第31話 新たなる恐怖3
3
「まにあうかしら」
夏子の思いは鹿沼の街にとんでいる。
「もっと飛ばして」
「サタン」のボーカル福沢秀人の故郷が鹿沼なのだ。あとのメンバーは関西出身ときいている。
東北巡業の門出を故郷鹿沼でやる。訪れるのは今夜だ。
鹿沼駅前の大通りを通過する予定時間までいくらもない。
残された時間はわずかだ。
群衆を避けるためにこんな遅い時間帯を選んだのだ。
隼人はルノーのスピードがものたりない。
鹿沼までの距離が遠く感じる。
わずか10数分の時間が長すぎる。
長すぎる!!
「わたしたちの推理はまちがっていない」
なにか話していないと不安だ。テロを阻止できなかったら!
「わたしが鹿沼にもどることは雨野しかしらなかった」
ふたりともさきほどから同じことを話している。
「それなのに、ホテルでおそわれた」
「望遠鏡で見張っていた視野に夏子が入った。ヤツラ驚いたろうな」
「駅から府中橋までは直線道路だ。狙いやすい」
ふたりは脳波を交わしていたことを口にする。
なんども話し合うことで確信はますます深まった。
「サタン襲撃には絶好のポイントだ」
「ビンゴ」
夏子が直接頭に話しかげず声にだす。
ふたりともなにか落ち着かない。
声に出している会話がすごく不穏なものだとはわかっている。
でもにわかに信じられないでいる。
鹿沼の市街に入った。
路肩のガードレールに幟が等間隔を置いて立っている。
夜風にはためく幟の文字は『大歓迎福沢秀人』。
夜風に大歓迎の幟がはためいている。
人気絶頂のサタンだ。
ファストアルバム「制覇」はもじどうり他をおさえて連続17週、売上トップだ。
ここは、その秀人の育った町だ。秀人はおれの友だちだ。
沿道には夜になっているのに、歓迎の人が群れている。
「夏子さん。この事件が解決したらぼくと結婚してください」
ウッと夏子が息をのむのがわかった。
「バカね。わたしが何歳だと思っているのよ」
夏子が沈黙した。夏子の声がまた直接頭にひびいてきた。
(わたしと隼人の愛が、わたしたちが愛し合うことが、故郷鹿沼のためになるなら、結婚してもいいわ。わたしたちが結婚することが、わたしたちを育んできた鹿沼の自然のためになるなら……。隼人あなたを好きよ。背中にあなたの気配を感じたときから、こうなる予感があった。わたしたちの愛は、わたしたちだけのものではない。ふたりのものではない。吸血鬼と人間が結ばれるのよ。その愛はだんじてふたりだけのものではない。周りのひとたちとの共生の中にあるのよ。そのことをわかってもらいたいの。わたしって古い女なのよ)
西中学の荒川、加藤、福田が道場で歌ってくれた『千年恋歌』が隼人の心にひびいていた。
やがて燃え尽きていい
あなたに会えるなら
あなたと結婚できるなら、と隼人は声にならない声でかえ歌をうたった。
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