第5話 浜辺の少女の5
5
夏子は、とほうもない歳月を生きている。少女の顔のおくにはどんな顔がひそんでいるのだろうか。ムンクの「女の髪に埋まる男の顔」の目でぼくは彼女をみつめた。
「こわがらないで。あなたの血を飲み干すようなことはしないから。わたしは血を吸うことのできない吸血鬼なの。わたしは、美に賭ける若者の精気を吸って生きていける、変わり種なの。マインド・バンパイアなの」
夏子がほほ笑む。不死の少女のさびしそうな笑みだった。
「もっと街をよくみてみたいわ」
街のたたずまいを見晴らしたい。全景がみたい。というのが夏子の希望だった。屋上にでることにした。エレベーターの前で肩をならべる。
夏子の髪からバラの香りがただよってくる。
夏子の髪に顔を埋めてもっと匂いをかぎたい。
夏子の肩に手をかけたい。
ひきよせたい。
キスしたい。
乳房に触れたい。
健康な若者の慾望がわきあがる。
夏子をだきしめたい。
階下から上がってきたboxにはふたりの男がのっていた。
夏子をみて男たちが両脇にのいた。
原色の派手なアロハとポロシャツの男たち。
ポロシャツはユニクロ製ではない。
こしゃくにもブルックス・ブラザーズ。
それも金の羊の刺繍が胸にある古いタイプのものだ。
ふたりは陰惨な体臭をただよわせている。
ふいにポロシャツ男が夏子の腕をしめあげる。
ほほに傷がある。爬虫類をかんじさせる青黒い肌。
にたにた笑っている。
停車場坂で感じた視線はこいつらのものだった。
狙われていた。アロハ男は夏子とぼくのあいだに割ってはいる。
「田村。このねえちゃんに、つきあってもらおうか」
「屋上でかわいがってやろうぜ。鬼島」
夏子の腕をとらえたポロシャツ男が鬼島。アロハが田村。
ぼくをまったく無視したことばのやりとり。
いままでのぼくと夏子の会話。コーヒーを飲みながら二人が交わした会話。
異界について交わされた会話。とは、なんというちがいか。あまりにも、ゲスな言葉だ。
ぼくは体も精神も剣道で鍛え上げていた。
だからこそ、だれにも脅かされたことはなかった。
だが、修羅場をくぐったことはない。
体がふるえた。
それでも鬼島の腕に組みついた。
剣士としての誇りからだ。
夏子を守ろうとする健気な勇気からだ。
「夏子さん。逃げて」
ドアが開いた。どっと屋上にでる。
「バカが」
鬼島の手が隼人の首をないだ。よけた。つぎの瞬間ぼくは鬼島の流れる腕を逆にとる。
鬼島を投げ飛ばした。
しかし、鬼島は両足で着地をきめる。ニャッと笑う。ナイフをとりだす。
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