちゃんは今帰ったぞー。『キャーお兄ちゃんお帰り☆由希ちょ
ー寂しかった』 おおそうかそうか。お兄ちゃんもお前の顔が見れてうれしいぞ、妹
よ。『お兄ちゃん、ご飯にする?お風呂にする?それとも、あ・た・し?』 こらこら、
それは新婚さんいらっしゃいだろ。『てへ、由希間違えちゃった?』 かわゆいやつめ。
そんなかわいい由希ちゃんにお兄ちゃんがプレゼントをあげよう。『まあなんてかわい
らしいウサちゃん☆お兄ちゃん、本当にもらっちゃってもいいの?』 ああ、もちろ
んだとも。なんたって今日は由希の誕生日だからね。『お兄ちゃん、由希の誕生日憶え
ててくれたんだ。由希ちょーうれしー』 なんてな、なんてな」
男 「いや、若いね。妄想もここまでくると気持ちがいいよ」
兄 「久しぶりに由希に会うからな……なんか緊張してきたな」
男 「ねえあんた、あんたの妹さんってさ、彼氏とかいないの?」
兄 「なに?」
男 「いや、ただなんとなく気になっただけだよ。あまりにお兄さんが素敵だったからさあ」
兄 「由希に彼氏だあ?おらんぞ、そんなものは断じておらん。いるはずがない!」
男 「ああ、よくいるよね『うちの子に限って』って口癖のように言う親が。でも子供っ
てやつは親の知らない所で変わっていくものさ。良くも、悪くもね。ああ、君らの場合は兄弟か」
兄 「知らない、所で、変わっていく……?」
男 「最近の学生は乱れてるって聞くけど」
兄 「乱れて……?」
男 「まあお兄さんの妹に関しては大丈夫なんじゃないかな。ここまで兄に溺愛されれば
逆にしっかりと巣立っていくものだと思うけど?」
兄 「巣立って……?」
男 「このバカ兄の下妹育つ、といったところかな。おっと失礼、失言だったね」
兄 「………………」
男 「どうしたの?大丈夫?」
兄 「あんた、本当に妹に男がいると思うか?」
男 「さあ、僕は知らないけど。……高校生?」
兄 「高校生」
男 「共学?」
兄 「共学」
男 「チャリ通?」
兄 「電車通」
男 「かわいい?」
兄 「兄の目ですが」
男 「じゃあいるね」
兄 「なに!?」
男 「確実に」
兄 「確実に?」
男 「勘だけどね」
兄 「電車通関係ないし!」
男 「甘いね」
ピッと人差し指を立ててゆっくりと立ち上がる喪服の男。
男 「ぜんざいに砂糖をかけたジェラートをぶちこんだくらいに甘いね」
兄 「うわ、甘っ!そしてあらゆる意味で食べたくないぞ」
男 「君は電車通学の素晴らしさについて何もわかっていない。電車通学とは通学時間自
体は無駄な時間であると思われがちだが、大切なコミュニケーションタイムでもあり
得るのだよ。同性の友達とつまらない会話で盛り上がるのも一興だが、電車内での青
春なんか素敵じゃないかい?
考えてごらんよ、大好きな先輩と電車で一緒になったときのことを」
兄 「どうしよう、あこがれの先輩と同じ電車に乗っちゃった。ドキドキ」
男 「学校では時々しか会えない先輩とも通学の僅かな時間が逢瀬へと変わる」
兄 「先輩に会うためにがんばって早起きするぞ!」
男 「通学時間は彼に会うために少しだけ早まり、憂鬱だった学校は少しだけ楽しいものとなる」
兄 「先輩、今日もかっこいいな。……がんばって告白してみようかな」
男 「電車の中でよく話すようになった二人は学校でも頻繁に会うようになり、しばらく
して付き合うこととなる」
兄 「由希……ハミルトン先輩……由希……ハミルトン先輩……」
兄、自らの腕で己を抱きしめる。
男 「ハミルトンって誰?」
間。
男 「すまない、はっきり言って偏見だった。どうやら君の妄想が染(うつ)ってしまったようだ。
そもそも自転車通学バージョンの青春もあり得るよね。それよりそんな少女漫画みたいな展開、誰も期待してないか。ハハハハ……」
兄 「……ハミルトン、俺の由希に何をした」
男 「?」
兄 「ハミルトン~許さんぞ、俺の由希に手ぇ出しやがって」
男 「君、頭大丈夫?」
兄 「待ってろよ由希、お兄ちゃんが今助けに行くぞ!」
兄、走り去る。ベンチにはナップザックが置き去られている。
男 「忙しい男だ。まったく、妄想もここまで来ると才能だよね」
男、去ろうとする。が、何かを思い出したように振り返り、
男「しまった、『犬』のことを訊き忘れた。……まあ、いいいか」
男、杖をつきながら去る。左足が悪いのか、少し引きずりながら歩く。
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