第16話 愛してるよ 夏子1


「画材はすべてそろえてあるわ」

  再会の第一声。夏子の唇から洩れた言葉だった。夏子はぼくがすぐに絵をかける準備をしておいてくれた。東日本大学合同美術展の校内予選に落選して落ちこんでいるのを知られていた。ぼくを励ますために、夏子は本気で励まし、協力してくれている。涙がにじむ。はじめてぼくの画才がみとめられたようで、うれしい。

「おもうように筆をすすめるのよ。隼人の感性のときめきのままに……描いていけばいいのよ……」

 夏子がよりそってくる。フルーテイなイイ匂いがする。なんていう香水なのか。夏子の体臭なのかもしれない。キスしたいのをがまんする。夏子をモデルに絵を描きつづけた。夏子のところにかけより抱しめたい。

「この香水の匂いは……薔薇の匂いがしますね」

 なんてキザなセリフをいって、唇を重ねたい。あの芳しい彼女の唇を吸いたい。あのひんやりとした唇。あの芳しい唇。

 夏子。愛している。ずっとむかしから。夏子をモデルに。こうして絵を描いてきたような心地がする。この感情は、記憶はムンクのものなのか。

 夏子。愛している。ずっとむかしから。愛しあってきたような気がする。心が高揚していた。

 どうしていままで、人物を描かなかったのか不思議だった。

 なつかしい人に会えた。夏子を見ているとそう感じる。その感じ、その感傷、その抒情が絵になっていく。カーテンに濾(こ)されて斜めに差し込む光の微粒子がきらきらと彼女のまわりで踊っていた。


 

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