第9話 RFと夏子のバトル4



 着地点に田村と鬼島がいた。

「あれですむと思ったのですか。ラミヤ姫」

「あなたたちでは、わたしは倒せないわ」

 ぼくは夏子をかばう。

「おや、男のうしろにかくれるのですか。カワイイ」

 鬼島と田村が声を重ねてからかう。

 にたにた笑っている。

 夏子を冷やかしてたのしんでいる。

 囲まれてしまった。

 バイクを止めた。族の男たちがふたりを取り囲んだ。

 ほかの族の集団とはどこかちがう。

 びみょうにズレがある。

 薄気味の悪いライダーだ。

 十重二十重とはいわない。

 が、十人くらいはいる。

 手に鉄パイプやチェーンを持っている。

 けんかなれしている。

 とくに、ハーレーをころがしているリーダーは、残酷なおぞましい顔だ。

 アゴヒゲをはやしている。ヒゲの先が少しカールしている。目がドロントと濁っている。いっせいに、襲いかかってきた。

「やれ! たたき殺してしまえ」

 夏子をただのか弱い女と思っている。

 ぼくをただのやわな学生だと見ている。

 なにも知らされないまま召集をかけられた族だ。

 木刀で襲ってきたものがいる。

 なかなかの太刀筋だ。

 でも、なんなくかわす。スピードがない。

 それでも、ピュッと風を切った。パイプが正面からくる。かわす。

 チェーンがジャッと横から蛇のようにのたくって襲ってくる。

 かわしきれず、ポールでハッシと受け止める。

 金属音をたててチェーンがポールにまきついた。

 ギギギギと金属のこすれるいやな音がした。

 力まかせにぐいとポールをぼくはねじりながら引いた。

 男はチェーンを放さなかった。弧を描いて中空に飛ばされた。

 グニュと大地にクラッシュする。失神してしまった。

 ポールを正眼にかまえる。息切れはしない。

 乱闘にもひるまない。慣れてきたのだ。はじめてのケンカだ。

 戦いだ。守るだけでは不利だ。

 攻撃する。こちらから攻める。

 そんなことを思うゆとりができた。

 正眼にかまえた。族がドバドバと一斉に襲いかかる。

 槍のように長いパイプがクリダサレル。避けた。

 木刀が風を切る。

 ピュと耳元をかすめる。

 隼人はポールで受ける。はじきかえす。

 こちらから攻撃するスキがない。

 足を敵の木刀が襲う。跳躍した。

 かかとで木刀を受ける。ダメージはない。

 着地と同時に横に回転した。

 じぶんのポールを敵になげつけた。

 ひるむすきに、そいつのふところにとびこむ。

 木刀をうばう。

 木刀を手にした。木刀がある。

 木刀をかまえる。自信がふつふつとわきあがる。

「あっ、こいつ皐道場の皐隼人だ」

 木刀の切っ先を地面におとす。地摺りの構え。

 いまどきの道場剣道ではゆるされていない、薩摩示顕流と同じ構えだ。

 独特のかまえに気づいたものがいた。

 族の猛者たちがざわついた。

 中学で剣道部に所属してから無敗。

 全日本高校剣道大会での優勝。そしてあっさりと引退。いまや、レ―ジェントとなっている皐隼人。

 族のれんちゅうが浮足立った。

「かまわぬ、たたきつぶせ」

「道場剣法がどれほどのものか。見せてもらう」

 抜き身をさげた男が前にでた。ハーレーのライダーだ。族のリーダーだ。

「高野、たたき切ってやれ」

 田村と鬼島があおる。

 ハーレーのライダー、族を束ねている男は、高野。

 高野とぼくは睨みあった。タイマンとなった。

 高野は月光に光る真剣を上段にかまえた。よほど自信があるのだ。

 相手を威圧する喧嘩剣法であった。

 相手をのんでかかる剣法であった。

 振り下ろすとみせて横にないできた。胴切りにきた。

 とても素人の太刀筋とは思えない。

 鋭い。速い。

 修羅場をなんどもくぐりぬけてきた。

 兇暴な切りこみにぼくはたじたじとなった。

 真剣をもった敵と戦うのは、初めてだ。ナイフどころではない。

 さすがに怖い。

 恐怖が背筋を稲妻のようにはしった。

「きざむぞ。きざむぞ。あんたとはいちどはやってみたかった。うれしいね。うれしいね」

 声でなぶる。

 木刀で受けるぼくのほうが不利だ。

 真剣にたいする根源的な恐怖がある。

 かすっただけでも血がふく。痛みを感じる。

 深ければ命にかかわる。

 恐怖が筋肉の動きをにぶらせる。

 後方に退く。切られる不安と戦う。

 メンタルな面の弱さに、いま苦渋する。

 死の恐怖を克服するのだ。

 死闘とはもじどおり死を賭して戦うことだ。

 ピュッと剣風が肩をおそう。

 夏子も、駐車場のほうに追いこまれている。

 その背後には倉庫群が暗くそそりたっている。

 あそこに追いつめられれば逃げ場がない。

 夏子は戦う相手が人間なので、気力がそがれている。

 人を傷つけまいとしている。その配慮が災いしている。

 高野の切っ先を背後にとんでかわした。

 なんど後ろに逃げたことだろう。

 防具をつけた、道場での戦いで、鍛え上げた剣の技だ。

 避けることはできる。

 退くことも可能だ。

 だが打ち込めない。

 気迫が不足している。

 真剣が月光に冷たく光っている。

 剣風あげて、ピュュと切りこんでくる。

 それだけでも恐ろしい。

 これも修行。

 そう思うことで気力を奮い立たせる。

 真剣で斬りこんでくる男を敵にしている。

 負けるな。隼人。ぼくはじぶんを鼓舞する。

 守るべき恋人がいるのだ。

 愛しい夏子が危ない。

 心を静める。

 平常心がもどってきた。  

 すると、臭気を感じた。知覚できた。

 ガソリンの臭いがしていた。

 さきほど倒れたバイクからガソリンがもれているのだ。

 使い捨ての100円ライターをとりだす。パチッと点火させる。炎がでているのを確かめた。バイクに向かって投げた。

 青い炎がふきあがる。

 とびのいた。

 さらにとびすさって夏子に追いすがる。

 炎はタンク部分にはいあがる。

 爆炎がとどろく。バイクのライダーが叫んでいる。

 両腕をあげて「チクショウ」とわめいている。

よほど高価なバイクなのだろう。バイトをしてやっとかった自慢のバイクなのだろう。

「逃げるのかよ」

 高野が追いすがってくる。

 バイクが爆発した。

 爆風で倒れたものがいる。

 激しすぎる爆風におどろきながらも、ぼくは「夏子。車まで走れ」と叫ぶ。

 バイクから高く炎があがっている。

 類焼をさけるためライダーがバイクに飛び乗る。

命の次に大切なバイクだ。何台もバイクが炎を避けて走り出た。おもいおもいの方角に走る。逃げ遅れたバイクがようやく、炎のなかから走り出る。

 バイクをおしているライダーもいる。エンジンをかける間も惜しんだのだ。そのライダーの足元に焔の舌がのびてきていた。デニムのパンツのすそに着火した。

「うわ。うわ。うわーつ」

 恐怖の声をはりあげる。バイクが延焼することを恐れた。バイクを横倒しにしたまま転がって逃げる。仲間が駆け寄って行く。『人狼』というロゴ入りのジャンバーを脱いで男の足もとの火を包みこむ。族の猛者たちは狂気の怒りを爆発させた。バイクをうまく緊急避難させることに成功したものたちが、追いすがってくる。

 ぼくはルノーにたどりつく。

 エンジンはかかった。スタートさせる。

 消防車のサイレンが、けたたましくひびく。

 パトカーの赤色ランプ。一瞬おくれていたら、逮捕されていたろう。すれちがったが、ルノーには注意をはらわなかった。

 あの爆発だ。あの炎だ。

 付近住民が119に連絡したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る