第一章
第一章
十一月二十四日(木)
場所は由希の部屋。
女子高生の部屋にしてはひどく殺風景でほとんど物が置いていない。
部屋には男が二人。
一人は虚ろな目をした少年。部屋の中央でぬいぐるみを抱えて遊んでいる。その姿はま
るで無邪気な子供のそれである。
一人は目つきの鋭い青年。部屋の隅で落ち着かない様子のまま中空を仰ぐ。イライラと
しながら自らを押さえつけているかのように見える。
しばらくして部屋のドアが開く。
私服姿の由希が通学鞄を持って登場。
由 「ただいま」
疲れ半分で言うや否や、響が飛びかかる。
響 「ゆきー」
抱きつくすんでのところで叩き落される。
由 「うるさい」
次は両手を広げた昴が迫ってくる。
昴 「ユキー」
が、やはり少女の拳にふっとばされる。
由 「ウザイ」
事も無げに男二人を地に伏した後、鞄を床に置く。
響 「ゆきー!」
昴 「ユキー!」
由 「しつこい」
再度野郎共を軽々と捻じ伏せる。
由 「あんたらも何度も何度も飽きないわね」
昴 「そりゃあもう、趣味みたいなものですから」
由 「…………」
響 「ねえゆき、おみやげは?」
由 「ない」
響 「なんで」
由 「なんであたしがあんたにおみやげ買って来なきゃいけないのよ」
響 「いいじゃんケチ」
昴 「ねえユキ、ただいまのチューは?」
由 「ない」
昴 「なんで」
由 「なんであたしがあんたと、んなことしなくちゃいけないのよ」
昴 「いいじゃんケチ」
由 「ケチじゃない。意味わかんない」
響 「ねえ、ゆき」
由 「今度は何?」
響 「どこいってたの?」
由 「それは……学校よ」
昴 「制服も着ないで?」
由 「鞄は持ってる」
昴 「中身は?」
由 「……ない」
響 「なにしに行ったの」
由 「うっさいなー、関係ないでしょ」
昴 「嘘」
由 「!?」
昴 「ついちゃだめだよ」
由 「なによ」
昴 「制服に着替えてない時点で行く気ないでしょ、学校」
由 「そんなことは……」
響 「ひきこもり」
由 「!」
響 「……ってなに?」
由 「……」
昴 「ひきこもり」
由 「!」
昴 「って言わない?こーゆーの」
由 「…………」
昴 「いい加減さ、そろそろ学校行ったほうがいいと思うよ」
響 「思うよ」
昴 「いつまでもわがまま言ってないでさ、子供じゃないんだから」
響 「子供じゃないんだから」
昴 「そんなに学校が嫌いなわけ?」
響 「きらいなわけ?」
由 「うるせーっ!!!」
昴・響 「……」
由 「だいたいお前ら学校行ったことあんのかよ!」
昴 「ある?」
響 「ない」
昴 「俺もない」
由 「ならそんな偉そうな口を叩くな。ぐちぐちぐちぐち二人して、なんだ、おまえらは口うるさい母親か?」
響 「おれ、男だよ」
昴 「母親が二人もいるわけないでしょうが。本当に頭弱いね、ユキちゃんは」
由 「………ぶちっ」
昴・響 「ぶち?」
由 「どえりゃあ――。お前ら、死なす!」
暴れる由希。あわてる響。逃げ回る昴。役者、がんばれ。
由 「はあ、はあ、はあ……(その場にへたり込む)」
昴 「……なんていうか、おつかれ」
響 「ゆき、こわい……」
由 「なんでいつもこうなのよ。あたしって苦労人? こいつら何考えてるのかさっぱりわかんないし」
昴 「ユキさーん」
由 「毎度毎度あたしばっかりが疲れて、このままじゃあたしはストレスに握りつぶされるわよ」
昴 「おーい、ユキさーん、戻っておいでー」
由希、むくっと立ち上がると荒々しくぬいぐるみを拾い上げる。
ぶつぶつと何事かを言いながらぬいぐるみを持ったまま退場。
と、『ドスッ、ドスッ』と何かを激しく殴る音が響く。
徐々にエスカレートしていき、そのうちチェーンソーやらマシンガンやらわけのわからない音まで聞こえてくる。
ピタッと音が止むと、湯上りのようにさっぱりとした表情の由希が戻ってくる。
ぬいぐるみは無傷だが、それを掴む手は乱暴に過ぎる。
笑顔のままぬいぐるみを投げ捨て、それを響が庇うように拾い上げる。
由 「で、何の話だっけ?」
響 「……(無言のまま首を横に振り続ける)」
昴 「なんでもないです」
由 「そう」
響 「……ゆき」
由 「なあに?」
響 「ごめん。なんでもない」
間。
響 「あの、さ」
由 「なにかしら」
響 「あ、あの、その……おなかすいた」
由 「それで?」
響 「だからね、その、だから……やっぱりいいや」
由 「言ってごらんなさい」
響 「……(無言のまま首を横に振り続ける)」
由 「言えっつってんだよ」
響 「はい、自分は、腹がすこぶる減っているのであります。したがって、由希さんにす
こぶる美味い手料理を作って頂きたい所存であります」
由 「はい、よくできました」
「そうよね、あたしがいなくちゃあんた達はご飯を食べることすらできないんだから。
あたしみたいなひきこもりが、ご飯を作ってあげなきゃ、満足に生きていくことすら
できないんだから」
昴 「ユキ、ひきこもりって言ったこと、根に持ってるだろ」
由 「別に根に持ってなんかないわよ。別に」
昴 「嘘つけ」
由 「そもそもあんた達にそんなこと言われる筋合いはないの。わかる? あんた達だっ
て立派なひきこもりじゃない。だってこの家から出られないんだから」
響 「やっぱり根に持ってるじゃないか!」
由 「しゃらっぷ! あんた達が追われててしかも命を狙われてるっていうから家に匿ってやってるっていうのに、
だっていうのに何なのこの扱いは。
料理を作ればやれ熱いだの辛いだの文句を言うわ、掃除機をかければやれうるさいだのきたないだの苦情の嵐。
服を買ってきてやっても着心地が悪いだの地味だのうるさいのなんのって。
誰の金だと思ってやがる!あたしの金だぞこんちくしょー。文句があるなら自分でせいっちゅーねん!」
昴 「ユキちゃん、キャラ変わってない?」
由 「誰のせいよ、誰の。キャラがぶっ壊れるくらいあたしを追い詰めたおバカさんたちは」
響 「おれと、」
昴 「俺?」
由 「わかってるんなら文句を言うな。静かにしろ。騒ぐな。黙れ」
昴 「まったく、『人食い鬼』二人をここまでビビらせるなんてたいした女だよ、あんた」
昴、前に出てきてサス。
昴 「俺の名前は昴。こんな形(ナリ)してるが実は人間じゃない。見た目も身体の作りも人間と大
して変わらない。唯一違うところといえば、食事が違う。ただそれだけだ。俺たちの食
べ物は人間の血だ。肉だ。骨だ。
人間を喰らう人間の形をしたもの、それを人は『鬼』と呼ぶ。
俺は鬼だ。人間を喰らう人喰い鬼だ。しかし、だからといって人間しか食べないわけ
じゃない。人間にも食べ物の好き嫌いがあるように、鬼にだって好き嫌いはある。俺だ
ってそうだ。俺は人間を食べるのはあまり好きじゃない。だって考えてみろよ。あんた、
今隣に座っている人間を食べたいと思うか? ……つまり、そういうことさ。
俺は鬼だ。だが人間を食べない鬼だ。人間の肉なんかより、人間が作る料理(メシ)の方が断
然うまい! ユキのは特にな」
由希、押しのけてサスに割り込む。
由 「昴はこんな風に言ってるけどあたしには全く実感が湧かない。『人喰い鬼』だとか言
われても信じられない。だって昴も響もどこからどう見てもただの人間にしか見えない。
確かにちょっと変わってはいるけど、特別人間離れしているということもない。
(響を手元に引き寄せ)あ、響っていうのはこいつのこと。いつもボーっとしてるし
ガキっぽいし、何考えてるのかわかんない奴だけど、昴と同じ人喰い鬼らしい。といっ
ても、人間を食べたいなんて言ったことはない。確かに大飯食らいではあるけど、妙に
かわいいところもあったりするいい奴だ。(と、響を放り投げる)
こいつらと出会ったのはある雨の日。びしょびしょに濡れて倒れていたところを
善良なる心を持ったあたしはついつい助けてしまったのだ。だって捨てられた子犬みた
いな目をしてあたしを見上げるんだから。これで拾ってあげなかったらあまりにかわい
そうじゃない!
そうやってあたしは騙されたのよ。そうよ、そもそもそれが間違いと後悔の始まりだ
った。こいつらときたら毎日毎日うるさいのなんのって。昴と響が問題を起こさなかっ
た日なんて一日もない!」
昴 「退屈しなくて済むだろ?」
由 「余計なお世話よ!だいたいあんたたち、なんで命狙われてるわけ?」
昴 「何度も言ってるだろ、俺たちは研究所から逃げてきたんだ。鬼を捕まえては薬を打
ったり切り刻んだりするイカれた奴らからさ。俺たちは鬼ってだけで珍しいんだ。研究
所の連中に捕まったら何をされるかわからない。あいつらは好奇心と探究心にとりつか
れた狂人集団だ。もう一度捕まればジ・エンド。血を抜かれて体をいじられて、標本に
されるのがオチだ」
全照。
由 「何度聞いても信じられないな、その話」
昴 「信じられないかもしれないけど、本当なんだから仕方ないだろ。なあ響」
響 「おれ、もうあそこにはもどりたくないよ」
昴 「俺もだね。あんなところはもうたくさんだ」
由 「そんなにヒドイところなの?その研究所ってとこ」
昴 「ああ。地獄だね、アレは」
由 「……ふーん。そういえば、研究所に行く前はどうしてたの?」
昴 「どうって、普通に生活してたよ。人間の家で一緒に暮らしてた。普通に、人間みたく」
由 「え、そうなの?それ初耳なんだけど」
昴 「そうだっけ?まあ、普通にのんびりと暮らしてたよ。響はどうか知らないけどね。こ
いつとは研究所から逃げ出すときに一緒になっただけだから、その前のことは知らな
い」
由 「へえーそうなんだ。で、あんたはどうだったの響?」
響 「わかんない。あんましおぼえてないかも」
由 「やっぱり。そんなことだろうと思った。それにしても、一ヶ月も一緒に暮らしてるの
に知らないこともけっこうあったりするんだね」
昴 「そうそ。一ヶ月も一つ屋根の下で暮らしているんだ、そろそろお互いのこともわかっ
てきた、もっと深い所まで知りたいと思わない?」
由 「あの、近いんですけど。ウザイんですけど」
昴 「いや、ただ俺もユキのことあんまり知らないなって思って」
由 「なによそれ」
昴 「だってユキってばあまり自分のこと話さないからさ。居候としては寂しいと思ってしまうわけですよ。
前から言ってるだろ?俺は、ユキのことを食べてしまいたいくらいに好きなんだって」
由 「また始まった」
昴 「俺、ユキのこと好きだよ。食べちゃいたいくらいに、好きだよ」
由 「人間は食べないんじゃなかったの?」
昴 「あ、俺の苦手なものって知ってる?」
由 「はあ?」
昴 「俺の苦手なものトップスリー……ピーマンとゴーヤ。あと一つは……ひみつってこ
とで」
由 「……もういいよ」
昴 「んで、ユキちゃんの話、聞かせてよ」
由 「ほんっとに、調子いいよね、あんた」
昴 「うん。でも今に始まったわけじゃないし」
由 「はいはい……。んで、あたしの何が聞きたいって?」
昴 「それはずばり……」
昴・響「どうしてユキがひきこもりになったか!」
由 「……あんたら、ケンカ売ってるでしょ。明らかにケンカ売ってるでしょ」
昴 「だって、一番気になるところですし、ねえ?」
響 「ねえ」
由 「勝手なこと言い腐りやがって。
じゃあいいわ。語ってやろうじゃないの。言っとくけどね、この話は聞くも涙、語
るも涙、ハンカチなしでは最後まで聞き及ぶことのできない超大作なのよ」
昴 「よっ、待ってましたあ!」
響 「はじまりはじまり」
由 「野郎共、ハンケチとティッシュは用意したか?」
昴・響「おおう!」
由 「昔々あるところに、由希ちゃんというそれはそれはかわいらしい女の子がいました」
昴 「自分で言うか普通」
由 「外野うるさいよ」
「由希ちゃんには大好きなお父さんがいました。
健気でかわいらしい由希ちゃんは、大好きなお父さんにほめられたいがために一生
懸命に勉強をしたのでした。
努力家な由希ちゃんは成績優秀な優等生になったのでした。
だがしかし、子供が優秀なほど親の期待は大きくなるものです。由希ちゃんのお父
さんもそうでした。お父さんは由希ちゃんにもっと上を、もっと上をといろいろ高望
みしちゃったわけです。
そんな親の期待が重圧になったのか、かわいそうな由希ちゃんはある日突然はじけ
てしまいました」
「こんなことやってられるかー!学校なんて行ってられるかー!」
響 「うわ、びっくりした」
由 「そしてなんだかどうでもよくなってしまった由希ちゃんは全てのやる気を失い、最
低なひきこもりライフに身を置くようになってしまったのでした」
拍手喝采(?)
由 「面倒くさい、学校嫌い、やる気ない」
昴 「よっ!ひきこもりの鑑!」
由 「やめれい」
昴 「苦労してるんだね、ユキさん」
由 「そう思うんだったら少しでもいいからあたしを労る気持ちを持ってくれ。そして問
題を起こさないでくれ」
昴 「そんなことより」
由 「そんなことかよ」
昴 「俺は、ユキが自分のこと話してくれたことがうれしいな」
由 「……あっそ。ごめん、あたし自分のこと話すの苦手だから」
昴 「そうですか。だったら俺も――」
突然、『ぐう~』と大きな音が。言わずもがな、響の腹の音である。
響 「おなかすいた」
由 「……これだよ。そういえばさっきから言ってたね」
響 「ゆきぃ~ごはん~」
由 「はいはい。本当に食いしん坊だね、あんたは。仕方ないから何か作ってやるよ。昴
は?どうする?」
昴 「……ああ、じゃあ俺もいただこうかな」
由 「よし、それじゃあ腕に寄りをかけてチャーハンでも作りますか」
響 「ええー、手抜きぃー」
由 「文句言わないの。あんたはただでさえたくさん食べるんだから、あんまり手をかけ
させないでよ。ホントに、あんたたちが人間を食べなくてよかったわ」
昴 「ユキ」
由 「ん?なに?」
昴 「……いや。ピーマンは、入れないでほしいな」
由 「はいはい」
由希、台所へ退場。
響 「ほんとうはたべたくないんじゃないの?」
昴 「なんでまた?」
響 「ううん、なんとなくそう思ってるような気がしただけ」
昴 「勝手に人の心を覗くなっての」
響 「なにが?」
昴 「なんでもないよ」
昴・響「ほんとはいつも、食べたくて食べたくて仕方がないんだけどなあ」
昴 「だから覗くなっての」
昴、口許を押さえながら考え込む。どれだけ考えても答えは出ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます